明日もまた、僕は君に会いに行く。明日もまた、私は君の声を待っている。

結城瑠生

第1話

 荷台に乗せた段ボールがガタガタと音を鳴らし、ムンムンとした空気が立ちこむ車内。後部座席に座っていた僕は、心地よい風をあびようと少しだけ窓を開けた。


「いらっしゃいませ」


 春の風のように和やかで、柔らかい声が耳を打つ。過ぎ去っていくその声に、僕は慌てて後ろを振り返っていた。


 見えたのはたった一人だけ。確証はないけれど、すぐに彼女だと思った。これが偶然だったのか、必然だったのか。神様にでもきいてみたい。


 ただ僕はその音色に、はじめて出会った女の子を好きになっていた。


 彼女はいつもそこにいた。


 レフリへリオと書かれたお店の前にある木製の特等席(ベンチ)。彼女はいつもそこに座って、お店に入る人たちに、あの言葉を告げる。


「いらっしゃいませ」


 同じクラスになった人たちに聞いたけれど、彼女は学校にも行かずに、毎日お店が終わるまであの場所で座っているという。


 名前は誰も知らなかった。


 ただ、あのお店が今に珍しいスペイン料理店だということだけは噂程度に耳にした。

 

 いつだっただろう、店の人からパエリア君と呼ばれるようになっていた。


 彼女とはまだ一言も話せていない。


 あれから三か月。毎日通い続けているが、もう自分がチキンだと実感していた。


「今日こそは」


 そういってパエリアを口に運ぶ。

 

 今日こそは「こんにちは」と、そう言ってみよう。


  *  *  *

 

「こんにちは」といわれた気がした。


 私は声が聞こえない。耳が悪いわけじゃない。小鳥のさえずりも草木が風に揺れる悲しい響きも聞こえる。


 ただ、人の声だけが聞こえない。


 両親が交通事故で死んでしまってから。多分その時期から意地悪で迷惑な雑音は私の耳から離れた。


 その音がどうして聞こえたんだろう。いや、そう思っただけかもしれない。


 私は気になって一度だけ辺りを見渡すことにした。


 周りにはこの人しかいなかった。

 たぶん同じくらいの年。服装が子供っぽい、緊張しているのか震えている男の子。


 何で緊張しているんだろう。少しだけ気になった。


「こんにちは」


 今日も聞こえた気がした。

 耳障りなノイズじゃなく、なつかしい太陽のようなあたたかなサウンド。


 もう何回目になるだろう。三十回以上は聞いた気がする。周りにいるのは、またあの男の子だけ。


 あの音吐がこの子から発せられたものだということは、とっくに分かっていた。


 だけど私は何も言わない。言わないほうが多分もっと味わえるから。


 懐かしいこの居心地さに。

 だから私は――

 

 昔を思い出して少しだけ笑うんだ。


  *  *  *


 彼女が一瞬だけほほ笑んだ気がした。見間違いだとはわかっている。


ただ僕は、その顔を見たくて、声を聴きたくて――

 

 明日もまた、君に会いに行く。

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明日もまた、僕は君に会いに行く。明日もまた、私は君の声を待っている。 結城瑠生 @riru

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