超絶技巧絶品極美味スイーツ
「あの、ビスクさ――お
「え? ああ、フィオのこと? 大丈夫よ。我が家で占いをしてはならないだなんて家訓はないわ」
「今にでも新たな家訓を作りそうなのですが……」
「『新たな家訓を作る場合には15歳以上の家人の半数の承諾を必要とする』。私とあなたが反対すれば作れないわ」
時を現在に戻し、私の嫁入りから一か月ほどが経ったムウマ家の邸宅にて。
私に与えられた一室にビスク様がいらっしゃったのは、お約束通りにアフターヌーンティーの時間だった。
形式ばかりに紅茶が給され、その間に相談事の詳しい話をお聞きする。
これもこれで簡単そうで複雑な話だ。
四半期に一度、ビスク様が主催しているお茶会に、先月欠席したご婦人がいるのだという。
たまたま予定が会わなかったのだろうと気にしなければよさそうなものだが、その時の断り方に何か不審なものを感じたのだとか。
「シノン様は、私の貴族学校時代の先輩でね。今のリリル家に嫁いでからも仲良くさせてもらってたのよ。もちろん、お茶会にだって毎回来て頂けたわ」
ふむん。
ムウマ伯爵夫人のお茶会といえば、美食家であった先々代の御当主様の頃からの伝統で、国内でも滅多にお目にかかれない超絶技巧絶品極美味スイーツが振舞われる場として有名だ。
その参加を辞退するだなんて余程のご事情なのだろう。ちなみに私は、家族特権で味見をさせてもらったとき、冗談抜きに失神するかと思った。マジで美味しかった。
朝からずっとその話を聞かされていたフィオ様に言わせれば、そんなもの本人に直接聞けばいいでしょう、とのことなのだが、そう単純にもいかないのが女の社会の怖いところだ。
新参者の私などには想像もつかないが、きっとビスク様の背後には、高位貴族特有の複雑怪奇な関係図が描かれているのだろう。お茶会にしたって、実のところはきっと高度にして難解にして重大なご婦人たちの情報交換の場であるはずなのだ。知らないけど。
私に出来ることなんて精々お悩み相談程度だけれど、それで宜しければ、精一杯務めさせて頂きましょう。
私は引き出しの中からチェリーの木でできた箱を取り出し、一組のカードデッキをテーブルに置いた。
「ではお義母様。初めに注意を」
「ええ」
「私のカードに、人の心を言い当てたり、未来を予想する力はありません。カードにできることは可能性の提示であり、受け取った結果をどうするか、全てはお義母様次第です」
「はい。分かっているわ」
「では、始めましょう。宜しくお願いします」
「お願いします」
深緑色のカードの裏面には、全て小さなウサギのイラストが描かれている。
それを一度無造作にテーブル上に広げ、円を描くように混ぜる。
三回、四回、五回。
一度まとめ、四つの束に分けて上下を入れ替え、もう一度広げてまた混ぜる。
混ぜ合わさったカードを綺麗に整え、私の右側に置いた。
「占うのは、『シノン様のお心を知るにはどうするのがよいか』で宜しいでしょうか」
「そうね。それでお願いするわ」
「では、本日はヘキサグラムを用います」
カードの山から6枚引き、円形に並べた上で、もう一枚を引いて中心に置く。
これはこれは……。
なかなか読み取りがいのある絵柄だ。
取りあえずはセオリー通りにやっていきましょうか。
「まずは今現在の状況を流れで見てみましょう。初めにお義母様から見て一番上のカード。これが過去の状況。次に右下。これが現在。そして左下。これが近未来です」
風の精と戯れるウサギが、キャロットを振りかざしてスキップをしている。
四元素の風を司るシルフと、同じく風を象徴するキャロットの組み合わせ。
シノン様とビスク様の仲の良さを象徴しているようにも見える。
イメージとしては、スピーディーな展開。テンポのよい会話。英断。真っ直ぐな道。
長年の友として、互いに良い信頼関係を築けていたのだろう。
「そうねえ。優しい方だけど、自分の意見ははっきり言うし、これと決めたことには芯を通す方だわ。頭も良いのよ」
「ですが、現在・近未来に良くない流れが来ているようです」
「まあ」
現在の位置には、正義感・公正な判断を暗示する『フクロウ』のカード。
近未来には、情熱・出発・生命力を意味する『1本のスティック』。
どちらも良い暗示のカードではあるが、それが“逆位置”で出てしまっている。
「今は、感情が邪魔をして公正な判断ができなくなっている状態かもしれません。このままの流れで進めば、お互いに遠慮し合ってしまって、ますます気まずくなってしまうことも考えられます」
「ううん……」
「ひとまず、お互いの気持ちについてカードを確認してみましょう。お義母様から見て左上がビスク様のお気持ち。右上がお義母様のお気持ちです」
左上。宙にばら撒かれた『8本のキャロット』の下で、ウサギが頭を抱えている。
「今、シノン様はなにか困難な状況に置かれているところなのかもしれません。それがどのようなものなのかは分かりませんが、自分でそれを解決するよりは、外からの助けに期待しているのかも」
そして右上。『
「次に真下のアドバイスカード」
『一輪のチューリップ』の逆位置。愛と平和の暗示。それが逆で出ているということは……。
「お義母様。お茶会への参加を断られたことで、シノン様への友情が翳ったわけではないのですよね?」
「それは勿論よ。何があっても、彼女とは良い友人でありたいと思っているわ」
「であれば、今回の件に関しては、お義母様から親愛の情を示すべきかもしれません」
「やっぱり、直接理由を聞いたほうがいいかしら」
「それでもよいのですが、無理に聞き出すことがシノン様の助けになるかは分からないのですよね?」
そう。そもそも、それが出来ないか、なるべくしたくない理由があるからこそ、ビスク様は悩んでいらっしゃるのだ。
「ですが、警戒のしすぎで身動きが取れなくなっている今の状況を続ければ、やはり望まない結果が生まれてしまいそうです」
最後の七枚目。中央に置かれた最終予想の位置には、『9本のキャロット』の逆位置。後悔と苦悶の暗示。
「あの時こうしていれば、と後悔するよりは、お義母様がお考えになる最善の形で、シノン様の助けになって差し上げるべきでしょう。もちろん、この占いがてんで的外れで、『なんだ心配して損した』となれば、それが一番良いのですが」
数秒。
ビスク様は顎を引いて目を伏せ、考え込んだ。
そして、照れたように眉を下げ、艶やかな微笑みを浮かべた。
「ええ。そうね。少しやり方を考えてみるわ」
「応援致します。頑張ってください」
「うふふ。ありがとう。持つべきものは、優しいお嫁さんね」
それはそれは、恐縮です。
こうして、その日のアフターヌーンティーはお開きとなったのだった。
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