第5話 異常な怒り

 「聞こえたか?」


 「はい…」


 たかやまくんは無表情にも見えるが、よく見るとその目には少し不安の色がうかがえる。


 「俺は、今から自分のクラスを確認して指示を待つ…君は教室に戻ってなさい」


 「分かりました」


 背中を見送りながら、シャツのボタンをとめて裾をズボンに入れる。

 

 スピーカーのブッという音が聞こえる。起動した音だ。


 [生徒の皆さんはいますぐ自分の教室に戻ってください、先生方のみなさんはまず教室で自分のクラスの状況を把握し指示をお待ちください、繰り返します、生徒の皆さんは今すぐ自分の教室に戻ってください、先生方は教室で状況を把握し待機してください]


教頭の声だ。銃声が近くで聞こえてからまだそこまで時間は経ってない。おそらく、異常を察した教頭が大急ぎで放送室に駆け込んだんだろう。


 続けざまにもう1度近くで銃声が鳴る。これは、校舎の中じゃない。どこだ?おそらく、外だ。ここからなら見える筈だが…どこだ?


 違う…今はそんな周りを見回してる暇は無い。早く、教室に行って生徒を確保しないと。


 階段を転がりそうになりながら降りていく。校舎の中はやはり騒然としている。目の前を生徒と思わしき人影が走っていく。喧騒がすさまじい。そこら中から話し声が響いてくる。


 こんな学校の近くで事が起こったのは初めてだ。ショットガン野郎か?


 廊下を全速力で走り、急いで教室に入る。


 やっぱり思ってた通り、教室の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。


 「みんな、座って!取り敢えず落ち着いて!」


 窓から外の発砲音の正体をケータイで動画を取りながら、必死にそして楽しそうに探し回る生徒たち。何人か机に突っ伏したり、床に縮こまったりして泣く女生徒とそれをなぐさめる友達。机の下に隠れる男子生徒。


 「座れ!座れ!」


 これが正解か?もし、外に発砲犯がいたら、そしてこちらを狙ってるとしたら座ってたら窓から狙い撃ちだ。


 耳にすさまじい音が響く。火薬が爆発するのがくぐもった音。発砲音だ。しかも、さっきより近い。


 教室に鳴り響く、悲鳴。


 反射的にそちらを見るが、ひとりの女生徒が床に耳を塞いだ状態で臥せっている。


 「出席番号!呼ぶから応えろ、窓から離れて壁際に全員寄れ!」


 窓際に集まってる群衆に向かって歩きながら言う。


 駄目だ、落ち着かせてるような暇は無い。一刻も早く窓から離さないと外から撃たれたら一貫の終わりだ。


 「早く!」


 窓から離れようとしないバスケットボール部の田中の肩をぐっと掴み、引きはがす。


 「壁際へ!」


 …1~30番まで順々に呼んでいく。……………17番佐々木…………28番高橋

がいない。あのクソカップルがぁ……。


 「よし!取り敢えず、壁際から離れるなよ!」


 この場から離れられないな…だが、あのカップルを探しに行かないともしものことがあったら…。


 っち…どうする。


 学校用ケータイに電話がかかって来る。


 「はいもしもし」


 「いま、状況確認して行ってます、上岡先生2年3組はどうですか?」


 教頭が矢継ぎ早に聞いてくる。


 「窓際から離れて壁際に行かせてます、17番佐々木と28番高橋のみ教室にいません」


 「万が一のことがあったらいけない、取り敢えず生徒たちは信じてその二人を探しに行きなさい、直ぐに私がそこに行きます」


 教頭はクラスを持ってない。


 「分かりました」


 着信を切る。


 「よし!そのままにしとけ!佐々木と高橋探してくる!教頭がそのうち来るからあわてるなよ!」


 廊下に飛び出し、一気に階段を駆け下りていく。この学校でカップルが行きそうな場所は、ていうか俺がもしカップルだったらわざわざ昼休みに二人だけで…そして放送がなろうがお構いなしでいたい場所っていうと体育館倉庫だ。


 人と付き合った事ねぇからわからんけどな。


 体育館の扉を開ける。


 …


 シンとして暗い体育館。異常事態だから人なんていない。はず。


 倉庫の扉に手を懸ける。…鍵が開いている。


 暗い中人の息遣いが聞こえる。男女の息遣いだ。


 「佐々木?高橋?」


 大声で呼びかける。倉庫の扉横の電気のスイッチを押す。


 顔が真っ赤になった制服の男が倒れている。血だまりができてる

。そのすぐ横で、女子学生の上にズボンを脱ごうとしている灰色のジャージを着た男がこちらに銃を…。


 すさまじい音が耳元で響く前に、体が横に倒れる。頭の上らへんで空気が切れる音がした気がする。


 思いっきり床に倒れる。


 なんだ?どういうことだ?なんなんだ?何が起こったんだ?高橋が頭を撃たれた?あいつが撃った?俺が撃たれた?どういうことだ?何が?


 「っざけんな!!!じゃますんなやぁ!!!!」


 男が学校に入り込んで、男子生徒を殺して女子生徒を襲おうとしてる?そして、その途中で俺が入って来たから殺そうと??????????


 天津症候群による異常行動か…まずい。いや、どうする?佐々木が襲われるのを無視して今すぐ逃げて報告を優先するか?仮に、佐々木を助けようとしても相手は散弾銃を持ってる。分が悪すぎる。俺一人でなんとかできるものじゃない。


 なんとか横に転がって壁の後ろに隠れる。くそ…思い出す…。よりによって散弾銃を持った奴が来るか。


 ……事がすめば佐々木は殺されるだろう。また、俺の前で散弾銃で人が殺された。そして、また殺される。ここでまた見逃せば…また……。


 壁に寄りかかって110番を押す。

 

 「なんだよぉお前ぇ!!??????来いよ!!!来い来い!!」


 壁の裏で男がこちらに怒鳴っている間に電話口に、向こうからの声を無視して学校の名前と住所を言う。音を聞いたら何が起こってるのかすぐに分かるだろう。


 内側からすすり泣く声が聞こえる。


 すさまじい音が響く。耳が良く聞こえなくなってきた。


 「てめぇ!おら!抵抗すんなよ!!」


 壁の1つ向こうで肉を叩く音が聞こえる。おそらく、佐々木が顔を平手でたたかれた音だろう。


 「せんせぇ!」


 悲鳴にも似た声が聞こえる。


 「さっさと脱げっていってんだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 ……


 倉庫の入口から中に思いっきり走りいって、そのまま男の背中に突進する。


 助かった。不幸中の幸いだ。男が佐々木に関心を抱いているタイミングだったお陰で撃たれずに近づけた。


 少しよろけた男の右手に掴まれた散弾銃をつかむ。


 ちんこ丸出しの男に負けるか…。


 「離せよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


 すさまじい力で散弾銃を引き戻そうとしてくる。まずい、負けそうだ。だが、ここで俺が負ければ終わり。俺も死ぬ。


 体勢が斜めになっていく。


 丸出しに負けるか…。丸出し…。


 「くらえやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 思いっきり目の前の男の良く見えない股間を蹴りあげる。


 「あぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!」


 よし!散弾銃を離した!うっ!


 今度は気を許したタイミングで思いっきり下から腹に向かって体当たりを食らう。


 ぱちゃんという音。一瞬で体にまとわりつく不快なシャツ。血だまりに吹っ飛ばされたのか!?


 少し離れた所におびえた様子でこちらを見る佐々木が見えた。


 「行け!!他の先生たちにこのことを!」


 しまった、こっちも散弾銃を離した!…!!高橋…。散弾銃!


 「ああああああああああああああああああああああああああああ」


 男が慟哭する。


 急いで立ち上がる。散弾銃に向かって走り寄る。


 もう少しで手がとど…


 頭が一瞬白くなり、視界に火花が散る。


 背中に強い衝撃がぶつかり、肺から空気が全部抜ける。


 「死ね!死ね!死ね!死ね!」


 連続して、体に熱い電気信号が流れる。腹を蹴られてるのか?思考がはっきりしない!


 …死ぬ?


 「死ね死ね死ね死ね!」


 蹴られるたびに口から何か音が漏れる。苦しい。苦しい。苦しい。


 「死ね!」


 見える…男が銃口をこちらの顔に向けている。


 佐々木はちゃんと逃げただろうか。ここで死ぬのか。それだけ分かれば…今…。


 金属音。


 「あ!?」


 男の目が銃に向けられる。男が銃を見てガチャガチャしている間に頑張って立ち上がり、腹に向かって突っ込む。


 佐々木はいない…既に逃げたか。


 なんとか、男に対してマウントポジションを取れた。


 「あああああああああああああ!!!!!!!!!!どけよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 上あごが急に熱くなる。違う…殴られた!右頬を思いっきり殴られたんだ。


 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 左からまた!


 つい、上からどかされる。


 目の前に黒い影が飛んでくる。


 「大丈夫ですか!?上岡先生…!うっ…!!」


 体育の浦田先生の声。目の前では男の上に俺の代わりに誰かがマウントをとって殴っている。…体育教師らしいジャージを着てる。


 …深呼吸をする。


 鼻にむせかえるほどの鉄の匂いが入って来る。


 


 


 




 


 

 


 


 


 

 

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