夏空のようになりたい

@Tokiu-2023

夏空のようになりたい

 今まで何もしなかった訳じゃない。朝刊配達のバイトをして貯金した。友達と休日に隣街まで行って遊んだ。勉強も欠かさず取り組んでいた。委員会も真面目にやった。

 けどそんな二年があっという間に過ぎ去ろうとしている。僕はもうじき三年生になりこの高校を卒業する。


 今日先生に進路の話をされたが、ピンと来るものがなかった僕は白紙のアンケート用紙を提出した。その日先生に呼び出された。先生は真摯に向き合ってくれる生徒想いな人だ。だから僕のことを心配している。

「鷹尾君は真面目で頑張り屋だし、クラスのみんなだって君を信頼してる。鷹尾君ならなんにでもなれる。どんな進路を選んでも進めると思うよ。」

 先生の言っていることは正しい。僕はどちらかと言えば優等生の人気者だ。この二年間困ったことはない。どこへ行ってもやっていけるはずだ。

 しかし僕が求めていたのはもっと明白で絶対的な動機だった。僕は思わず言ってしまった。

「なんにでもなれるなら僕が決める必要があるのでしょうか。どこへでも行けるのならどこにいけばいいのでしょうか。僕は…一体何をしたらいいのでしょうか?」

 口から出た不満は先生を黙らせた。先生はにこやかに、けど困った顔をしてこちらを見た。僕も申し訳ない気持ちで目を逸らした。


 放課後になると明美が玄関で僕を待っていた。僕はいつものように一緒に下校した。彼女は同じ図書委員の副委員長だ。進学先が決まっている明美なら何かいい答えを知ってるんじゃないかと思い、帰り道に軽く訪ねてみた。

「明美はさ、進路どうやって決めた?」

「そうね、私の場合は本が好きだから文学部のある青柳学院を選んだってところかな。これといって特別な理由でもないよ。」

 彼女はざっくりとしていたが進む方向が定まっていた。見渡す限りの野原にいる僕に比べれば十分なほどだ。正直彼女が羨ましい。

「僕は、僕が進むべき道はどこなのかな。」

「うーん…健人には進むべき道はなくても、進める道は沢山あると思うけど。何かやりたいことをやってみたら?」

 明美も先生みたいなことを言う。それとも僕以外みんなそうなのだろうか。みんなが卒業後を見据えて行動するなか、僕だけ高校に取り残されている気がしてとても虚しい気分になった。

 ふと上を見上げると青い空に大きな入道雲が浮かんでいた。僕はこういう輪郭がはっきりしたものになりたいんだ。どうしたらこんな風になれるのか。


 家に帰って自室に直行した僕は、カバンを置き筆箱とルーズリーフのノートを一枚取り出す。自分のしてきた事やしたい事、目標を書き連ねてみた。

 五分ほど見つめていてあることに気が付く。僕は理由だけを求めている。なぜそこに行くのか。なぜそれをするのか。動機がなければ何もしないし出来ない。結論として、僕に今最も必要なのはおそらく行動力だ。僕が進むためにはまず歩く必要がある。

 僕は行動範囲を広げてみた。オープンキャンパスや企業説明会に足を運び、お出かけついでに街の特徴や今力を入れているものを調べた。学校でも他の委員会活動を手伝ったり大会の応援に行ったりした。

 遂には外国語研修旅行に参加してシンガポールに行った。異国の地を訪れ文化を知り、多くの人と言葉を交わした。こうして僕は多くの経験を積むことが出来た。


 しかしどれだけ行動しても何をしたいか見つからず、むしろ道が増えて迷子になった気がする。自信も経験もついた僕に足りないものはなんだろうか。

 いつものように帰宅すると弟の直人がフローリングに寝転がっていて、手には空のお菓子箱を持っていた。僕はどうしたのか訪ねる。

「どうした直人?」

「今日父さんも母さんも帰ってくるの遅くて、お腹へってお菓子だけじゃ耐えられないんだ。健にいどうしたらいいかな?」

 共働きの両親は時々帰りが遅くなってしまう。いつもなら母が晩御飯を用意しているはずだが、今日は忙しくて作れなかったのか。

 弟ももうすぐ中三になるというのに親の帰りを待つだけで何もしないとは、少しは自分でどうにかしようとは思わないのか。まあ僕も進路一つ決められないから人の事は言えないけど。


 これからどうしようかと悩んでいたとき、僕はある案を思い付いた。

「…なあ直人、一緒に晩御飯作らないか?母さんもきっと喜ぶぞ。」

「ご飯?僕たちで?…いいじゃんそれ。一緒に作ろうよ。」

 こうすれば母の苦労が一つ減り、弟も自炊することを覚える。一石二鳥じゃないか。そうして僕たちは冷蔵庫の中身を使って鷹尾兄弟特製カレーを作ることにした。

 弟に包丁の切り方やコンロの使い方を教えている間、僕は母もきっとこんな気持ちで料理の仕方を教えてくれたのかな、と思った。面倒だけど、誰かと作る料理はすごく楽しい。

 カレーを暖めている間に母からメールの返信が来た。そこには一文ずつ区切られ送られてきた感謝の言葉が綴られていた。その時、僕はあることに気が付いた。

 僕に足りていなかった何か。それは家族への感謝や愛情なのではないか。毎日弁当を作ってもらい、高校にも行かせてくれる。学校行事も研修旅行も全部親がお金を出してくれている。

 ここに来て当たり前だと思っていたことが、すべて大切な事なのだと再認識した。僕の中で何かがはまる音がした。その音はパズルのピースがはまるような、心地よい音だった。


 二回目の進路希望調査がやって来た。前の僕は変なところでこだわりを持っていて、頑なに進路を決めずにいた。けど今ならなんとなく分かる。どんな方向に進めばいいか。

 僕はここまで育ててくれた家族を幸せにしたい。大切な弟の自慢の兄になりたい。成長して親孝行するような立派な息子になりたい。

 僕はなんだってできる。なんにでもなれる。だから家族のために立派な人間になって見せる。少しありきたりだけど、いい大学に進学して、いい会社に就職して、沢山稼いで家族を支えて見せる。

 いつか見たあの夏空。澄んだ青い空に浮かぶ輪郭がはっきりした大きな入道雲。今の僕はあの夏空みたいになれたかな。

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