第4話 ショットガンヒーローについてどうおもう?

 たかやまくんのほうをちらりと見る。


 …あんな表情するのか。遠くのほうを見て、感動したかのように目を丸くしている。まるで、今まで高い所に上ったことが無いような感じだ。


 「…ここは眺めが良いよな、向こうには山が見えて、あっちにはつまらない雑居ビルがいっぱい、住宅街があって、川が見えて、駅が見えて、団地が見えて、人が見える、この町が一望できる」


 だから、俺はここが好きだ。それに人が来ないし。


 …昔からよく鍵を壊して屋上に上がっていた。眺めの良い所が好きだった。昔から。人を見下したいわけじゃない。なんていうか、楽しいんだ。上から色々な人の営みとか建物を見るのが。たくさんの人の人生を感じるのが。


 「この場所、気に入ってくれたか?」


 たかやまくんの目が輝いている。相変わらず返事が無いが、その風景を見る目からして返答は明らかだ。


 「いただきますぅ」


 おにぎりをビニールパックからのりを余らせつつも取りだし、口に入れてかむ。いくらおにぎり。俺の大好物だ。多分、そのうち高いから食べなくなる。いまだっていくらは1つだけであとは全部しゃけだ。


 少年がハっと我に返ったかのようにこちらに視線を向けそのまま少し離れた所に腰を下ろしサンドイッチを開け始めた。


 「別に、俺に合わせることは無いよ、好きなだけ風景を堪能したら良い、邪魔者はいないんだから」


 「…」


 たかやまくんがもそもそとサンドイッチを食べる。まだ、余韻の残っている表情。頬を少し紅潮させた…本当の意味で所謂少年らしい純粋な表情。いや…どちらかというとやはり女の子に見えるな。とんだ美少年だ。


 「もう、学校にはなれた?」


 「…」


 返事は無い。だが、しっかりとこちらに視線が向いている。いや、口が止まっている。もしかして、返答を考えてフリーズしてるのか?


 「あぁ、いや、そんな真剣に考えなくて良い、そうか難しかったよな、慣れた慣れてないなんて何をもっていうのかわからないしな」


 なぜか、慌ててフォローしてしまう。


 「…」

 

 そう考えると、もしかして…今まであんなふうに黙り込むことが多かったのは返答を考えていたってことか?


 なんだ…思ったより素直で優しい子だったのか?俺の性格が悪かったからそれを当てはめて考えてたのかな…。


 だが、こんな感じならまず間違いなく友達は…。


 今度、中村先生に聞いてみるか。折角の学校生活だ。友達の一人や二人いないと辛いだろう。お節介か…?


 「せんせいは…どうして、俺に構うんですか?」


 …え?


 改めて言われると…難しいな。


 「…それは…な」


 なんでたかやまくんを気にかけるのか?それは、なんとなく心配だからだ。整った顔。だが、全く社交的じゃなくてなんなら会話に少し難が…。


 それ以上に…こう、なんていうか…


 「君を見てるとな…少し不安になっちまうんだよ」


 「はぁ……はぁ?」


 「たかやまくん、ぶっちゃけ友達はできた?誰かと学校で話してる?」


 返事が無い。なんとなくだけど、この子の無言には2つのパターンがあるような気がする。返事に困るものと…NOだ。


 さっきまでこちらを向いていたたかやまくんは少しうつむき、目を細めている。


 …多分これは後者か。


 「説教ですか…?」


 「…いや、そんなんじゃない、今、この瞬間、先生だと思わなくて良い、なんなら同じ年の人間だと思ってくれ、敬うふりもしないこと」


 「…」


 「教師っていうのは生徒が絶対反論してこないと知って馬鹿みたいな説教をする、まいっちまうよな」


 おにぎりを口に少し入れて、噛む。のりがモソモソしている。


 う~ん…そうはいっても、急にフランクになれって言ってもやっぱり難しいよな…。


 おっし…。


 Yシャツを脱ぎ、その下のシャツも脱ぐ。つまり上半身裸になる。


 「うひょおぉ、これでやっと涼しくなるぜぇ」


 幸いここの場所は外からはほぼ見えない。


 たかやまくんがこちらを驚いた顔で見る。


 教師が偉ぶれるのはなぜだ?いや、教師だけじゃない、人が人の前で偉ぶれるのはなぜだ?それは服を着てるからだ。えらい恰好をしているからだ。なら、そんなもの脱ぎ捨ててしまえ。


 「せんせい…」


 呆れた調子でたかやまくんがつぶやく。


 「これが教師に見えるか?」


 「…いえ、全然…」


 「そう…それでいいの」


 おにぎりを口に入れる。


 困惑した様子ながらたかやまくんもサンドイッチを口に運び始めた。


 「俺は…どうだ?どう見える?」


 「…え?」


 両手を広げる。


 「キモイか?不審者に見えるか?」


 たかやまくんが頭をコクンと振る。


 「それでいい…」


 乳首を晒している男を尊敬しろというのは少し難しいだろう。


 「たかやまくんはどういう女の子が好きなの?」


 …


 「俺はねぇ…もちろん巨乳の子だね」


 …


 「たかやまくん…?」


 「えっと…?」


 「もしかして、あんまり考えたことない感じ?それは…まぁ、そうか…そういうのもあるよなぁ…」


 「あの…」


 「ん?」


 「なんていうか…なんて答えれば良いのか…?」


 「…どう答えれば良いのか…?思った通り答えればいいんじゃないか?まぁ…急だと困るな」


 「はぁ…えっと…………その…やさしいひと…?」


 ?が付くか。…この子はやっぱり俺の思ってた通りか?ちっちゃいころから人の気持ちに配慮させられてきた子か…。


 「優しい人ね!確かにそうだな!優しいにこしたことは無い!」


 ガハハと笑って見せる。答えに大いに満足した感じに。駄目だ。いま、がっかりした顔を見せれば、きっとこの子は自分の答えを後悔するだろう。


 おにぎりをモソモソと食べる。口の中で油でつやつやした米がつぶされる。喉に少し突っかかるが無理やり飲み込む。


 そうか…もしかして…あんまり友達がいない感じなのも、これが原因か…?だとしたら、どうしようも…。


 「そうだ!」


 せっかくなら、共通の話題を振ろう。この間、ともに体験したこと…。正直、躊躇なく被患者を引き倒せたことについて聞きたいんだが…。ていうか、本当に同一人物か?まぁ、聞いてみるか。


 「そういえば、あの時…良くあの人倒せたな、本当に大丈夫だったか?」


 遠回しに聞こう。


 「まぁ…」


 駄目だ…。やっぱり必要以上の情報を引き出すのが難しい。


 「あの技…?良くとっさに出たな、なんかやってたのか?」


 「はい…」


 こっちも辛いが、この少年も辛いんだろう。相手が何を望んでいるのか考えながらしゃべらなきゃいけないと思っているのだろう。


 なるほど…なら、ごめん。本当にすまない。本人には少しだけ苦しい思いをしてもらいたい。


 「あのおっちゃんを倒した時…どうしてとっさに体が動いたんだ?俺だったら、固まって動けないよあんなの…」


 「えっと…」


 たかやまくんのほうを眺める。なるべく柔らかい表情で。適当に話しているふうを装う。


 「その…奴が来たら…もう遅いから」


 奴。


 「奴っていうのは…もしかして、ショットガンヒーロー」


 たかやまくんが頷く。


 …


 奴が来たらもう死ぬしかないってことか。あれは相手を思いやったうえでの行動ってことか?…なんだこの子…。すっごい


 すっごい優しいじゃない…。


 「そうかぁ…そうだったのか…感動した…なんていいやつなんだたかやまくん!」


 …

 

 「せんせいは…えっと…ショットガンヒーローについてどう思いますか?」


 こちらに問いかけられるとは…思わなかった。正直あっけにとられる。


 「俺はな…」


 その時、近くで銃声が聞こえた。


 


 

 

 

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