0-8 いつ気付いてしまうんだろう
――初夏になった頃。ファミレスにて。
その日のアサガオくんは、初めて見る半袖姿で。
袖からスラリと伸びる腕に、つい見とれてしまいそうになった。色白な肌は滑らかで、ほどよく筋肉もあるみたいだ。
「わぁ~、マヨさんの今日の服、涼しそうだし可愛いね~。お団子ヘアもよく似合ってる~~!」
アサガオくんに嬉しいことも言われたけど、素直に喜ぶこともできず、複雑な気持ちを持て余す。
今日は、インナーを半袖にしたチェック柄のキャミワンピースを着てきた。髪はポニーテールを巻いてお団子風に。
そのぐらい、季節が移り変わって暑くなってきたんだ。会うのは5回、6回……。何回目だろう。数えるのが怖い。
毎回ファミレスで会うから、ずっと同じ店じゃなくて、違うお店を転々としてる。
デミーズ、ロイヤルポスト、ガフト、サイゼルア、ココヌ、などなど……。
でも、ファミレスにもだんだん飽きてきて、そして私も――いつか――。
(何か、手を打たないと。そう、今日にでも)
「あのー、アサガオくん」
「ん~~。なあに?」
テーブルの向かいに座っているアサガオくんは、メニューを眺めつつも、親しげな甘い返事をした。
うあぁ、普段の声も、時々ドキッとするいい声なんだよね……。思わず癒やされそうになってしまう。
(気が緩みそうになるけど。でも、油断は禁物!)
私は押しつけがましくならないように、おずおずと遠慮がちに提案してみた。
ちなみに本人の強い希望で、年上だけど、アサガオくんのことは「くん」付け&敬語は使わない。
「あ、あのね。前に話してた【眠れなくなる謎】のこと、最近も何か謎はあった? 良かったらもっと詳しく聞かせてくれないかな?
いつもお世話になってるのに【あの声の料金】もほとんど払ってないし。だからせめて、謎のことでお役に立てたらなー、私も一緒に謎について考えたいなー、って」
そう。アサガオくんの料金システムは「富豪からはガッツリ、庶民からはほんのり」で、庶民かつ高校生の私はタダ同然になってしまっていた。
父と母が遺してくれたお金は、少しでも節約しながら使いたい。だから、料金が格安なのは助かる。でもそれって――
アサガオくんにとって、「私と会うメリットが、ますます無い」ってことだ。
私と会うことが「単なる時間の無駄」だと、いつ気付いてしまうんだろう。
これって、考えすぎ……じゃないでしょ。
いつまでもいつまでもいつまでもいつまでも、何ヶ月も、半年も、何年も、
私の不眠の悩みに付き合ってやる義理はない。
……大事な友人や、恋人でもないのに。
実は、私はね、自分が「さほど面白くもない人間」だとバレないように、ボロが出ないように、あの春からこの初夏まで、ずーーーっと気をつけてたよ。
あの声を聞いて寝て起きたら、いつもさっさと帰りたかった。自分の底を見抜かれ飽きられることに、怯えてた。緊張してた。あとはアサガオくんをひたすら観察しながら、「聞き上手」を目指してみた。アサガオくんが拗ねたり愚痴ったりしてくれて助かった。そして聞きまくった結果、わかったことは……
彼は今の人生が充実してて、わざわざ私と関わる必要が無い……ということ。
そんなアサガオくんから、私は、一体いつまで
声の搾取――「
そう、こちら側の一方的なメリットしかないから、私はこれを搾取だと思っている。
といっても、アサガオくんが会ってくれなくなったらそこで終了。
私の方が、ひたすら圧倒的に立場は弱い。
そんな「アサガオくん頼り」の生活を、私は綱渡りで続けている。
今まで知らなかったよ。
他の人に――頼らないと生きていけないのは、とてもとても……怖いものだね。
ものすごく感謝してるけど、それと同じぐらい、怖い。
会ってもらえなくなったら、そこで終了だから。辛うじて持続させている、私の日常が、ボロボロに崩壊するから。
……やだよ。お願いだから、普通に暮らさせて。眠らせてよ……。
私の安眠と生活を握る人……アサガオくんに――嫌われないように。見捨てられないように。生意気と思われないように。好感を持ってもらえるように。忘れられないように。あわよくば、少しは可愛いと思われるように。
言葉を、発することを迷って。相づちとオウム返しと、ひたすら観察ばかりだ。
とにかく私には、払える対価がロクになくて。それでもなんとか自分にできそうなことを絞り出したのが「眠れなくなる謎」の話で、それで
「え~! マヨさん、謎のこと一緒に考えてくれるの~~!?」
ファッ!!!?
思考をぶった切るような、よく通る声で――我に返った。
あああぁぁ……また一人で考え込んでいた。たぶん、0.5秒ぐらいの間に!
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