0-5 素晴らしいと、最っ悪

 

 私を眠らせてくれた――特別な声。

 【あの声】は、しばらく余韻よいんが続くらしい。


 ファミレスであの声を聞いたあと、その後2週間ぐらいは安眠だった。

 ぐっすり眠って、爽やかに起きて、ベッドの上で「んーーっ!」と思いっきり伸びをする。


 顔を洗って、チーズトーストを焼いて、カップスープも用意してもぐもぐ食べて。

 それで長い髪をブラシでかして、制服を着て、靴下はどこだ? って探す。


 そーゆー普通の生活を送れることの、なんと素晴らしいことか。


「最近のマヨはずーーっと、ゾンビみたいだったよー!」

 高校の友達はそんなことを言いつつ、勉強が遅れた分のノートを貸してくれた。そして、授業の合間も昼休みも、くだらないことをお喋りしまくった。


 昼のお弁当は、自分で作った簡単なもので。母が作ったものはもう二度と食べられないけど……。でもね、ちゃんと元気に完食できたんだ!


「あーっ! 真夜さん、幽霊部員になっちゃったかと思ったよぉー」

 放課後に顔を出した文芸部は、久しぶりでも居心地が良かった。眠れない夜に読んだ本の話も、いっぱいできた! 部室の本棚にある蔵書から、何冊か借りたりもして。帰って読むのが楽しみだなぁ。


「真夜ちゃん、顔色よくなったねぇ」

 たまに様子を見に来てくれる、遠方に住む私の叔母――はなさんも、涙ぐみながらそんなことを言ってくれた。割と元気な、私の様子にほっとしてくれたようだ。


 ちなみに叔母の華さんは、事故のあとの保険金の手続きや生活費のことなども仕切ってくれている。将来の学費のことまで考えてくれて。おかげで生活費については、そこまで深刻に悩み過ぎずに、日常が続けられている。

 

 そう、日常。

 こういう日々をずっと続けたい、のに――




(…………最っ悪…………)


 深夜、自分の部屋のベッドに横たわって。

 私はじんわりと絶望感を味わっていた。暗闇のなかでも、ぱっちりと目は覚めたまま。


 ――全っ然、眠れない。


 平穏な日常が揺らぎはじめたのは、2週間を過ぎた頃。

 どうやら、2週間以上経つと、次第に【あの声の余韻効果】は薄れてくらしい。

 少しずつ、少しずーーつ、不眠の症状がひょっこり芽を出す。根を張り巡らせていく。


(………どうしよ。ほんと……) 


 暗い部屋で寝転がったまま、枕元のスマホを手に取る。

 画面の眩しさに目を細めつつ、あのSNSに恐る恐るアクセスした。

 

 初めて会った日の別れ際に――アサガオくんから言われた言葉。

「また眠れなくなったら、言ってね~~」


 あのセリフは、社交辞令じゃなくて本気だったんだろうか。こうなること、彼は予想がついていたんだろうか……。


 なんにしても、他に選択肢なんてない!

 迷いつつも、丁寧に必死なお願いのDMを送信する。再度のSOS。

 深夜にも関わらず――返事はすぐだった。


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はーい、喜んで~~~~

今度は別のファミレスにしましょ~う

僕、今度はパフェ食べる~


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 やっぱり「~」が多いよ。

 でも、


(良かったぁ……)


 あたたかな返事に、気が抜けるようにほっとして。

 じんわりと、絶望感が和らぐのを感じていた。



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