そういうとこだぞ
縮みあがった私に、すたすたと、完璧な姿勢と歩行でフィオ様が近づいてきた。
地味で女子力の欠片もない私の部屋に眩い光が差す。
「あ、あの。あの。ええっと、なにか御用でしたでしょうか、フィオ様?」
「ああ。リリル公爵夫人の件でな」
「す、すみませんでした!」
「ん?」
なにか言われる前に取りあえず頭を下げる!
それが私の生き方だ。
「その。まさか、私のカードなんかでシノン様を占って差し上げることになるなんて、思いもよらず……。大変畏れ多いことだと重々承知はしているのですが」
「いや。その件については君に非はない。母様が勝手に約束を取り付けてしまったのだからな」
ええ、まあ。そうなんですけど。
そして、フィオ様ならそう言って頂けるというある程度の予想はあったわけなんですけど。
この人はとにかく潔癖なのだ。どんな状況、どんな相手にでも公正さを求め、私情で他人を弾劾するということはない。
「ただ、決まってしまった以上は君にリリル公爵夫人のお相手を務めてもらうしかない。だが、私は君の占いというものがどんなものなのかも知らなかったのでな。先ほどのキディ先生とのやり取りを見させてもらった」
「はあ。それは、なんというか、つまらないものをお見せしてしまって……」
「いや、見事なものだった」
「え?」
「見事な詐術だった」
お、おうふ。
鋭い眼光が私を突き刺してくる。
渋みのあるお声が冷え冷えと部屋に響く。
「君は初め、四枚のカードの内、三方を囲むカードを、上、右下、左下の順にめくった。そしてそのカードの図柄を見て少し躊躇い、解説する順番を、左下、上、右下の順に行った。恐らく、本来はめくった順にカードを見て解説をするのだろう。だが、最後にめくったカードがマイナスのイメージだったため、解説する順番を入れ替え、最後にプラスイメージのカードが来るようにしたのだ」
えええ。
それ、見て分かったの?
えぐすぎるだろ、観察眼。
「『蝶』のカードを解説するときも、あえて最初に『死』というショッキングなワードを用いることで相手を混乱させ、その後のイメージを払拭する効果を高めていた。意味合いを解説するだけなら『死』というワードを用いる必要はなかったはずだ」
「ええ、っと、はい。仰る通りで……」
「キディ先生の人柄と置かれた状況に合わせ、どうとでも解釈できそうなカードの意味を問題の解決につながるような方向に誘導し、さもカードがピタリと答えを言い当てたように見せかける」
「はい。誠に、仰る通りで……」
「そして、最後の結論が、『いつも通りにやれば大丈夫』? そんなものは私でも同じことが言える」
「お、仰る通りで……」
仰る通り過ぎて流石に怖い。
そういうの、初めて見て分かるものなの?
「そして感嘆すべきことに、君はそれを最初に説明している。『私のカードに未来を予言する力はない』、『カードの解釈をどう受け止めるかは先生次第だ』、とな。見事な仕組みだ。だがそれは、本当に占いと呼べるのか? いや、私が見たものは、不誠実な商人たちが使う詐術の手法だ」
「あ、あのう、フィオ様」
「なんだ」
「ええっと、これは口答えとか反論とかではなく、単純な質問なのですが」
「聞こう」
「私は浅学にして非才にして魯鈍の身故存じ上げないのですが、本当に未来を予知する占いというものが存在するものなのですか?」
「なんだと?」
いやこれ、本当に知りたいのだ。
魔法なり呪法なりなんなりを使って、未来を予知する技術なんてものが、どこかには存在するものなのだろうか。
「……いや、私は寡聞にして知らない」
「あ、そうなんですね」
「だからこそ、私は占いというものが信用ならんと考えていたのだ。星の運行だの方位だのなんだので人の運命を予知しようとしている。生まれた月日が同じ人間が同じ運命を辿るなどということがあり得るか? なんの変哲もない水晶玉を通じて何故その人間の過去が見える? めくったカードがその人の運命を示すというのなら、同じ人間がもう一度めくれば同じカードが出るのか?」
「あああ……」
今まで、フィオ様が何故占いが嫌いなのかということを正面からお聞きしたことはなかったが、まあ大体こんなところだろうと思ったことそのままの理由を本人の口から聞こうとは。
うん。
はい。
分かりました。
「フィオ様」
「なんだ」
「全て仰る通りです」
「んん??」
本当にそう。それな、という感じだ。まさしく正論であって、反論の余地もない。
ただ、占いというのは、そういうことじゃないのだ。
「ですが、よくお考え下さい。あ、言い訳とかじゃないですよ。反論でもないです。私はフィオ様に全面降伏しています。その上でなんですが、仮に『私のカードは本物なので、同じ人がめくれば何回でも同じ結果になります』なんて言っている占い師がいて、実際に何回めくっても同じカードが出たとしたら、その占い師は本物だと思いますか?」
「…………いや、私は信じないだろうな」
「私も信じません。だって、確率的にあり得ませんから。ええっと、私の場合は78枚カードを使ってますから、一回一致するだけで78分の1、二回なら……」
「6084分の1だ」
「そう。608――え、今計算したんですか?」
いやいやいや。嘘だろ。そんな桁の数字暗算できるもんなの?
ていうか正解かどうかが私に判断できませんけど。
「と、とにかくですね。確率的にあり得ない事象が起きている以上、そこには何かしらのトリックや技術が介在しているはずです。そして、もし本当に人の心を言い当てたり未来を予言する力なんてものが存在しているなら――」
「占いなんかに使っている場合じゃない、か」
そう。そんな能力、もしも存在するなら国家規模のニーズが発生する。他国との戦争にも交渉にも引く手数多だ。
そしてこの武装国家においてフィオ様がご存じないというのであれば、そんなものは本当に存在しないのだろう。
「それに、ですね。同じ状況で同じ試行をして同じ結果が出るかどうか検証する、というのは科学の手法ではないでしょうか。私たちがやっているのは、あくまで『占い』なんですよ」
そこで初めて、フィオ様は戸惑うような素振りを見せた。
端整なご尊顔に陰りが差す。
「そこが分からないのだ。君の言う『占い』とは、一体なんだ?」
「お遊びです」
「なんだと!?」
「ですから、ただのお遊びです。私たちはその時一回限りの偶然をああでもないこうでもないと解釈して、こねくり回して、飾り立てて遊んでいるんですよ。それが占うお相手の心の慰みになれば上々。私にできるのは、精々その程度のことなんです」
ですので、そう目くじらをお立てにならないで。
どうぞお目こぼしを。
いや、なんだったらダメならダメとはっきり言ってください。普通に辞めますから。
「……分からない。全く分からない」
「す、すみません」
「いや。とにかく、君の言っていることが私には理解できないということが分かった。だが、今のところ、それで我が家に実害は出ていないし、君が君なりの倫理観を持っていることもわかった。最初の日に約束した通り、君の自由を殊更に制限するつもりはない。それが君にとって大事なものなら、これ以上は言うまい」
おお。流石は潔癖伯爵。器が大きゅうございます。平伏。
「しかし、一つ気になることがあるのだが」
「な、なんでしょうか」
「メオ。君と私は夫婦だ。私がそうしているように、そろそろ君も私のことをフィオと呼び捨てにしてくれて構わない」
「無理です」
「何故だ!?」
そういうとこだぞ、旦那様よ。
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