0-3 本気だしてみるとか

 

 ――なんか、すごいのがいるんだけど……。


 待ち合わせ場所に決めたファミレス――デミーズの入り口前。

 そこにたたずんでいたのは、なんだか現実離れしてるほどのイケメンだった。


 遠目から見てもわかる綺麗な顔立ち。色白の肌は透明感があり、艶やかなホワイトベージュ色の髪が、ゆるく軽やか。

 身長は私より頭ひとつ分ぐらい高そうで。手足がスラリとした細身の体型に、さらりと羽織はおられた春物の水色カーディガンがよく似合っている。


(……え? 私、今から「あの美形な生き物」に話しかけなきゃいけないの?)


 呆然としていると、彼はふっとこちらに気付いて。ぱっと顔を明るくしては、

「あっ、こんにちは~~!」と言ってくれた。その瞬間、背景に花が咲きそうな、世界の色がワントーン明るくなりそうな存在感。

 

 ――すごいな。こういう非現実的な人、現実にいるんだなー……。


 それが、アサガオくんの第一印象だった。



       ◇



 ファミレスの店内に入り、私と彼は向かい合って座った。緊張しつつ、近距離であらためて彼の様子を伺う。


 ほっそりとしたフェイスラインに、切れ長の大きな目。長く濃い睫毛と、琥珀色の瞳が印象的だ。

 恐ろしく整った顔立ちでも、冷たい印象にならないのは――癒やし系ゆるふわ髪と、穏やかオーラの影響か。中性的でどこか気品がある人だった。


 「モデルをやっているんです」と言われたら、「でしょうねー」と返事をしてしまいそう。

 「天使と人間のハーフなんです」と言われても、「でしょうねー」とコクコク頷きそう。

 そんな感じの人。


 年齢は二十代前半ぐらいかな。そんなオトナの男性と話すこと自体、珍しい。

 一体、何をどう話せばいいんだろう。しかも、眠くて眠くて頭が回らない。


「マヨさんって名前、栄養価が高そうでいい感じだね~~」


 さらっと、そんな言葉を浴びせられる。

 私の名前は、小桜こざくら真夜まよ。この程度の情報なら大丈夫だろうと、メッセージではカタカナで「マヨ」と名乗っていた。


 自分でもマヨネーズを連想するし、マヨ好き。にしても栄養価が高そうは、初めて聞いた感想だな。


「あ、はぁ……」と曖昧な相づちをすると、さらに質問を投げかけられる。


「ちゃんに進化して、マヨちゃんって呼んでもい~い?」

「……別に構いませんけど」


「だったら、増量2倍で、マヨマヨとかは~?」

「……悪くはないけど、良くもないですね」


「おっけーおっけー。大体、わかったよ~~」

 何がわかったんだろう。距離感のチューニングでもしたのか。ちょっと落ち着いて欲しい。


 見た目は、気品あるゆるふわイケメンなのに、ちょっと無茶なフレンドリー感があるな、この人。


 そして、メールで「~」を多用してたけど、実際の話し言葉も、そんな感じにダラダラのんびりふんわり感が漂う。

 常に――日曜の昼下がりみたいな話し方。


 そんなアサガオくんは「ところで~、マヨさんはすぐに眠りたい感じ?」と、小首を傾げて訊ねてくる。呼び方はマヨさんに決まったらしい。


 迷わず、「はい」と即答。

 なんとか会話しているものの、眠くて今も頭はボンヤリしている。眠れるものなら、即、眠りたい。できるもんなら眠らせてみやがれ、とまで思う。


 ただ、そう答えながらも、すでに私の心は諦めムードだった。

 この人、格好いいけど、あまり頼りにはならなそうだなぁ……、と。




 ――でも、この時の私はまだ知らない。

 

 アサガオくんが「じゃあ僕、本気で話してみるね?」と、この直後に言い出すこと。

 いや、今も話をしてるし。

 本気だしてみるとか、厨二病みたいだぁ、と思った瞬間――


『僕ね、なんかちょっと特殊な声が出せるみたいで』 

 …!! 何!?? ぞわぞわして、ふわふわする。何が起きたのか、分からなかった。身体の芯まで届くような、穏やかで温もりと気品のある、唯一無二の声……。


『効く人と効かない人がいるんだけど』『眠くなる効果があるんだよね』

 ……そんな声に深く包み込まれて、絶妙に癒やされ、ほっとして……。


『もしこの声と、マヨさんの耳の相性がいいなら』『眠くなるかも』

 ……ソファーに座ったまま、ガクッと。枕が欲しいぐらいに……


『あ、僕はのんびり食事して読書してるから』『気にしないで』

 ………熟睡………………して……


『おやすみなさ~い』


 ……しまう……。



 Zzzz…。


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