0-10 逆接の接続詞

 

「……な、なっ! ………あっ、……はぁ!??」

 動揺しすぎて言葉にならない。悲鳴みたいな吐息しか出ない。

 

 無理、無理、無理ーーーっ!!! 

 処理しきれないほど頭の中が大混乱だ。

 事務所に行って、ベッドをお借りして、ぐーすか眠る、だと!!??


 すっかりアサガオくんに慣れきっていたけど、しょ、初心を思い出せ、私。

 な、なんだっけ。ほらえっと、えーーと、肝心なときに思い出せない…… 

 

(――警戒心は手放すものか。油断は禁物)


 それだーーー!!!!


 そう。ここは丁重にお断り……するべきでしょ。

 でも、お断りの言葉を考えようとすると、


(でもでも、だけどっ!)

 という思いが湧き起こる。脳内で「逆接の接続詞」が暴れ出す。


(でも、冷静によく考えてごらん? これは……いい話、でしょ。夏休みの間も、あの声を摂取できるってことだし)


 うんうん。そうなんだけどね。だけど、ほら、


(しかしながら、この世の中には色んな事件がゴロゴロ……殺人とかも起きてるわけで。案外、イケメンが犯人だったりするし!! そういえば、私が今監禁されたり失踪しても、捜してくれる人いなくない!? あ~、叔母の華さんが気付いて捜索届だしてくれるかも。警察の皆さん、頑張ってくれるかなぁ。いや、殺された後に、めっちゃ捜査を頑張られても手遅れなんだけどね!!!)


 頭の中で激しい脳内会議と、葛藤を繰り広げる私。


「あの~~、マヨさん……?」

 いつの間にか、アサガオくんがこちらを覗き込んでいた。


 少し困ったように眉を下げ、思慮深そうな憂いのある表情。ほんと綺麗な顔。

 さっきまで少年ぽかったのに、なんで急にそんなオトナな顔するの。



 ファミレスで向かいの席だけど、乗り出してくると――距離が近い。

 緊張、するよ。



「ごめ~~ん。急に言われても困っちゃうよね。今の話は忘れてね~~……」

 そう言って、人なつっこい笑顔に切り替えて。それで何事もなかったかのように、さらさらと話題を流そうとするアサガオくんに、


 私は、


 私は、


 私は、


 私は、


(私は――どうするのが正解なの? いや、もっと単純に、私はどうしたいの?)


 そう思った瞬間、やっと声が出た。



「まかないッッ!!!」



 は? と、琥珀色の目を見開き、驚いたように固まるアサガオくん。


 そんな彼に、一気に語った。一気に言わないと迷ってしまいそうで。

「私が今考えてたのは、まかないのことだから! 飲食店とかで働いてる人が食べる、ザ・まかないご飯! アサガオくんのお仕事って、夜食や朝食をお届けするんですよね? だったら、まかないとか試食もあるのかも。楽しみだなーって、そういうの想像して空想の世界に旅立ってたんですっ。返答に困ってたわけじゃ、ない!!! ですっ!!!!」


 アサガオくんは、あっけに取られたように、ポカンとした表情を浮かべた。

 それから、手の甲で口元を隠しながら、あははと笑って「出すよ~~、じゃんじゃん出すよ~、まかない。あと、敬語はやめてよ~」と。


「じゃあ、助手のマヨさん。あらためて宜しくお願いします。『助手』っていう漢字ってさー、『タスケテ』とも読めそうだよね。そんなわけで、ぜひ助けてね~~! あ、でも高校生なんだから学業優先!『こうこうせい』って点々つけると『光合成』になるよね、それでね」――などと、アサガオくんがなんか色々言ってる。けど……そんな声もうまく聞き取れない。


 私はなんだかへなへなと、全身の力が抜けていた。

 ……恥ずかしくて、死にそぅ……。


 さっきの私って、結構大きな声が出てなかった? どうか、周りのテーブルの人に聞こえてませんように。


(……感情がごっちゃ煮で、闇鍋で、自分で自分の気持ちがわからないよ……。でも、まかない楽しみなのは、割と本気……)

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