第2話
私はお世辞にも人付き合いが上手い方ではない。
家では本を読んだりテレビを見たりするだけで、外で友達と遊ぶことなどほとんどないのだから。
そんな私にも得意なものがある。絵を描くことだ。
仲の良い友達からオススメされた漫画なんかをよく読むけれど、時々お気に入りのシーンを自分で描いてみたりしている。
友達は「すごーい! 和希ちゃんって絵が上手なんだね!」なんて言われて、心の中で喜びニマニマしてしまう事などよくあった。
しかし、ただでさえからかわれやすい私だ。
男子が「おーい、男女がなんか書いてるぞ!」なんて言ってくるから、人前で描く事なんて最近はしていなかった。
友達に見せる事すらなくなったこの頃。まさか私の絵を、あの宮永くんに見られるなんて想像もしていなかった。
「……すごいね、上手」
「え?」
放課後の教室。私は誰もいないと思って自由帳を広げていた。
マイブームである漫画の主人公と好きなキャラが手をつないで歩いている。そんな簡単な妄想の絵だった。
「み、みや、宮永きゅん!?」
「きゅん?」
「……忘れてください、なんでもしますから」
「いや、そこまでビビらないでよ」
困ったように笑う彼は、私にとってまるでスターのようだった。
私より低い身長だが、それでも彼の存在は大きく感じる。
学校でも彼はすぐに有名となり人気者になった。
彼がいるだけで、その場は舞台のよう。とても眩しくて遠いお星さま。そんな存在。
「こんな感じ?」
だから、彼がしでかした事を理解するのに、私の頭はしばらくの間だけ時を止めた。
何も考えられないまま、温かさを感じる手へと目を向ける。
そこには、誰かに優しく握られた私の手があった。
誰とつないでいるの?
え、うそ。
「ふええええええ……」
感情をコントロール出来なかった私の最大の失敗は、彼の目の前で泣き始めた事だろう。
「え!? ごめん!! 本当に、あの、嫌だったよね、ごめん!!」
これには彼もビックリして手を離し、少しためらった後に私の背を撫でてくれた。
「……ごめんね。その、ただ、こういうのが好きなのかなって、そう思ったらつい」
どんな考えかも分からないが、どうして私なのかが一番分からなかった。
だから、私はとても感情的に言葉を彼へとぶつける。
「私なんて、男女とか呼ばれて、体もおっきくて、みんなと違って! 男の子みたいな名前が嫌で、でもお母さんとお父さんは好きだから、どうすればいいか分からない!!」
「……いい名前じゃん」
「え……?」
「海外で日本人の名前ってカッコイイってよく言われるんだ。特に女の人のカッコイイ名前とか、こう、すごくいいと思う!」
なぜか力説されてしまった。
それが、なんだか妙に面白くて。私はプッと息を吐いて笑ってしまった。さっきまで泣いていたのがウソのように。
宮永くんはバツが悪そうな顔をしていたけど、それでもどこかホッとした顔をしていた。そんな彼の表情を見たのは初めてで、どこか親しみみたいなものを感じた。
だからじゃないけど、私は彼にこう返したんだ。
「勇也の”勇”って字もカッコイイなって思うよ。勇気とか勇敢とか、うん。カッコイイな」
言った後ですごく恥ずかしい事を言った気がした。
私はあわてて彼の様子をうかがうように上目で見上げると、そこには顔を真っ赤にした宮永くんがいた。
二人して真っ赤な顔をしている事が、さらにおもしろく思えて。私達はお互いの顔を見ながらバカみたいにしばらく笑い合っていた。
それからの宮永くんは、いつも側にいてくれて、そして笑いかけてくれた。
困っていると手を差し伸ばしてくれ、悲しんでいるとなぐさめてくれた。私が男子にからかわれていると助けに来てくれ、どんな時でも信じてくれた。
男っぽい名前だとからかわれ続けていた私を、ただ一人「良い名前じゃん」と褒めてくれた人。
そんな彼の事を大好きになるのに、そう時間はかからなかった。
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