伯爵夫人の占いサロン
そして、翌日。
恒例の朝餉の場で、今日のスケジュールの詳細を確認しようとした私に、ビスク様がこんなことを仰った。
「今日の準備の前に、メオさんにちょっと見てもらいたいものがあるのよ」
「はい?」
ふと嫌な予感がしてちらりとフィオ様の方を窺えば、言いたいことがあるようなないような、なんとも微妙な表情をしていた。
不安に駆られたまま、ニコニコとしたビスク様とムッツリとしたフィオ様に連れられたのは、お屋敷の敷地内にある、こじんまりとした離れだ。
私が嫁いできた最初の頃に説明されたところによると、フィオ様の大叔父様にあたる方が昔使っていた場所で、当時は絵画のアトリエであったのだが、使う人のいなくなった今は、ほとんどただの倉庫となっていたのだとか。
「あれ?」
近づいて見てみれば、外観が既に綺麗になっている。
今までも、別に廃屋にしていたわけではないので、それなりに清掃はされていたのだが、今朝は見た目にも分かるほど壁面や周りの地面がピカピカにされている。
そして、中に入ってみれば――。
「わ」
思わず、声が漏れてしまった。
採光窓から入る柔らかな陽光。
内装は淡く落ち着いた色合いで、部屋全体が明るい。
すっきりと片付けられ、それでいて殺風景にならないよう整えられた、白やクリーム色を基調とした調度品と、気持ち多めに活けられた花の香り。
人を入れても、七、八人くらいならリラックスできそうな、素敵な部屋だった。
これ、まさか昨日私が家を空けた間にやったのだろうか。
どうなってるんだ、ムウマ家の使用人。
「ちょっと前から考えていたのだけどね」
と、ビスク様が少しだけ私の顔色を窺うように切り出した。
「今までは、メオさんのお部屋をそのまま使って占いをしてもらっていたでしょう? でも、それじゃあメオさんも落ち着かないでしょうし、何人かが一緒に話を聞くには手狭だったのよね。だから、この離れを使って、試してみようと思ったのよ」
「試す? ええっと、何をでしょうか?」
ビスク様の口元に、艶やかな微笑が。
「メオさんの、占いサロン」
さ、サロン?
占いで??
理解が追いつかない私に、ビスク様が優しく説明してくれたところによると、話はこうだ。
つまり、この占いを、私の社交界での武器にしようということなのだ。
今回、公爵夫人であるシノン様をお招きするにあたり、既に何人かの貴族令嬢、夫人にはひっそりと噂が広まっているらしいのである。
そこで、もしもシノン様が私の占いによるおもてなしにご満足いただけたなら、それを口コミとして広めてもらい、他のご婦人方もお招きしてはどうか、という計画なのだ。
「あ、もちろん、メオさんとシノン様の了解があればの話なのよ? だから、嫌だったら嫌って、素直に言ってね?」
「……」
嫌だ。
正直、嫌だ。
そんな大きな話になるなんて聞いていない。
私の根暗な本能が反射で拒否反応を起こしそうになる。
だけど、これが決して悪い話ではないことも理解できる。
今まで社交界なんて雲の下から見上げることすらしていなかった私が、伯爵夫人としてご婦人方と横の繋がりを持つには、これはかなり効果的な方策だ。初対面の人との会話は苦手な私だけど、カードを使って一対一で話すのはむしろ得意なほうなのだ。ただ、問題は……。
「えっと、フィオ様は、その、宜しいんですか?」
こんな、自邸の敷地内に堂々と占いの館みたいな場所を作ってしまって。
問いかけたフィオ様の顔は、案の定先ほどから渋い表情を隠しきれていない。
「良くはない。忸怩たる思いだ。だが、君が社交界に関わるためには、これが最も効果的で、無理のない方法だとは私も思う。君の占いは私には理解できないが、どうやらご婦人たちには魅力的に見えるらしい。君がこの場所で詐欺や瞞着を行わないというのであれば、私は目を瞑ろう」
ビスク様が、私の手をそっと握った。
「メオさん。あなたの占いは、とっても素敵だわ。思いやりに満ちていて、優しいの。きっと色んな人に気に入ってもらえると思う。もちろん、人が増えれば、上手くいかないことも出てくるかもしれないわ。けど、私もなるべくサポートできるようにするし、協力してくれる人もいると思う。だから、ちょっとだけ、頑張ってみてもらえないかしら」
「…………ええっと」
否も応もない。ここまでされたら、断ることなんてできない。
…………と、今までの私なら、そんな風に流されて引き受けただろう。
けど、ここ数日で、ここに嫁ぐ前までと比べて、遥かに多くの人に占いをやってみて。
私はやっぱり、この占いが好きなんだと気づいた。
それを誉められることが、確かに嬉しいと感じた。
期待に応えたいとか、これが私の義務だとか、そういうことではなく。
「はい。私、やってみます」
頑張ろう。
流されずに、自分の意思で。
自分のために。
外で風が吹く。
庭木の枝葉が揺れ、陽光が散らばる。
明るい部屋。
綺麗な香り。
多分、占い部屋というイメージにしては明るすぎる。
けど、これでいいのだ。
神秘的じゃなくていい。
ミステリアスでなくていい。
ここが私の、いや――。
伯爵夫人の、占いサロンだ。
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