おいくらくらいのお給料がでるの?

 その日、私に充てられた自由時間を使って、私は早速キディ先生を自室にお招きした。

 日差しがぽかぽかと暖かく、とろりと微睡みそうになる午後だった。


「申し訳ありません、メオ様。わざわざお時間を使わせてしまって」

「いえ。先生には日頃お世話になってますので、このくらい。どうぞ、お座りになってください」


 気まずさと緊張と、それでいてどこか諦めたような表情の先生の様子を見て、ひょっとすると何か深刻な話かもしれないと私も身構える。

 まさか、私の覚えが悪すぎて匙を投げだそうとしているのだろうか。

 いやいや、それならば私に直接言うことはあるまい。

 しかし、万が一そうであったら……。


 おっと、いけない。

 占いをするときは、常に心はニュートラル。

 あれこれ考えるのはカードを引いた後にしなければ。

 取りあえず普段通りにやってみようと、棚からカードのデッキを取り出し、卓に置いた。


「それで、先生。お悩み事というのは……」

「ええ、はい。そうですね」


 躊躇いがちに話してくれた内容を聞いた私は、仰天して飛び上がりそうになった。


「王子殿下の教育係ですか!?!?」

「ええ、そうなんですの。大変畏れ多いことに」


 それは流石に、想像の斜め上のお悩みだった。

 なんでも、フィオ様の教育係の務めを果たしあげたキディ様が、とある縁故によって別の伯爵家の子息への教育係を頼まれた際、たまたま居合わせた、とある公爵家の人間の眼に留まったのだという。そして、是非ウチの馬鹿娘のことも躾けてやってほしいと、教育係の連鎖依頼を受けたのだとか。


 キディ先生の授業は、厳しく優しく甘く辛くのバランスが絶妙で、そしてもちろんマナーの知識も完璧で、頼まれた二家の当主から大変篤く感謝を受けたそうだ。

 その噂がなんと王宮にまで伝わり、当年とって御年八歳を迎える我が国の王子殿下への教育係の一人に推挙されたのだという。


「だ、大抜擢じゃないですか!? それって――」

「それって?」


 それって一体、おいくらくらいのお給料が出るの?


「それって、その、せ、責任重大、ですよね」

「ええ、そうなんです」


 口にして良いことと悪いことの区別が出来る女。それが私だ。


「もちろん光栄に思っているんですのよ? けれど、私自身、生まれはただの侯爵家ですし。そのような大役、本当に務まるかどうか、それが不安で……」

「ですよねぇ。普通は引いちゃいますよねぇ。ただ――」


 私だったら絶対に無理だ。緊張で夜も眠れなくなりそう。そして昼間にうたた寝をして粗相をしそう。

 いや、私ごときの眼からみれば、キディ先生ならなんの問題もないとは思うのだけど。しかし、先ほど仰っていた、『答えなんて最初から分かり切っていて』という言葉の意味はよく分かった。


「そうなんですよ。流石に国王陛下直々に下された命ですから、お受けする以外に選択肢はないのですけれど」

「まあ、不安なものは不安ですよね。分かりました。キディ先生が王宮でお勤めをご立派に果たせるか、カードに聞いてみましょう」

「ええ、ただ、どうしましょう。やっぱり不安になってきてしまいました」


 ですよね。ここで『いやちょっと一波乱ありそうですよ』なんて言われたらたまらないですもんね。ご安心ください。どんなカードが出ても良いように解釈しますから。


「それでは先生。最初に注意事項からご説明いたします」

「は、はい」

「私のカードに、未来を予言するような力はありません」

「はあ」

「カードに出来るのは、あくまで選択肢と可能性の提示。それを見て、私の話を聞いて、それをどう解釈するかはキディ先生自身です。どうか深刻になりすぎないでください」

「はい。分かりましたわ」


 精一杯の作り笑いを浮かべて先生の緊張を解しにかかる。ほ、解れます? 解れたらいいな。

 内心の動揺と裏腹に、私の手はルーティーン通りにカードをシャッフルし、束を作った。


「今回はアイ・オブ・トゥルースを用います」


 一番上のカードを真ん中に、それを三角形に囲むように三枚のカードを順に並べ、めくっていく。

「真ん中のカードが、キディ先生の今の心境。次に上のカードが、問題に対する障害を表し、右下はそれに対するアドバイス。最後に左下が、問題への近未来の予想です」


 …………おう。

 なぜここに来た、『5本のデイジー』よ。

 取りあえず、この不吉なカードに対するポジティブな解釈を考える間にカードの説明をして時間を稼ごう。


「キディ先生。私のカードには大きく分けてアニマルカードとナンバーカード、エレメントカードの三種があります。今回は真ん中の一枚がアニマルカードの『蝶』。周りの三枚がナンバーカードですね」

「ええっと、それはどういうカードなのでしょうか」

「アニマルカードというのは意味合いが大きく、力の強いカードです。一方でナンバーカードとエレメントカードは意味合いがシンプルですが、数が多く多様な選択肢を提示してくれます」


 私は意味もなくカードの位置を少しずつずらし、先生の気を逸らした。


「また、これも大事なことなのですが、カードには上下があります。そして、めくった時に上向きだったか下向きだったかで、カードの持つ意味合いが反転します。今回は珍しく4枚全て正位置で出ていますね。先生の実直な気質が現れているのかも」

「そう言われてしまうと、何だか気恥ずかしいですね」

「はい。それで、どうか驚かないで聞いて頂きたいのですが、この真ん中、『蝶』のカード」


 それは、アニマルカードのナンバー13。黒い翅に紫色の紋様を持つ美しい蝶だ。

 空は菫色。地平線が曖昧になった世界で、安らかな表情で仰向けに横たわるウサギの鼻先に、その蝶はとまっている。


「象徴する意味は、『死』」

「死!?!?」


 ええ、ええ。そりゃあびっくりしますよね。

 でもご安心あれ。

 カードは、決して悪い意味ではございません。

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