0-6 心当たりはハッキリと


 そんなわけで――。

 限界のときには、放課後や週末に、ファミレスでアサガオくんに会って。


 まるでクスリを投与してもらうかのように、【あの声】を摂取することにした。

 自分の日常や生活を、取り戻すには……そうするしかないのだし。


 初めてのときは、ソファーに座ったまま、何時間も眠ってしまった私だけど。

 お店やアサガオくんの迷惑にならないよう、10分程度で無理矢理に叩き起こしてもらうことに決めた。というか、私の方からお願いした!


「ふきんやタオルも持参してます。なんなら頭にお冷やを――氷水をぶっかけてくださいっ!!」

 必死にそんなことを言う私に、アサガオくんは


「ちゃんと優しく起こすってば~」と、手をヒラヒラさせながら笑ってくれた。


 優しく起こされると照れてしまうし、寝顔を見られるのも、すっっごく恥ずかしいんだけど。それは仕方ないのか。うぐぐ……。



 ――あと、なんとなくだけど。

 アサガオくんに会うときの「ルール」も2つ、自分で決めてみた。


 1、アサガオくんに会うときは、放課後でも必ず私服に着替える。


 2、髪は学校では下ろしてるけど、アサガオくんに会うときには結ぶ。


 私服に着替えて、髪をポニテにすると、割と気持ちが切り替わる。変装……とまではいかなくても、少しは気分を転換したかったんだ。


 ――学校や自宅での「大事な日常」と、ファミレスでの「現実感のない非日常」。


 しっかり分けないと、自分の気持ちがごちゃごちゃになりそうで、落ち着かなかった。私はちょっと不器用なのかもしれない。

  

 そんなルールをゆるく守りつつ。

 2回、3回、4回と会う回数を重ねるうちに――

 気軽にだらだらと愚痴ってもらえるぐらいには、アサガオくんと親しくなった。


 ある日のファミレスでは、


「マヨさんってさー、僕と会うの、病院の診察みたいに思ってない~? 病院だったらすぐ帰るのもわかるけど、病院じゃないんだから。雑談しよーよー。僕の話や愚痴とかも聞いてよぉ~~」


 などと、唇を尖らせてねられたりもした。

 イケメンは、どんな表情をしてもサマになるんだな、なんて頭の片隅で思う。


 私が用件が済んだら、すぐに帰ろうとするのは、ちょっとした理由があるんだけど……。まあいいや。


 ところで、アサガオくんの話によると。

 こんなに定期的にずっと【あの声】の摂取が必要なお客さんは珍しいらしい。私の不眠は、かなり根が深いようだ、とも。


「ん~~。根本的な原因に、なにか心当たりは……ある、ない、さあどっちでしょう?」と、まるでクイズのように、アサガオくんから訊ねられた私は――



 心当たりはハッキリと『ある』けど、解決しない。取り返しがつかないこと。

 時間が、過ぎてくれれば……落ち着くのかもしれないけど……。



 というようなことを、モゴモゴと答えた。これを言うだけでも精一杯で、口の中がカラカラに乾いた。気を抜くと目が涙で潤みそうになる……。


 両親が居眠り運転で、事故死。

 しかも、なんて――重すぎて言えない。言いたくないし、言えないよ……。うつむきながらグラスの水を飲む私に、アサガオくんは


「それにしても、僕とマヨさんは、カラダの相性がいいと思うんだ~」


 などと、のたまう。ブフォッ!!! と水を吹き出しそうになるが、アサガオくんは平然と澄ました顔で


「聴覚って、実は意外と個人差が大きいらしくてね。でも、みんな自分の視力は把握しているのに、聴力はあまり把握してないよね~」


 などと、マジメな話を続けていた。


(あ……はい。アサガオくんの声帯と、私の耳の相性ってことですね。はい)と落ち着く。 


 ヘンなこと言ったのはそっちなのに、なんで私の方が恥ずかしくなるのか。

 むぐぐっ。

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