読み物としてはまあまあ王道な

 我が国の領土の東方外側には、周辺国より不可侵と定められた広大な森林地帯がある。

 曰く、“魔の森”。

 その深部には非常に強力な魔物が生息しており、立ち入ったものはみな帰って来れないのだとか。実際、我が国でも数年前に、かの森と接する東部の領地で大規模な災害が発生している。人同士の戦争がなくなった今、魔の森とは備えるべき天災の一つだ。


 ただ、その森を僅かばかりに拓いて生活している人たちもおり、その人たちが作るコミュニティを“森の国”などと呼称する場合もあるのだが、そんな森の国に、魔女と呼ばれる女性がいる。

 あまり人前に姿は現さないが、古今東西の様々な知識に精通し、時折人と関わってはその知識によって人を助けたり、助けなかったり、惑わせたりするという、とにかくよくわからない人物だ。 


 一体いつからその呼称が使われたのかは定かでないが、少なくとも我が国開闢の時代の風土記には既にその通り名の記述が見られる。当然数度に渡り代替わりをしているのだろうが、詳細はやはり定かでない。


 私の持つこの占いカードは、私の祖母が幼い頃、魔女に譲られたものなのだという。


 一体どういった経緯で祖母がそれを手にしたのか、それ以前にはどういった由来のあるものなのか、そこまでは私に伝わっていないが、とにかく、祖母から母へ、母から私へ、このカードデッキとそれを用いた占いの手法は伝えられ、今に至っている。


「なるほど、森の国の魔女、ですか。確か、今は代替わりしたばかりでかなり若い女性だと聞きましたが」

「へえ。そうなんですね」


 さらっとそんな知識が出てくるキア女史。流石は大商人、他国の情報にも通じている。

 ただ、私としてはそんなに興味はなかったりする。というか、できれば関わりたくない。

 なんでって、もし今の魔女にこの私の趣味が見つかって、「いや、それそういう使い方じゃないんじゃけど」なんて言われた日には恥ずかしくて死ねる。

 だって、祖母と母が伝えた代物なのだ。伝承の間になにかが間違ったり捻れちゃったりしていても不思議じゃない。


 とにかく、私の占いについてはともかく、その由来についてはあまり口外しないでもらいたいと、今更ながらに念を押して、私はそそくさとカードをシャッフルした。


「ええっと、お悩みというのは、先ほどお伺いした件についてでいいでしょうか、オーロさん」

「はい。それでお願いします」




 それは大体こんな話だ。

 登場人物は三人。

 目の前のオーロさんと、彼女の幼馴染で工業ギルドに所属する職人の青年。そして、彼女を見初めプロポーズしてきた侯爵家の長男だ。


 オーロさんはずっと、将来は幼馴染の青年と結婚することになるのかな、と漠然と考えていたのだという。ただ、彼に関しては長く一緒にいた時間が多すぎて、あまり恋愛感情という雰囲気でもなかったのだとか。

 そうは言っても青年の方はオーロさんにずっとお熱だったんですよ、とは母親であるキアさんの言。


 そこへ現れたのが件の侯爵家の長男だ。

 一応名前は伏せておくが、かの侯爵家は一代前まで没落寸前であったのだという。彼の祖父――先代当主の時流と現状にそぐわない貴族生活が原因だったそうで、要は嫁にもらった貴族令嬢のワガママでカワイイおねだりに身を持ち崩したということのようだった。


 方々借金塗れのまま後を継がされた現当主が、このままではお取り潰しもあり得るかといったところで奮起し、二十年かけてどうにかこうにか借金を完済したそうだ。

 むしろそこから五年かけて事業を軌道に乗せ、今ではごく一般的な侯爵家程度の資産は蓄えたらしい。

 父親と一緒になってその事業を手伝い、家を持ち直させた長男は、自分が家督を継ぐからには祖父のような過ちは繰り返すまいと、金銭感覚のしっかりした女性を望んだ。


 そこで目を着けられたのが、国でも有数の大商家、シリー家のご息女であったという話なのである。



「私、ずっと結婚は幼馴染の彼とするものと思っていたんです。それも、もっと先の話だと。ただ、侯爵家に嫁ぐことは、私にとって大きなメリットがあるんです。昔はともかく今はしっかりした貴族家ですし、それどころか、私に家業を手伝ってもらいたい、なんて言ってくださって……」


 そしてそして、そんな話を耳にした(正に寝耳に水だったことだろう)幼馴染氏が、こうしちゃおれんと自分もオーロさんに求婚したのだ。


 なるほど。

 どうだろう。

 これは人によって意見が分かれるところなのではないだろうか。

 玉の輿ラッキー! で侯爵家に嫁ぐか。

 昔から一途に自分を想い続けてくれている幼馴染の彼と一緒になるか。


 実際、知り合いの何人かからはてんでばらばらの意見を頂戴しているのだという。

 確かに、一途な幼馴染の彼が、ぽっと出のライバルに焦って本気でアプローチしてきて、いつも家族同然に付き合っていた彼の見せた別の一面に改めてときめいて……なんて、読み物としてはまあまあ王道な展開だものなぁ。

 ……私なら玉の輿一択だけど。


 ここで分かりやすく幼馴染氏には日頃からこういう不満があって、とか、実際会ってみたら侯爵家長男がこんな感じのイヤな奴で、とかの判断材料があれば別なのだが、今のところどちらの求婚者にも目立った瑕疵はない、とはこれまたキオさんの言。

 まさに二者択一。

 オーロさんは今、人生の岐路に立っているのだ。


 いや、それ、私の占いなんかに意見聞いちゃって大丈夫?

 そう思わずにはいられなかったので、念には念を押して、私の占いに未来を見通す力がないことは徹底して承知おきしてもらった。

 その上で――。


「では、今回はシンプルにスリーカードを用います」


 恐らく今回、ここ数日の間で一番気を使う占いになる……!

 落ち着いて。

 気持ちはニュートラル。

 いつも通りに、カードをめくる。


 いざ。

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