偶然によって揺れた心

「まずは一番下のカード。これはオーロさんの現状、問題に対する姿勢・態度を見ています」


 明るい空。緑の濃い芝原。

 座り込むウサギの足元には8本のチューリップ。そして、さらにもう1本を手に持ち、満足気な表情で口づけている。

『9本のチューリップ』は、成就する願望・成功者の誇り・幸運を暗示するカードだ。


「オーロさんは、この結婚話があってもなくても、今のご自分の生活にある程度は満足しているご様子がありますね」


 それは、一緒に私のドレス選びをしている時に見て取れたことだ。なにせ、大事な取引相手であるだろうムウマ家の商談に、キオさんが同行を許しているのだから。

 実際、彼女のセンスや、服飾についての知識には、決して付け焼刃ではない厚みがあった。

 商家の娘として、自分でも商売をすることに楽しみを見出しているのだろうと思われた。


「ええ、はい。そうですね。ですので、結婚はまだまだ先のことと思っておりました」

「大事な選択をするときに、今の自分の状況、心情を改めて見直すというのは大切なことです。そして、それを行ったとき、今の自分に幸福感を覚えているというのは、悪いことではありません」

「はい」

「そしてその上で、今回は二者択一の問題。これは、それぞれの選択に対し、それを選ぶことでオーロさんの内面がどのように変化しうるかを見ています。まずは左上。幼馴染の彼との結婚」


 雪原に佇むウサギ。両手に1本ずつキャロットを持ち、雪舞う空を見上げている。

『2本のキャロット』の逆位置。葛藤と緊張。問題に対する行動の停止。それが逆位置で出ていることは、あまり良い暗示ではない。


「こちらの選択肢では、選択を終えた後のはずなのに、まだ選択に対する葛藤を抱えているようなイメージがあります」

「なるほど」

「それ自体は悪いことだとは思いません。結婚なんて悩みごとの連続ですから。ただ、2という数は、二項対立や比較すべき二者のバランスを意味します。それが逆位置で出ているということは、この葛藤にはややアンバランスな部分があるということ。なにか公平性を欠くような悩みを抱えてしまっているようですね」

「ああ。ううん……。そうですか、悩み……」


 すみません。曖昧な言い方しかできなくて。


「とにかく、その葛藤の内容がどうあれ、カードとしてはこちらの選択が悪いものだとは限りません。悩むことは多くなりそうですが、これはあくまで近未来の予想です。その悩みが先々の良い結果を生むことも考えられます」

「ええっと、では、もう一つのカードは……」


 ええ。気になりますよねえ。ただ、こちらはものすごく分かりやすく良いカードなんですよねえ。


 土の精が立てた木の枝を握りしめ、ウサギは遥か遠方の空を望み見ている。

 空は柔らかな桃色。曙の光。

土精ノームとスティック』は、朗報・将来への期待・夢への一歩を暗示するカードだ。

 何か新しいことを始めようというときにこのカードが引ければ、文句なしと言ってあげられるところ。


「夢への一歩、ですか」

「ええ。多分、その侯爵家の方の事業を手伝うというのは、オーロさんにとってやりがいのあるものなのかもしれないですね」

「そうですね。それは確かに、そうだと思います。今までの仕事の知識も活かせそうですし……」


 正直、二つのカードのバランスが悪すぎる。

 こういう時に大事なのは、カードの印象に引っ張られて選択肢を決めつけ過ぎないこと。カードの暗示は良いも悪いも表裏一体だ。

 ただ、オーロさんの反応を見る限り……。

 ううむ。

 これは、を信じてぶっこんでみてもいいかもしれない。


「オーロさん。もし違っていれば遠慮なく仰って頂きたいのですが……」

「ええっと、はい」

「お気持ちとしては、もう固まっていらっしゃるのではないでしょうか」

「……分かりますか?」


 いや、分からない。

 分からない、が、勘ぐることはできる。

 オーロさんは非常に活動的な人だ。勉強家であり、進歩的な考え方の人でもある。

 幼馴染の彼との結婚は、彼女にとって(言い方は悪いが)無難な選択肢なのだろう。

 翻って、一代で財を立て直した事業家の貴族に嫁ぎ、その仕事に携わること。オーロさんは貴族籍を得ることよりも、この部分に魅力を感じているように思える。


 ただ、今まで自分を想い続けてくれた幼馴染の彼を切り捨てることに躊躇いを覚えているのも確かなのだろう。それこそ、二人を知る人によっては糾弾されかねない選択だ。

 それでも彼との婚姻にポジティブな理由があればいいのだろうが、改めて求婚を受けた上で、オーロさんの中での彼への想いに変化は生じなかったのだ。


 私のカードに人の心のうちを言い当てる力なんてものはない。『2本のキャロット』と『土精とスティック』が出たことはただの偶然だ。

 ただし、その偶然によって揺れた心を観察することはできる。

 私の勘が大外れであれば赤っ恥であるが、私には、彼女の態度が『ああ、やっぱりそうなのか』と言っているように見えた。


「オーロさん。これはとても微妙な問題です。私にはカードの暗示を解説することはできますが、オーロさんの未来を言い当てることはできません。そして、この問題に関して誰より真剣に考えているのは、他ならぬオーロさんだと思います。きっと、色々なことを考え、覚悟を決めて選択をすることになると思います」

「……はい。そうですね」


「ただ、遠慮や後ろめたさ、過去の自分に比重を置いて決めるよりは、今の自分、未来の自分のことを考え、決めるほうが、きっと素敵な選択なんじゃないでしょうか」

「素敵な、選択……」


 先のことなんて、誰にも分からない。カードにも分からない。

 だから、結局は自分で決めるしかないのだ。

 周りの人間にできるのは、それを認めて、応援してあげることだけ。


「オーロさん。色々言ってしまいましたが、どちらの選択を取っても、きっとあれこれ言ってくる人は出てくると思います。ただ、きっとキアさんはオーロさんの選択を尊重してくれると思いますよ。もちろん、私も応援します」

「はい。ありがとうございます」

「その上でなんですが……」

「はい?」


 私はわざと、冗談めかした笑顔を作った。


「いいじゃないですか、玉の輿。最高ですよ」

「あはっ。説得力が違いますね」


 最後はクスクスと笑い合って、今回の占いは終了した。



 ちなみに、購入したドレスはホワイトリリーとアップルグリーンのグラデーションで、当節流行りのシンプルデザイン。

 うっとりするほど綺麗なそれを、びっくりするほどお値引きしてもらえた。

 むふふん。

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