流石の私もアガッてくる
その日以降、ムウマ家に仕える使用人の女性から、「あ、あのう。奥様、もし宜しければなんですが……」と遠慮がちに声をかけられることが続いた。
なんでも、初めてビスク様の衣装選びを占いで手伝ったときから、それを間近で見ていた人たちが、自分も占ってもらいたいと密かに機会を狙っていたのだという。
しかし、一応は伯爵夫人である私に使用人の立場でそのようなことを頼んでいいのかという遠慮(一割)と、自分たちの主人であるフィオ様が占いを快く思っていないことへの配慮(九割)から、なかなか言い出せずにいたのだとか。
しかし、立場上は同じく使用人であるキディ先生が占いをしてもらったという実績に後押しをされ、勇気を出して手を挙げた最初の人から評判が伝わり、それなら自分も、と続く人たちが出てきたのだ。
「こらこら、あなたたち。メオさんが困ってしまうわ。ちゃんと順番と時間を決めましょうね」
そこへきて、ビスク様がそんなことを言い出したものだから、今や私の私室は予約制の占い部屋のようになってしまっている。
まあ、今までよりは使用人の人たちとも距離が近くなったし、私もムウマ家に馴染んできた証と思えば、苦では………ないとは言えないが(私の愛する一人きりの時間は確実に減った)、その程度のことは我慢できよう。
そんなある日のことだった。
「ドレスを新調しましょう」
朝餉の場で、ビスク様がそんなことを仰ったのである。
「それは構いませんが、母様。しかし、先月にも新調されたばかりでは?」
「近々、またどこかでパーティのご予定があるのですか?」
最近はこうして、二人の会話にも混ざれるようになってきたのだ。成長したぞ、私。
しかし、新しいドレスか。この前二択に絞って、結局没になった方のデザインが惜しくなったのだろうか。確かに、私も正直見てみたかったしなぁ。
「あら。やあね、私のじゃないわ。メオさんのドレスよ」
「へ?」
「あと10日でシノン様がお見えになる日でしょう? メオさんがお持ちになったドレスももちろん素敵だけど、流石にお披露目に使ったものを着回すわけにはいかないわ」
「え。いや、そんな。私――」
私なんて、と言いかけたところで、これが私個人の問題ではないことに気づく。そうだ、私はもうミレオ男爵令嬢ではないのだ。
ムウマ家の恥と思われないように、精々見かけだけでも着飾らなければ。
「なるほど。ドレスのことは私には分かりませんので、母様に任せます。予算を見積もっておきますので、できればその範囲に収めてください」
「ええ。任せて頂戴」
「メオ。予算には余裕を持たせておくから、遠慮せずに欲しいものを選んでくれ」
「ひゃい」
その後、見積もられた予算を見て「ぴょ」と喉の奥から変な音が漏れそうになったのを、私は必死に抑えつけた。
落ち着け。これは『私』にかけるお金じゃない。『ムウマ伯爵夫人』にかけるお金だ。
でも、あの、ちょっとドレス代を抑えて、余った分をお小遣いにしても……。
駄目?
「はじめまして、メオ様。キア=シリーと申します。こちらは、娘のオーロ」
「はじめまして。本日は宜しくお願いします」
翌日、早速馴染みの商家を我が家に招き、採寸とドレス選びが始まった。
シリー家は女主人であるキアさんが渉外を取り仕切っていて、旦那さんは内務がメインのお仕事なんだとか。今日はお手伝いとして、一人娘のオーロさんも来てくれていた。二人とも実にしゃきしゃきとして頭も良さそうで、いかにも出来る女商人といった風情だ。
採寸はテキパキと済まされ、いざドレス選びとなった段で、その豊富な品揃えに改めて驚く。
流石は我が国でも評判の商家。品質もセンスも最高峰だ。よく分からないけど。
私の髪色は明るめのオリーブグレージュなので、正直ベージュ系ならなんでもそれなりに似合うのだけど、折角だからもっと色味のあるほうがいいという話から、どんどん選択肢が増えていって大変なことになった。
正直最初は面倒だとしか思えなかったけど、ここまであれこれと綺麗なドレスを試させてもらうと流石の私もアガってくる。
ガールズトークにも花が咲き、私の嘘みたいな婚姻譚の詳細と引き換えに、キアさんと旦那さんとの馴れ初めやらオーロさんの恋バナまで色々と聞かせてもらうことになった。
「私、結婚はまだまだ先のことだと思っていたんです。やっぱりこうやって商売をするのも楽しいですし」
「そうですねえ。私なんてまだまだ先どころか、自分にはもうそういう話はないものと思ってました」
「まるで物語のようですわ」
「あ、あは、は……」
そうなると当然、私の趣味が占いで、などというところにも話が及び、キアさんもオーロさんも大変に興味を引かれたようで、そんな隙をビスク様が見逃すはずがない。
「よかったら、オーロさんのお悩み相談もして差し上げたらどうかしら。その代わり――」
などという話から、選んだドレスの値引き交渉までしっかり持っていき、私は否も応もなく商家の娘さんにまで占いをして差し上げることになったのだった。
ちょうどお互い時間も空いているから、と、その日のうちに私の私室へシリー母娘をお招きする。
期待と遠慮と物珍しさが入り混じった複雑な顔をしていた二人は、どうやら私のカード自体にも興味を持ったようだった。
「奥様。これはどういった由来のカードなのですか?」
しげしげとウサギのイラストが描かれたカードを眺めるキアさんとオーロさんに、私は躊躇いがちに答えた。
「これ、実は魔女の占いカードなんです」
「魔女!?」
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