少女のささやかな幸運を

「それでは、今回はブロック・ビルドを用います」

「は、はい……!」

「あの、本当にそんな緊張しないで……?」


 私の目の前には、私より一回りは年下の伯爵令嬢。

 ゆるっとしてふわっとした、砂糖細工みたいな女の子だ。

 そのくせムウマ家御用達の焼き菓子でも解れないとなると、なかなかの緊張ぶりのご様子。

 まあ、こういう子のお相手も、ここのところで慣れてはきたのだけれど。


 三か月程前の、シノン様へのおもてなしと、それを機にした占いサロンの活動。

 結果としては、これが大当たりだった。


『今日はありがとう、メオ様。珍しくビスク様が熱心に勧めてくれたのも頷けるわ。口コミの件は任せておいて』


 まさに女傑といった風情のシノン様のお相手は大いに神経を摩耗したが、同時にとてもお話が上手で、面白い方だった。そりゃ交流関係も幅広いわけだ。

 それ以降、ちらほらとお便りが届いたり、ビスク様の腰巾着みたいに着いていったお茶会で占いの予約を受けることもあったりして、私の交友関係も徐々に徐々に増えていった。


 今日のお客様は、以前に占って差し上げたご婦人の、その時ご一緒に来られたご友人の娘様。

 来週、初めて自分の家でお茶会を主催するらしく、緊張しっぱなしのところを親が見かねて、私の所に相談に来てくれたという運びだ。 


 まあ、社交界デビューの前哨戦みたいな感じなんだろうしなぁ。生まれながらの伯爵令嬢は大変だなぁ。

 などと罰当たりなことを思いながら、三枚、二枚、一枚と、積み木ビルディング・ブロックのようにカードを並べていく。

 めくってみたら、あらビックリ。7枚中6枚がアニマルカード。引き、強っ。

 しかも、あらあら。最終予想が『ドラゴン』の逆位置とは。


「じゃあ、順番に見ていきますね。まずは左下。今のユノ様の状態。ちょっと逆向きで分かりにくいけど、ウサギの頭の上で『サソリ』が月を見上げているでしょう?」

「はい」

「月明りっていうのは朧気で、夜の間は色んなものが良く見えない。ユノ様も、お茶会の主催なんてどんなものだかよく分からなくて不安だったよね。けど、これが逆位置で出てるってことは、その不安やよく分からないあやふやなものが、ちょっとずつクリアになってきてる。今はそういうタイミングなんだと思う」

「な、なるほど。そうかもしれないです」


「その右隣は『ニワトリ』のカード。ユノ様、ホントに引きが強い。これは『サソリ』と対象になっているカードでね。後ろにお日様が昇っているでしょう。これはユノ様の深層意識なんだけど、すごくエネルギーが強いの。今まで準備してきたこと、頑張ってきたことの成果を、精一杯発揮しようとしている」

「それって、それって、いいカードってことですか?」

「うん。そうだね。すごい強運。ちょうど真ん中にこのカードが来てるからね。私もあんまり見たことがない形かな」

「うわぁ。すごいです」


「じゃあ、下の段の最後。これはユノ様の周りの人たちの状況」

「あの、メオ様。ウサギさんが見つめているこの木の枝の塊はなんですか?」

「これは『ミノムシ』。この虫はね、生まれてからかなり長い時間を、この吊るされた蓑の中で生きるの。このカードの暗示は、試練や修行。でも、このカードも逆位置で出ちゃってるのね」

「試練や修行の、逆……?」

「ううん。というよりは、今の頑張りが空回りしちゃってる印象かな。多分、ユノ様の晴れ舞台に向けてきっと色んな人が頑張ってくれてるんだと思う。けど、深刻になりすぎたり、気負いすぎたりすると、かえって良くないこともあるんだ。だから、ユノ様は真ん中のカードみたいに、真っ直ぐ、明るい気持ちで臨むほうがいいのかも」

「なるほど! 確かに、みんなに心配かけちゃってるかもしれないですね」


「じゃあ、具体的なアドバイス。これは真ん中の二枚で見て行こう」

「はい。お願いします……!」

「『4本のチューリップ』と、『白蛇』。どっちも逆位置だね。ううん。そうだなあ、一言で言うと、今日で一回気持ちを切り替えていこう、って感じかな」

「気持ちの切り替え、ですか?」

「うん。多分、今日ここに来るまで、色んなことを考えて、あれこれ悩んできたんだよね。それを、思い切って一回リセット。切り替えていこう」

「え? ええ?」

「だって、見て? 真ん中の太陽。ユノ様の心は、もっとのびのびしたがってる。行き詰ってる気持ちとか、自分が頑張らなくちゃ、とか、もやもやしたままお茶会を迎えても、きっと楽しくなくなっちゃう。だから、今日、ここで、心機一転しちゃおう。まずは自分が楽しむことを考えて、ある程度は当日のハプニングも楽しんじゃおう」

「当日のハプニング、ですか?」


「そう。ユノ様は、良くも悪くも本当に引きが強い。一番上のカードは、ずばり『ドラゴン』。予期せぬアクシデントとか、衝撃的な急展開、みたいな意味のカードね」

「ええ? それって良くないカードってことですよね?」

「このカード単体で見ればそうだね。けど、今のユノ様には間違いなく良い流れが来てる。だから、このカードを、頑張って良い意味に変えていこう」

「そんなこと、できるんですか?」

「もちろん。最初に言ったでしょう? カードに出来るのは、未来の予言じゃなくて、選択肢と可能性の提示。そりゃ、初めての主催のお茶会だもの。むしろハプニングが起きて当たり前だと思わなきゃ」

「うう。やっぱりそうでしょうか」


「そうだよ? 私なんて、初めてお呼ばれしたお茶会で盛大にやらかしちゃってね。でも、今は全部笑い話。大丈夫。最初に引いた、お日様のカードを信じてみよう。ユノ様がのびのび明るく振舞えば、きっと素敵なお茶会になる。それに、この『ドラゴン』のカードには、新しい世界、みたいな意味もあるの。ひょっとしたら、当日を迎えるまでに大変なこともあるかもしれない。けど、それをやり終えることができたら、ユノ様自身にとっても新しい世界が待ってるかもしれない」

「新しい、世界」


 不安だけでは、きっと上手くいかないだろう。

 もちろん、楽観視だけが正答でもない。

 悩んで、迷って、それでも自分の手でやり遂げた仕事は、必ず自分の財産になる。

 

 その後は、もうカード関係なく慰めと励ましの言葉を大盤振る舞いして、彼女の話を聞いてあげた。


「ありがとうございます、メオ様。なんかよく分からないけど、頑張れる気がしてきました。明るく元気にですね!」

 

 精一杯のリップサービスで送り出した少女のささやかな幸運を願って、その日の占いサロンは終了した。

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