わたしの為に争わないで!
@woshimoto_misui
本編
十二年生きてれば誰にだって死にそうなことの一つや二つあるよね。
わたしの場合はまさに今、こうして空港の搭乗口で汗ダラダラ流しながら、キャリーバックひっくり返してるときとかまさにそれ。畳んだ水着とか浮き輪とか引っかき回してるから、まるで海水浴から上がってきてタオル探してる人みたいになってる。まあ、探してるのはもっと大切な──
「翔子、パスポートはあったか?」
「ありませんでした……」
パスポートなんだけどね!
「しゃあっ!」
「ピエっ!」
お父さんから飛んできたビンタをスウェーバックで後ろに顎を引いてかわす。続いて左右のワンツービンタをダッキング、体をおじぎするみたいに前に倒して避ける。ツインテールから伝わってくる風圧がガチだよヤバイヤバイ。
「こらっ、かわすなっ、ビンタで済ませてやるから神妙に罰を受けろっ。」
「ピエー! 体罰はんたーい! 令和ですよ令和!」
「あなた、やめて。」
「ママ……」
見かねたお母さんが止めてくれる、持つべきものは母ですわ。
そう思ったわたしに、お父さんよりも笑ってない目でお母さんは言った。
「翔子、1週間ベビーシッター頼んだから。」
「はい! え?」
「家にいなさい。」
「え、あの、グアムは……」
「は?」
「ピエっ……」
「ママ、さすがにそれは……」
「パパ、社長さんの結婚式に『娘がパスポート忘れたから欠席します』って言うつもり?」
「……翔子、日本でお留守ばんだ。」
こうしてわたしを成田空港に置き去りにしてお父さんたちは飛行機へと乗って行った。マジっすか!? 1週間のグアム旅行無し!? そう落ち込んでもう一回必死になってキャリーバック中を探していると、突然暗くなった。なんだと思って見上げると人影が。そこにいたのは、デッカいスーツの人だった。
「スミマセン。」
その声で外国の人だと気づく。あ、邪魔になってたかなと床に散らばっていたトランプやUNOを拾っていると、スッと出てきたのは、札束。
「コノチケット、ユズッテクダサイ、オネガイシマス。」
お金から目を上に上げていくと、黒い手に黒いスーツに黒い肌に黒いサングラス。ムキムキマッチョの黒人さんが必死な感じで何度も「オネガイシマス」と言ってくる。その様子に怖いっていうより可哀そうって思って思わず「はい」って言っちゃった。
「アリガトウゴザイマス、アナタハイノチノオンジンデス、コレハツマラナイモノデスガ、アト、コレモ、イママデアリガトウ。」
ムキムキマッチョ黒スーツサングラス黒人オジサンはそう言うと、ものすごく嬉しそうな様子でわたしのチケットを持っていった。どうせ今からじゃキャンセルしてもお金返ってこなかったからラッキーと思ってお金を数えると、なんと十万円。これが災い転じて福となすってやつだね。
グアムには行けなかったけどこれで1週間は遊べるな、親もいないし自由な夏休みだ、なんて浮かれながら財布にお金をしまおうとすると、なんかコインが落ちてきた。もしかして外国のお金かな、これもオマケかなと思って拾い上げると、アレって思った。これ、コインじゃないっていうか、小判? 大河ドラマに出てくる金色のダンゴムシみたいなやつだ。これはお土産だったのかなと思ったところで、目の前に幼稚園ぐらいの男の子がいるのに気づいた。
忘れ物とか探してるときって気がついたら近くに人いること多いよね、なんて考えていると。
「お嬢さま、わしはライキリと申すものじゃ。ふつつか者だがよろしく頼むぞ。」
大河ドラマっぽい言い方で自己紹介。最近流行ってるよねこういうの。
「ぼく、迷子かな? わたしは大谷翔子。大谷翔平から『平』をとって『子』を入れてね。」
言ってから、このぐらいの子には漢字わかんなくない?って思ったけど、ライキリくんはこくこくとうなずいてわかったっぽいリアクション。ネコ耳カチャーシャがピクピクゆれてカワイイな。思わずさわってみて、人肌の温度のそれに和む。すると「おっおっ」と変な声を上げて、小さいのにリアクション芸ができてるなと感心。しているわたしはネコ耳の根本をさわっておどろいた。これ、頭から生えてる。
「え、手術? 植えたの? 植毛的な?」
「いや本物じゃあ。」
髪が増やせるなら耳も増やせるよねって思ったけど、そうじゃないらしい。ライキリはおかっぱ頭の金髪をかき上げると、耳を見せた。でも、耳がない。
「大谷お嬢さま。改めまして座敷わらしのライキリ、これからお嬢さまの食客にさせていただく。良縁を持ってくるのでこれからよろしく頼むんじゃ。」
「座敷わらし……って、あの?」
小学校生活最後の夏休み。6年生の7月に、わたしは座敷わらしにとりつかれた。
もらった十万円でPS5を買ったところで大後悔。キャリーバックが重いのにPS5でさらに重い。
「ライキリ、荷物持てないの?」
「わしが持つとポルターガイストみたいになるんじゃあ。」
「あー他の人からは見えない的なあれなのね。重い……」
汗だくになりながら、家に帰る。こんなんなら配達してもらえばよかったなとか、タクシー使えばよかったな、なんて玄関に入ってから思う。まだ五万円あるから少しぐらい使っちゃってもいいよね。
「アッツー! 冷房入れて冷房!」
「このリモコンかのお?」
「そうそれそれ、あ~のどかわいた。コーラコーラ!」
「あっちが台所かのお?」
「そうそっちそっち。」
十万円でなに買うことしか考えてなくてライキリ連れて帰ってきちゃったけど、座敷わらしだからかよく働いてくれる。座敷わらしってこんなんだっけって思うけど、まあかわいいし優しいからいっか。
「よーしそれじゃあ、とにかくカンパーイ!」
二人でリビングのテーブルに座ると、コーラの入ったコップをぶつける。こうして見ると、ほんとふつうの男の子だ。金髪でネコ耳ついてるけど。あとなんか服が神社の人が着てるやつっぽくてシッポ生えてるけど。
「あれシッポ生えてたっけ?」
「おうまずかったか? ちょっと待っててなしまうから。」
「あ~いいよいいよかわいいから。うわー、キツネみたい。」
「元は稲荷神社にいたからのお。」
そこから話はライキリについてになった。なんでも岡山の山の中にある神社に居候してたけど、時代の流れで潰れたから色々あって上京したらしい。妖怪とかもみんな東京に集まるんだねなんて話しているとお父さんから電話が。
「翔子、お前が座るはずだったシートに筋肉ムキムキの強そうな黒人が乗ってたんだが、チケットを渡したのか?」
そこからはもうどうして渡すことになったとかいくら貰ったとかの質問攻め。お風呂入ってるからとごまかしてなんとか切ると、「ママがガチギレしてる。気をつけるんだぞ」とか言って電話が切れた。気をつけようがないだろ。
「そういえば、あのマッチョマンよくわたしがチケット持ってるってわかったな。」
「それはわしの力じゃあ。良縁を結ぶのが得意でのお、条件に合うものがどこにいるのかわかるんじゃあ。」
それはすごいとさっそくやってもらう。とりあえず今はパスポートを見つけたいんでそれを頼むと、「落とし物探しは大得意じゃ!」とハリキリボーイ。枕の下と言われて「あっ!」と声が出た。思い出した、忘れないように前の日見た映画でやってた大切なもののしまい方を試したんだった。ベッドに行くと、ありました、パスポートくん。キミがいれば今ごろグアムだったんだよなあ。
「え、すごくない? これって人もいけるの?」
「もちろんじゃ。お嬢さまを探したのもそれだからのお。国内ならだいたい大丈夫じゃあ。」
「海外はだめなの?」
「日本語しかわからんからのお……TOEIC200点じゃ。」
後から調べたら、TOEICは四択問題だから適当に答えても250点はいくらしいってネットで出てきた。英語力壊滅的じゃん。
「じゃあさ、たとえばどっぷり溺愛してくれるイケメンとかとも出会えたりするの?」
「むぅ、できなくはないぞ。ただお嬢さまがどういうタイプが好みかわからんから期待に添えるかはわからないんじゃ。わし、イケメンの区別とかつかんし。」
「『ジャニ系のイケメン』、『身長180cm以上』、『高収入』、これでいける?」
「ジャニ系って言っても割と幅あるから無理じゃ。あと、条件に合ったところで出会えるかは別だし、相手に好きになってもらえるかも別ぞ。」
「『わたしを好きになってくれる人』、『イケメン』、『茶髪セミロン』、『身長180cm以上』、『年収二千万円以上』、『良い匂い』、これなら?」
「欲望ダダ漏れじゃあ! すごいな今時の小学生! 見つかったぞ。」
「早っ。」
ライキリは「あっちの方に歩いて5時間ぐらい?」と指差した。どっちだよと思ったけど、今のわたしには五万円がある。さっそくシャワーを浴びるとバキバキにオシャレして会いに行くことに。
電車を乗り継いで降りたのは新宿。広すぎて駅から出るのに苦労していると、「今じゃ!」というライキリの声が聞こえて足が何かに引っかかる。転んだ、と思った次の瞬間。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう、ございます。」
わたしの目の前に、イケメンがいた。茶髪セミロンで、身長はたぶん180cm以上。あとなんかすっごい良い匂い。確信しました、この人が探してた人です。
「かっこいい……」「かわいい……」
「えっ。」「あっ。」
思わず心の声が出て、でもそれは相手も同じで、二人してはにかむ。
これが、わたしとバンドマンのサエジマさん(24)との出会いだった。
「ターイム!」
「え、なんじゃ突然。」
新宿の路地裏でわたしはライキリにお説教タイムに突入。
「ちょっとまってガッツリ大人だったんだけど!」
「そりゃ年収二千万円以上なら大人じゃろ。高収入な学生はおらん。」
「ぐぬぬ、でもお金持ちの子もいるじゃん。そういうのにしてよそういうのに。わたしを好きになってくれるっていってもロリコンはアウトなの!」
「じゃあ『家族の年収が二千万円以上』で『18歳未満』にしておくんじゃ。」
「いやでもやっぱさっきの人めちゃくちゃタイプだったから前の条件もキープしといて。なしよりの超ありだから。」
「えぇ……」
ぶっちゃけものすごいタイプだった。理想的だった。ネットで調べたけど悪い噂もないし、あのあとチケットくれたし。絶対ライブ行こう。
「じゃあ次はあっちの方に十五分くらいじゃ。」
「近っ。てか調べてくれてたんだ。」
「うむ、『わたしを好きになってくれる人』、『イケメン』、『茶髪セミロン』、『家族の年収二千万円以上』、『良い匂い』、『18歳未満』で調べたぞ。ただ『身長180cm以上』は該当する人間がだいぶ離れてたから外してしもうた。」
「それぐらいなら全然ありあり。よし、次行ってみよう!」
一度成功例を見るとやる気が出るよね。ライキリは正しい条件さえ教えればものすごいタイプな人を紹介してくれるってわかった。あと出会いも演出してくれる。これはいい座敷わらしだあ。
ルンルンで着いて行くと行き着いたのはサウナ。一人で入るのは初めてなんでちょっと緊張するけど、店員さんから説明を受けていざ鎌倉。
「そういえばいざ鎌倉ってなに?」
「鎌倉時代にあったスローガンみたいなものぞ。」
「マジ? 運動会みたいじゃん。」
「ほんで、わしも女湯入ってええんかのお? わしけっこう年ぞ?」
「いいんじゃない? どう見ても幼稚園児だし。てか座敷わらしって子供でしょ?」
「むぅ、なんか悪い気がするのお。やっぱり外で待ってるぞ。」
「あっ、待て待て──」「今じゃ!」
突然ライキリが急ターンして、私はまた転びそうになる。あれ、これさっきと同じパターンだと思いながら倒れ込んだ。でも今度は支えてくれる人はいなくて、それどころか他のお客さんにぶつかって。
「うわあっ! ご、ごめんなさい!」
「かわいい……」
「えっ?」「あっ。」
思わず心の声が出て、でもそれは相手も同じで、二人してはにかむ。
これが、わたしとアイドルのサエジマさん(14)との出会いだった。
「ターイム!」
「熱いのじゃ……『暑い』ではなく『熱い』のじゃ……」
新宿の路地裏のサウナでわたしはライキリにお説教タイムに突入。
「ちょっとまってガッツリ女の子だったんだけど!」
「えーいかんのかのお? ものすごいタイプじゃったろ?」
「ものすごいタイプだったけれど! ものすごいタイプだったけれど!」
「じゃあええやんか。条件にないところでキャンセル出されても困るんじゃあ。」
「でも大人と女の子はNGなの! 熱波くらえ!」
「うおおお……! ロウリュ……ロウリュ……じゃあ条件に『戸籍上男』と『性自認が男』と『生物学的に男』も付け加えとくわこれでええんじゃろ。」
「いやでもやっぱさっきの人めちゃくちゃタイプだったから前の条件もキープしといて。なしよりの超ありだから。」
「えぇ……」
わたしたちはサウナを出ると、シャワーを浴びてから水風呂に。体は整っていくけれど微妙に心が整わない。なんだろうなあ、さっきからものすごい惜しい人ばかりと出会ってる。
このままじゃなんか満足できないともう一回チャレンジしようとすると、店の外からなんだか言い争う声が聞こえてきた。
「やっぱり新宿ってガラ悪いね。」
「ド偏見じゃあ。」
怖いもの見たさで近づくと、そこには。
「だから着いてくるなって言ってるだろ! しかも男の格好までして!」
「好きで男の格好してんだからいいだろ! つーか、兄貴がファンに手を出さないようにマネージャーから見張れって言われてんだよ!」
「出すわけ無いだろ! ファンは中高生だぞ!」
「万が一があるだろうが! 怪しい行動だけでもメジャーデビューが潰れちまうんだよ!」
「さ、サエジマさん……」
「「翔子ちゃん……!」」
これが、わたしとバンドマンのサエジマさん(24)とアイドルのサエジマさん(14)との再会だった。
「いや兄妹揃って好きになられてなにこの三角関係!?」
「すまんのお、どうにもお嬢さまのお眼鏡に叶う人は見つけられん。もうやめにしようかの?」
「この人たちキープしつつもう一回チャレンジお願いします。」
「うーんとんでもない子にとりついてしまったかもしれんのお。」
わたしの為に争わないで! @woshimoto_misui
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