第2話 永年休業中
「永年休業中の店?なんだそりゃ。そういうのはな、潰れた店というのだよ。藤宮君。」
そう言って俺、前原 恭弥(まえはら きょうや)は社食のカレーを口に運んだ。
目の前の後輩から視線を外し、粘性の足りないカレー(俗にいうシャバシャバしたカレー)をいつもよりよく噛んで飲み込んだ。
「ちょっと前原先輩。その露骨に興味ないって態度はやめてもらえますー?人の話は最後までに聞くものですよ。」
そう言って彼女、藤宮 真(ふじみや まこと)は蕎麦を勢い良く啜った。
彼女は前原の1個下の後輩で、同じ大学出身だ。同じ研究室だったこともあり、前原と彼女は良く話をした。彼女はオカルトの類に興味があり、彼との話題の多くはその手の話だった。
大学を卒業してからはしばらく音沙汰が無かったが、一度社内で彼女に発見されてから彼はこうやって時々彼女の話相手になっていた。
「そうは言ってもだなあ、もう話の出だしからオチが分かる話だろ、それは。」
「いや、それがラスト3Pで衝撃の結末が!的な話なんですって、多分。」
彼女はこぶしを握りながら、そう語る。
「それに......」
彼女は両手を組み、目を潤ませながらこう言った。
「社内でこういう話に付き合ってくれるの、先輩だけなんですから。ちゃんと聞いてくださいよ......。」
「うっ!」
(くそ、またこのパターンか。)
彼が話を切り上げようとする時にお決まりのパターンだった。
どうにもこういう彼女にこういう顔をされると彼は弱かった。
頭を掻いてそっと溜息を吐く。彼女はまだ潤んだ眼で見つめている。
「......分かったよ。で、改めて今回はどんな話なんだ?」
彼女の顔がパッと明るくなった。すっかりニコニコ顔だった。
「そう言ってくれると思ってました!!それがですね..........」
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「......というわけなんですよ。行ってみましょうよ。」
「......ああ、そうだな。」
話を聞いてる途中に時間が気になり彼は時計を見る。時刻は13時を回ろうとしていた。
彼はハッとして立ち上がった。
「しまった!昼休みがもう終わる。昼明けからすぐに打合せがあるんだった。」
「えっ、そうなんですか!それなら急がないと。」
「じゃあ、またな。」
彼は素早く食器を片付け、食堂から出た。
食堂から出るとき、彼女の声が後ろから聞こえた。
「次の日曜......忘れないでくださいね?」
全ては聞き取れていなかった。さっきそういえば何か約束したようなと思いつつ、
打合せまで時間が無い彼は会議室へと急いだ。
打合せにはギリギリ間に合ったが、打合せ終了後、同席していた上司から小言を言われた。
「前原君さあ、なんでもっと早く来ないわけ?こっちでセッティングした打合せなんだから5分前にはいないとダメでしょ。準備ができてなくて文句言われるのは私なんだよ。わかる?この前も............」
小言は暫く続いた。余計に長く感じるので時間は数えなかった。
打合せ自体は滞りなく終わったのに、ご苦労なことだと彼は思った。
その日の上司は機嫌が悪かったらしく、それ以降も事あるごとに彼に厳しく接していた。
業務が終わる頃には、精神的疲労で彼はいつも以上に疲れが溜まっていた。
彼がフラフラとオフィスを出ようとしたしたとき、ポケットのスマホは鳴った。
着信は藤宮からだ。
『先輩、次の日曜の永年休業中の店の実地検証忘れないでくださいね!!!』
『集合場所は○○神社です』
『(デフォルメされた猫がこちらをビシッと指さすスタンプ)』
(そういえばそうだった。話の最後で少し上の空になっていたせいでOKしてしまった。)
余計な用事を増やしてしまったと彼は頭を抱える。
再びスマホが鳴った。
『後、いつも話聞いてありがとうございます』
『日曜......楽しみにしてるんで!』
彼は思わず口元が緩んだ。少し身体の疲れが抜けたような気がした。
(面倒な用事が増えたが、こうして頼られるのは悪く...)
そう思いかけた瞬間彼は自分の舌を強く噛んだ。口の中に鉄の味が広がった。
(違うだろう、そうじゃない。)
口の中の鈍い痛みで疲れた身体を奮い立たせ、彼は帰路に向かった。
(全く.......滑稽だ。)
正月に疲れたサルは屏風に絵を描く 野間小雪 @KoyukiNoma
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