0-7 『謎』めいたこと


 さて。「雑談しよーよー」と言っていたアサガオくんは、そう言っただけあって、あれこれと自分のこともよく話してくれた。

 

 あの眠らせボイスの他にも、得意なものが色々あって。

 料理なんかも、かなーり好きらしい。


 それらのスキルを活かしつつ、【眠らせ屋&目覚まし屋さん】のお仕事を行っているんだとか。


 ――あるときは、誰かの眠れない夜に寄り添う。


 ――また別のあるときは、誰かの朝を晴れやかに彩る。


 仕事内容は色々だけど、わかりやすい例を挙げると……「心と身体に染み渡る美味しい夜食」や「まるでお洒落カフェのように素敵な朝食」をお届けしたりもするそうで。まるで、スパダリそのものだ。


「小さな幸せを配ってるみたいで、楽しいんだよね~~」


 そんな彼の言葉には、ちょっぴり本気で羨ましくなった。配る方も、配られる方も幸せそうで。いいな。


 ただ、アサガオくんは、折り曲げた指を顎にあてて。宙を見ながら、悩ましげにこんなことも言っていた。


「このお仕事をしてるとね~、たまに『謎』めいたことがあるんだよ」

「……謎……?」

 オウム返しの私の相づちに、アサガオくんはコクンと頷く。


「うん。なんだかちょっと変わった奇妙な依頼とか、お客さんが何か隠しごとをしてるっぽいな~、とか」

「へぇーーー」と言いつつ、とても興味を持った。


 そういうのって――眠れない夜に読んでた小説みたい。

 ちょっとお仕事モノの、いわゆる【日常の謎】なミステリー。


 殺人などは起きず、日常にひそむ謎を扱うジャンルだ。文芸部でも、そういう本について語り合ったことがある。

 もっと詳しく謎の内容を聞きたかったけど、アサガオくんの言葉の方が早かった。


「それでね、そういう謎が気になって、夜によく眠れなかったりもするんだ~。気にしなきゃいいんだけど、僕いつまでも考えちゃうんだよね~~……」


 そう言って苦笑する彼の顔色が、確かにいつもより優れない気がする。

「あの、アサガオくん、もしかして目の下……」


「そう! 2匹の茶色いクマさんが出現してるよね~~…。自分で自分のことは眠らせられなくって……。でも、僕の睡眠不足なんて、たいしたことないから」


 そう言いながらアサガオくんは、わしづかみの手の形を作って。「がおー」とクマの真似をしている。イケメンだからって、何でも許されると思わないで欲しい。許すけど。


 それより……どうして今まで気付かなかったんだろう。

 彼を見ながら、急に不安に囚われ、胸の辺りが冷えてくる。


(……そっか。「この可能性」は考えてなかったな……)


 万が一、アサガオくんが深刻に眠れなくなり、体調不良になって、ひどい風邪でもひいて【あの声】が出なくなったら……どうしよう。

 そうしたら私は再び、あの重度の不眠生活に逆戻り……? それは、やだよ……。


 普通に高校に通ってさ、たとえ、あの家に独りぼっちでも……それでも夜にちゃんと寝て、朝に起きる生活をしたいんだよ。

 一人でも頑張るから、これ以上、私から「普通」を奪わないでよ……。


 周りの人たちを、また心配させるのも、本当にもう嫌だ……。 

 不眠生活の再来なんて、絶対に避けたい。


 そうだ。そうならないように、アサガオくんの【眠れなくなる謎】を解き明かす手伝いができればいい……のかな。


 つまり、私は――【あの声】を継続して安定的に得たいから、アサガオくんの健康を望むのだ。

 まるで、いつまでもお年玉が欲しいから、ジジババに長生きして欲しい孫みたいに。


 要するに、自分のため。利己的。自己中心的。

 でもさ、人間ってみんな多少は……そうなんじゃないのかな?


 一度ひどい体験をしたからこそ、安心とか安全を二度と手放さないために、必死になっちゃうこともあるんじゃないかな……。


 そんなことを考えながら、心をザラつかせながら、ちらちらとアサガオくんの様子を観察していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る