名前の意味

橘 ミコト

第1話

 私、高坂こうさか和希かずきは、自分の名前が嫌いだ。

 だって、いつも男子がからかってくるから。


「やーい、男女ー!」

「身長もデカいし、きっと将来2メートルを超えるんだぜ!」

「うわ、ゴリラかよー!」


 確かに、私の身長は高い。

 小学5年生の時点で155cmくらいあった身長は、6年生になってからも伸び続けた。今では160cmにまでなっている。

 私の回りの女の子に、ここまで大きな子は一人もいないのに……。

 体型は身長に比べて普通だから、よけいにがっしりとしたものに見える。それもからかわれる原因だと思う。

 大きくなり始めたのは小学4年生くらいからで、その時から胸も少し膨らみ始めた。

 自分の体が、まるで自分のものじゃなくなっていくようで怖かった。

 お母さんは「他の子より、ちょっとだけ成長が早いだけよ」と言ってくれた。だけど、私の不安を消すことは出来なかった。

 日々からかわれ続け、もともと静かな性格だった私は、6年生になる頃には下を向いてばかりいる子になってしまった。


 ーーそんな時だ。


 宮永みやなが勇也ゆうやくんが、私の前に現れたのは。


 小学6年生の夏休みが明けて、2学期初めての登校日。

 皆、「夏休みにどこに行った」、「夏休みの宿題が大変だった」なんて話をしている。

 別に私に友達がいないわけじゃないけれど、「またからかわれるのかなぁ」なんて嫌な気持ちで一人ポツンと席に座っていた。

 何人かの友達が話しかけに来てくれて、少し夏休みの話をした後に「気にしないほうがいいよ」と言った言葉を置いて去っていった。

 私はただ、「ありがとう」と作り笑いをするだけで精一杯だった。


「席につけー」


 ガラリ、と教室の扉が開く音がして、担任の先生が入ってきた。

 皆は面倒くさそうに自分の席へゆるゆる戻ると、朝のHRが始まった。


「まあ、夏休み明けの学校はキツいかもしれんがもうちょっとシャキッとしろ。そして、そんなお前たちにとってサプライズだ」


 やれやれと苦笑した先生は、一転してイタズラをする男子みたいな顔になった。先生も子供っぽいんだな、なんてどうでもいい事を考えてしまう。


「なんと! 今日からこのクラスに新しい仲間が加わります!」

「え! もしかして転校生!?」


 クラスの誰かが我慢しきれずに叫ぶ。

 それだけで教室は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 確かに、6年生のこの時期に転校してくるのは珍しい……のかな?

 私は(どうか男子じゃありませんように!)という思いしかなかったけど。


「こらこら、静かにしろ! よし、じゃぁ早速挨拶をしてもらおうか。宮永! 入ってくれ!」

「はい」


 廊下で待っていたであろう転校生の声が聞こえた瞬間に、私の目の前は真っ暗になった。

 男の子の声だったから。

 ただ、私の勘違いとでも言うべきことがあった。男の子だと分かって暗くなった気持ちはウソじゃないけれど、私は『男の子』というだけで怖がっていたんだと思う。


宮永みやなが勇也ゆうやって言います。お母さんがイギリス人なんで見た目は皆と違うけど、仲良くしてくれたら嬉しいな。よろしく」


 クーラーが効いていても夏の暑さが辛い教室の中、まるで風が吹いたような心地よさを感じる声だった。

 風鈴みたいに、心を落ち着かせる声だった。

 驚いてうつむきかけていた顔を上げる。

 そこには金色の髪に青い目。そして、どこか同い年の男子よりもすごく大人びて見える男の子が立っていた。


 シーンと静まった教室に、宮永くんは少し戸惑っている。

 しかし、そのすぐ後に爆発したみたいな声が広がった。


「めちゃくちゃカッコイイ!!」

「すげぇ、テレビに出てそう!」

「なんか普通の男子と違うよね?」

「うんうん、大人っぽい!」


 皆の反応を予想していたのか、先生はまた苦笑いをしながらも、とても楽しそうにしていた。

 私は……なんの反応もできなかった。

 ポケーっとアホな顔をしたまま彼の姿を見ていただけである。


「じゃ、宮永は後ろの空いている席に座ってくれ」

「はい」


 いつまでも鳴り止まないカミナリみたいにうるさい教室の中。

 それでも彼の声だけは私の耳に簡単に届いた。


「よろしく」

「え、あ……うん」


 そして、空いている席とは私の隣である事に、彼から声をかけられるまで気付いていなかった。

 ただただビックリしてしまった私には、とてもじゃないが上手い言葉など返せない。

 そんな私の様子に彼は一言だけ。


「ふふ、なんか可愛いね。フランス人形ビスクドールみたいだ」


 私の顔が真っ赤になったのは言うまでもない。



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