親友【ショートショート】
九条
親友
好きな人が親友と被ってしまった。
私は彼女に気づかれないようにダイニングテーブルにあったステンレス製の鋭く尖ったナイフを利き手に持つ。
愛というものは不変であるが、醜く薄汚い色に染め上げられたような肢体を同時に併せもっている。
私たちが密かに想いを寄せている隣のクラスの彼は、とても明るく、誰に対しても差別することなく友好的に接してくれる。特別優れた容姿を持ち合わせているわけではないが、彼の持ち前の屈託のない笑顔は、周りの人々を心地よい暖かさの世界に誘ってくれるのだ。
そう。私たちは、彼の分け隔てなくコミュニケーションをとろうとする兼愛の精神に深く心を打たれたのだ。
私たちは、生まれたときからずっと一緒。学校での食事や帰り道などもそのすべてを親友である彼女と一緒に過ごしてきた。いわば、一心同体なのである。
そんな一生涯の苦楽を共にしてきた彼女と偶然なのか必然なのかは定かではないが、好いている人が被ってしまったのである。
初めて彼女の口から彼が好きだと聞いたのは、今から一か月ほど前のことだった。
それより前から彼を好意的に想っていた私は彼女の話を聞いたとき、ひどく憤りを感じた。どうして、私の好きな人の話を彼女の口から聞かねばならないのか。なぜ、親友の醜い片思いを無邪気で能天気な馬鹿者のように応援しなければならないのか。私が先に彼を好きになったのに、どうして彼女は恥ずかしそうな、まるで媚薬を嚥下した乙女のように頬を紅潮させながら、私に片思いについて報告してくるのだろうか。
しかし、私たちは同じ時間を過ごしてきた仲間であることは確かだし、趣味嗜好や価値観が似通ってしまうのも無理はない。そこは、目を瞑らなければいけないところであることは理性を失った私にも十分理解できる。だが、自分が愛し愛されたいと強く願っている相手のタイプ、そして相手まで似通ってしまうのはまっぴら御免だ。ましてや、自らの友に相手を取られてしまったりするなんて…そんなことは考えたくも無かった。
私は生まれて初めて彼女に反吐が出るほどの熱い嫌悪感を抱いた。こんな横暴で醜く、すぐ男と肢体を絡ませようとする淫乱な奴など、もう友達ではない。
たしかに、出会った頃は片方が欠けてしまったら、もう片方も崩れ去ってしまうような、まるで心臓と心臓が太い管で繋がっているような深く強い絆が存在していたが、今となってはそれも単なる精巧なレプリカに過ぎない。
所詮、私たちの友情は赤ん坊のおもちゃのようなひどく単純で簡単に壊れてしまうような代物であったのだ。
私は、彼女に見つからないように入手した鋭い刃物の切っ先を、ちょうど隣に座っている親友の心臓めがけて勢いよく突き刺す。憎しみとオーバードーズしそうなほど多量に摂取した殺意を強引にねじ込みながら。
ぐあっ、という声量にいまいち欠ける断末魔を孕みながら、彼女の口からは真っ赤に染め上げられた粘着性のある液体が水鉄砲のように飛沫をあげた。
始めは四肢を振り回し、じたばた藻掻いていた彼女であったが、時間が経つにつれ抗おうとしていた身体は少しずつ空中へ体力を逃がし始める。
ふふっ、と私は静かに笑った。
愛ゆえの憎しみを正義だと勘違いして行動することはとても気持ちが良い。結局、ここで私が殺めなくても、どうせ彼女と対立することは目に見えて分かっていたことだ。今更、後悔をする必要などない。
そして、彼に想いを寄せている彼女を殺してしまえば、彼からの寵愛を私がすべて手に入れることができてしまう…
なんて美しい犯罪なのだろうか…
いや、そんな理想論がはじめから贋作であったことは私が生まれたその瞬間から既に決まっていた。
それから数十秒後、今度は私が意識を投げだす番である。
自分の身体であり、彼女の身体でもあるこの媒体にわざわざナイフを突き立てなくても私は死ねる。たとえ、私が彼女を生かそうが殺そうが、彼からの愛を享受することは出来なかったのだ。
だが、それでいい。絆もここまでだ。
私は醜い。だが、後悔はしていない。嫌われても構わない。人生なんて先に行動を起こしたものが幸福となるのだ。所詮、先手必勝の空間でしかないのだ。
私は彼女と共有している心臓に自分の左手を当てる。もう、心の律動もだいぶ消えかけている。
私は彼女が存在する限り、自らが望んだ幸せを手にすることは出来なかったのだ。
だって、
私と親友は心と心が物理的に繋がっているシャム双生児であったのだから。
(終)
親友【ショートショート】 九条 @Kujok
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