噂話を一緒に楽しめるお友達
「ダイエット?」
「ええ。ちょっとリリル公爵様がね」
占いの数日後、やはり朝餉の場で、そうそうこの前の件なのだけどと切り出したビスク様は、我が国の筆頭公爵家のやんごとないご事情を悪戯っぽく微笑んで暴露し始めた。
なんでも、シノン様の旦那様であるビルク=リリル公爵様の愛馬が、最近バテやすくなってきたのだという。
まあ、この馬もまあまあな年齢だし、などと仰ったビルク様に、奥方であるシノン様はご注進申し上げたそうだ。
積載量オーバーですよ、と。
ご夫婦でどのような話し合いがなされたか余人には知るべくもないが(まさか本当に肥満が原因で馬がバテるということはあるまい)、とにかく今リリル家では空前のダイエット習慣が励行されており、家人から使用人一同、一致団結して御当主様の健康維持に精力を尽くしているのだと言う。
まさかそんな中で、シノン様だけムウマ家の超絶技巧絶品極美味スイーツなど食べには行けないだろうし、旦那様の秘事を大っぴらに明かせるはずもない。
「シノン様ったら、ご自分も食べることは昔から大好きだったから、体型維持のためにダイエットにはお詳しいのよ。以前お会いした時、昔の彼女と同じ顔つきをしていたから、もしかして、とは思ってたの。でも、シノン様自身、体型に変化があるようには見えなかったし」
「はあ」
ええっと。
高位貴族特有の複雑怪奇な人間関係は?
高度にして重大にして難解なご婦人たちの情報交換は?
「正直には仰って頂けないご事情があるのかしらと思って、ダイエット用にお砂糖を使わないスイーツを差し上げてみたの。あんまり差し出がましいのもどうかと思ったのだけどね。でも、そうしたら後日こっそり教えてくださったわ。うふふふ」
「あ、あはは」
というか、相手の顔色だけでそこまで察せるの、普通に凄くないか、ビスク様?
占いに頼る必要、なくない?
一方で、やはりフィオ様はその端整なお顔に思いっきり渋面を作っていた。
「母様。でしたらなぜそれをこの場で言うのですか。私も聞いてしまったではないですか」
「あらフィオ。あなたなら内緒にできるでしょ?」
「そういう問題では……!」
「あなた、こういう
「いくら母親といえど言って良いこと悪いことがあるのではないですか!?」
「ああ、良いお友達作りの方法、あなたも占ってもらったら?」
「結構!!!!!」
!マーク、多っ。
そんなに嫌ですか、占い。
まあ実際、ビスク様に対する占いに意味があったとは私にも思えないけれど。
私はフィオ様のご尊顔から目を逸らし、つつ、とスープを口にした。
ああ、今日も美味しい。さすがムウマ家。私の実家とは調味料にかけるお金が違うわ。
「それにね。メオさんにはきちんと話しておかないといけなかったのよ」
「はい?」
「シノン様に、メオさんの占いの話をしたらとても興味を持ってくださってね。今度自分も相談に行ってもいいかしら、なんて仰るものですから、今回の件をメオさんにもお話してよければ、って約束してきたのよ」
「え゛」
ちょっと待って。私、もう話聞いちゃったんですけど。
ということは、それって、え? 私が公爵夫人を占わないといけないってこと?
「母様。そんなものは公正な取引でもなんでもない。今からでもお断り下さい。リリル公爵夫人に占いなどというものを――」
「そ、そうです、お義母様。そんな、私の趣味程度の占いを、そのような高貴なご身分の方になんて――」
「でももう決まっちゃったことだから。お忙しい方だけど、来月お越し頂けるそうだから、よろしくね」
「母様!」
ひぃぃいいいい。
そんなやり取りに顔を蒼褪めさせられた朝餉の後、流石にその日一日のマナー稽古には身が入らず、いつも以上にポカをやらかして講師の先生から心配されてしまった。
「なにか、あったんですか、メオ様?」
「はい。あったんです」
不肖の私に根気強く上級貴族としてのマナーを教えてくださるこの方は、キディ先生。なんでもフィオ様の乳母係をお勤めになっていたとかで、お屋敷の中でも信頼が篤い。昨年に、ご実家の方でお孫様がお生まれになったのだとか。
かくかくしかじかと事情を説明すると、流石のキディ先生も少し戸惑っておられるご様子だった。
「はあ。それは責任重大でございますねぇ」
「うう。やっぱりそう思いますか?」
「大奥様からもお聞きしていましたけど、そんなによく当たるのですか、メオ様の占いは」
「いえ。私の占いはそういうものでは……。ほんのお悩み相談程度のことはできますが」
「お悩み相談……」
そこで、キディ先生は何事か少し考え込む素振りを見せた。
おや?
ひょっとして、今日の私のポンコツっぷりを見て、講義の内容を見直していらっしゃるのか? 来月にはいらっしゃるという公爵夫人のお相手を勤めるにあたり、ムウマ伯爵家の顔に泥を塗るような振る舞いを私にさせては、マナー講師たる自分に塁が及ぶと考えているのかもしれない。
「メオ様」
「はい」
「その、よかったら、なんですが」
「はい。どんな厳しい特訓でも」
「え?」
「え?」
「「え?」」
お互いに顔を見合わせ、首を傾げる私とキディ先生。
「ええっと、よかったら、私のことも占って頂けたらと思ったのですが」
「あ、そっちですか」
「はい。その、本当に些細な悩みなんです。答えなんて最初から分かり切っていて、だからこそ誰にも相談できなくて……」
「は、はい。私で宜しければ、お伺いします」
「本当ですか? ありがとうございます」
にっこりと微笑むキディ先生につられ、私も愛想笑いを返したところで、見てしまった。
恐らくは私の様子を窺いに来たのだろう、フィオ様が、ドアの隙間からこちらを覗いているところを。
私とキディ先生とのやりとりを聞いて、またしてもその美しいお顔を歪めているところを。
ひぃぃいいいいいいい。
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