寄り道


 自分が一番不幸だとは思わない。でも、今まで会った人間の中で、自分が一番人を不幸にするような気がしていた。


 両親の離婚は、俺のせいだった。俺の、存在のせい。俺が父親と血が繋がっていないことが発覚して、母親の不倫がバレて離婚した。


 それなのに、母親は俺を置いて出ていった。父親は、衣食住と小遣いだけくれた。


 父親との会話はほとんどなかった。歳の離れた二人の兄ともほとんど話したことがない。そのせいか、元の性質か、会話が苦手だった。


 学生時代、恋をすることなく過ごした。恋愛は酷く醜いものに見えていた。


 だからなのだろう。この失敗は。


 なんとか滑り込んだ会社で、取引先とトラブルを起こしてしまった。ただの取引先の新人に向けるには過ぎた感情を俺に向けてきたそのお得意様は、俺に交際を迫った。


 でも俺は、何も理解できずに全力で拒否した。拒絶した。


 その結果、俺を担当から外さないと、取引をやめると脅された。


 俺は会社に居づらくなって辞めた。俺が辞めるのを、みんなが喜んでいるような気がした。


 俺がいない方が、みんなは嬉しいんだなって。


 どこに行けばよいのかわからなくなった。貯金は一応していたから、すぐ路頭に迷うことはない。


 それでも、長くはもたないことはわかっていた。


 でも、俺が簡単に次の職を見つけられるわけがない。でも、頼る先はない。さすがに成人してまで血の繋がらない父親をあてにする権利はない。


 だからもう、すべてをあきらめようかとおもった。


「ちょっと、こんなところで何してるの、こっち来なさい」


 突然、知らない人に腕を引かれた。


 何事か、理解をする前に何やら飲み屋みたいなところに引き摺り込まれた。


「これで拭きなさい」


 タオルを渡されて気づいた。自分が雨に降られ、びしょ濡れだったことに。


「ありがとう、ございます」


「暗いわね、せっかくイケメンなのに」


「顔がなんの役に立ちますか」


 顔だけでは何も得られない。テレビの中で顔だけだと言われる人も、本当に顔だけなわけがないのだ。


 わかってる。一番はコミュニケーションだ。俺が一番苦手としている、それ。


「少なくとも、ここでは役に立つわよ。乾いたらこっちにいらっしゃい。あなたを大変身させてあげる」


 そこは俺の知らない世界、そして、俺のことを知らない世界。


「名前は?」


徒野あだしの悠真ゆうま、です」


「そう……じゃあ、あなたは悠未ゆうみと名乗りなさい」


「わかりました」


 別に好きでもなんでもなかった。化粧は煩わしいし、ドレスは動きにくいし。


 でも、不思議と居心地は悪くなかった。目の前の人が見ているのは悠真ではなく、悠未であることが、居心地の悪さを散らしてくれた。


 そして少しずつ、その場所のことは好きになっていった。

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