第3話 全人類絶滅? 計画
かつて、地上の支配者が人類ではなかった頃……
地上には、自らを妖精と呼称する種族が存在し事実上の支配者となっていた。
彼らは人類によく似た形態的特徴を有していたが、耳の形や羽根や尾の有無といった差異もまた存在した。
その種族は地上、海中、空の全てを支配するほど種として優れており、また寿命も長く数百年から千年を生きた。そのためか繁殖力は非常に低く、個体数も地球全土で数千体ほど。
妖精は超自然的な力をも操り知能も高く、圧倒的なまでの能力で地球上の覇者として君臨していた。
だが、彼ら自身はそのことを良しとしなかった。
圧倒的な覇者の存在は、地球上全体に対する強烈な淘汰圧となる。その存在に適さない、適応できない種は滅んでいき、そうでない種も彼らの存在に適した形へと進化するようになっていく。
その強者の存在故の不自然な進化、淘汰を彼らは良しとしなかったのだ。
そのため妖精と呼ばれた彼らはその超自然的な能力を用いて、世界の裏側
とでも言うべき場所に新たな世界を作り出しそちらへと移住した。
不自然な進化によって地球上を歪ませないために。
――――
「――という訳だ。つまりワタシはその裏側の世界からこちらへと人類、つまりは貴様ら人間を滅ぼしに来た妖精ということになる」
「なるほどねぇ」
「……思った以上に驚きが少ないな」
事実、ウロ坊は彼女の言葉に驚きを感じていなかった。
いや、まったく驚いていないと言えば嘘になる。だが、その驚き以上に勝る感情が彼を支配していた。
好奇心だ。純然たる好奇心が彼の中で満ちていた。
「まあ良い。取り乱される様な態度を想定していたことは事実だが、ワタシにとっては現状の方が好ましい。うむ、気に入ったぞ貴様。やはり貴様にしよう」
そしてそんなウロ坊の態度が目の前の自称侵略者はお気に召したらしい。その豊満な胸元を押し上げるように腕を組み、うんうんと何度か頷いて見せた。
ウロ坊の年齢は十歳かそこらだ。過酷な環境で育ってきたこともあり、第二次性徴を未だ迎えていない。故に性的な関心は薄い。
が、しかし。母を知らずに生きてきたことに起因するのか定かではないが、どうにも視線がその双丘へと引き寄せられる。
まるで引力――強力な重力を備えた星屑のようだと彼は思った。
「……そんなにこの胸が気になるのか? 確か、人間の離乳期は長くとも一年かそこらであったと記憶しているのだが。オスとして性的関心を抱くには貴様は些か幼いようにも思える。うむ、やはり知識のみで知っていることと実物には差異があるのだな。いや、単なる個体差という可能性もあるのか……?」
「まるでワシを動物のように言うじゃんか」
「事実、人間は動物であろう? 貴様らの定義においては哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属、学名は確かホモ・サピエンスであったな。近縁種たるヒト属の尽くを絶滅させ地上に蔓延する狂暴な種だ」
「……や、見方によっちゃ確かにそうだけどよ」
事実、目の前の自称妖精が言うように人間はヒトという動物だ。
そしてまた、動物として……種としてそれを見た時野蛮かつ獰猛、他種族に対する強烈な淘汰圧となり大絶滅の要因になっている。
それはなにも近代化の進んだ現代社会だけではない。石器時代とも呼ばれるほど遥か昔から、人類が進出した地域では彼らによる狩猟、あるいは環境変化活動によって大絶滅は引き起こされていたのだ。
「さて、人間。貴様、名を何という?」
傲慢に、高慢に。彼女の言が事実であると主張するように、高位種族が劣等種に対し向ける嘲りと侮蔑と愛玩の感情が混じった眼差しを向けながらその問いは放たれた。
その問いかけに、少年は小さな声で答える。
「……ワシにちゃんとした名前はねぇ。周りのヤツらからはウロ坊って呼ばれてるけどよ」
「ふむ、ウロ坊か……奇妙な響きだな。そも、貴様ら人類の言葉は発音が難しい。模倣は得意であると自負していたが、うむ、そのプライドが崩れそうだ」
そう言えば、妖精やら侵略者やらと自らを評する彼女が人類の言葉――それも、世界全体で見ればマイナーな日本語を話しているという違和感に、ようやくウロ坊は気が付いた。
金髪で顔立ちも日本人離れしている彼女が、それでも流暢に話すものだからすっかり違和感なく受け入れていた。
「フィクションじゃ大抵流されるけど、言語普通にしゃべってるな、アンタ。日本語」
「こちら側に来る前に事前に学習しておいた。とはいえ2ヵ国だけだがな。この世界の人類の言語、その標準とされているらしい英語とやらとこの日本語だ」
「妖精さん方が人類に詳しいのかは置いといて、英語は分かる。スゲーよく分かる。だって世界標準語だもんな。だけどよ、なんで日本語なんだ?」
怪獣や悪の組織が日本ばかりを狙うご都合展開か?
そう感じたウロ坊の疑念はすぐさま解消された。
「適度に滅ぼしやすく、また滅ぼした際の影響力がそれなりだからだ。強大な軍事力を持たず、さりとて経済や工業といった世界を支える構造の重要な歯車ともいえるのがこの日本だ。つまり、侵略者たるワタシにとって格好の獲物だということだ」
なるほど。
そう言われてみれば、確かに異星人やらなんやらが日本を狙うのも納得である。
先進国であるにも関わらず軍事力が低く危機感も低い。そして滅んだ影響は世界全体へと広がることが予測され、今後の侵略活動を容易にするだろう。
しかし。しかしだ。
はたして、本当に目の前の彼女は妖精――人類を滅ぼす侵略者なのだろうか。
ただのホラ吹きか、あるいは頭のおかしな女性なのではなかろうか。
こんな真夜中にコスプレをしてホームレスの少年を揶揄って遊んでいる、そんなぶっ飛んだ人物なのではなかろうか。
だとしたら、正直すごく好感が持てる。頭のぶっ飛び具合、ネジの外れ方からして絶対に面白いヤツだ。設定もそうだが羽根や尾といった衣装も随分と凝っている。
間違いなく、金持ちの部類だろう。
「おっと。そういえば名乗っていなかったな」
「おぅ?」
「ワタシだ。ワタシの名だ」
「そういえば、そうだったな」
凝った設定と衣装、ユニークなキャラクター性で忘れていたが、そういえば彼女は名前を言っていなかった。
自らを妖精、侵略者と呼称する彼女はフンと鼻を鳴らした。
「ワタシはメルヴィレイ・リヴァイアサンだ」
「……メルビレイ?」
「メルヴィレイ、だ」
「……名前なっが。そんでもってやっぱガイジンさんかよ」
「ガイジン……異国の者を指す言葉だな。貴様、ワタシが妖精であると、人類の上位種であると信じていないな?」
「……………………」
ウロ坊は黙った。
正直信じていない。信じていないが、彼女の言が真実であったら面白いよな、くらいの気持ちであったからだ。
故に、肯定も否定も面倒になりそうだと感じた。だから黙った。
そんな彼の態度をどう思ったのか。
「……よかろう。貴様にワタシが妖精であると、人類とは異なる上位存在であると確固たる証拠を見せようではないか」
メルヴィレイは辺りを見回すと、川に架かった片側二車線の大橋に視線を向けニヤリと悪い笑みを浮かべた。美しく冷たい美貌に似合う、血も凍りつくほどの艶やかな笑みだ。
「確かこの国ではあの自動車とかいう道具に生身でぶつかると、被害の程度がどうであれ自動車側が責められる場合が多いらしいな?」
「……おい、まさか」
「うむ、初めての体験となるな。あの自動車とやらにぶつかられるのはどれくらいの衝撃なのだろうか」
その言葉と同時に、彼女は背中の四枚の羽根を振るわせ始めた。どういう原理なのか、トンボのそれに似た羽根は地面に対し垂直に――つまり、振動によるエネルギーを横向きに向けているにも関わらずメルヴィレイの体は浮かび上がる。
「うぉうっ……!?」
瞬間、風圧がウロ坊を襲った。目も開けられない程の圧倒的圧力に両手で顔を庇い膝を付く。
そして、その数瞬後。
それはまるで大きな花火のように。あるいは小規模な爆弾が炸裂したかのように。
光、そして一瞬だけ遅れて熱と風圧と音が川辺に広がった。
「な、なんだよっ……!」
片側二車線の大橋とはいえ交通量は多くない。しかも今は夜間だ。だが、車がいない訳ではない。
爆風の前に起こった出来事、そしてメルヴィレイと名乗った彼女の発言から。
まさかと思いながら、ウロ坊は走った。向かう先は大橋の中央だ。
走りながら。まさか、まさかと。
今まで幾重にも。幾度となく語ってきた自分の物語以上に突飛な出来事がこの世にあるのかと。
驚愕と興奮に脳を焼かれながら、彼は走った。
川辺の緩やかな坂を駆け上り、橋に続く歩道を走り抜け、そして大橋の入り口にてその光景は目に入った。
数トンはあろうかという大型トラックが――僅かに栄えた街から街へと、あるいは過疎地域へと物資を輸送するはずだったその車両が燃え上がっているのを。
ガソリンに引火し、そして大爆発を引き起こしたのだろう。車両の破片が橋の車道一面に散らばっていた。漏れ出たオイルはその地面を伝い、赤々とした炎が夜のアスファルトを輝かせていた。
ウロ坊はその光景に対し、不思議と恐怖はなかった。むしろ、どこか高揚感にも似た感覚が内から呼び起こされるような気さえした。
火炎による熱を肌に受けながら、彼は橋を駆けた。今もなお轟々と音を立てるかつてトラックだったモノの近くへと走る。
子どもの体躯だ。その速度は決して速くなく、また良好とも言えない栄養状態故に彼の息はすぐに切れ、肌は汗まみれとなった。熱か、それとも不完全燃焼によって発生した一酸化炭素に起因するものなのか、少し具合が悪くなったようにも感じた。
だが、それでも。
「ふむ。劣等種たる人類、その幼体としては中々早かったのではないか、貴様。聞けば、人間は熱や煙にも弱いと言う。だというのにここまで走ったその根性は素直に称賛しよう」
感心したように――あくまでそれは、たとえばイヌが二本足で立ったとか、ボールを持って戻って来たとか、自身よりも劣る生物に対する称賛ではあったが――そうメルヴィレイは口にした。
「――ははっ」
そして、彼女の姿を見て思わずウロ坊は笑ってしまった。
何故笑ったのか、それは彼自身も分からなかった。熱でどうにかなったのか、煙でどうにかなったのか、目の前の光景が非現実的過ぎて笑うしかなかったのか。
それとも、純粋に笑いが込み上げてきたのか。
火炎と煙の中、無傷で横転したトラックだったモノの前で微笑む彼女。
彼女の尾は、その横転した車両のフロントガラスに差し込まれていて。
――妖精って、尻尾で捕食するんだな。
その思考を最後に、ウロ坊の意識は夜の闇のように暗くなっていった。
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