双子とゲームとお兄(さま/ちゃん):Day3 その②



 僕は父母と血が繋がっていない。父母の実子である鞠花姉さんとも然りだ。

 今の実家である緋衣家に引き取られたとき、僕は四歳だった。

 産みの両親を亡くし、親戚たちからはたちまち厄介案件となり、児童養護施設への入所が検討されていた頃――両親の死から二週間後のことだ。

 部屋の隅で膝を抱えるばかりの二週間を、僕は未だに忘れられずにいる。


 何かわけありで、姉の研究所に預けられていた子供という双子の境遇を、僕は必要以上に過去の自分と重ねすぎていたのかもしれない。


 彼女たちに見るべきは過去の自分の姿でも、自分の心の暗部でもない。

 クランという一人の女の子。

 ラズという一人の女の子。

 その心のありようであるはずだ。


 あるがまま自然体であるべし。

 猫山さんの言葉と水琴の励ましが、僕に前を向かせてくれている。


 午後の講義もつつがなく終了し、自宅の前まで帰ってきたのは一七時頃だった。クランとラズの自習環境が二〇一号室にあるため、ひとまずそちらに帰ることにした。

 自分の勉強やレポート作成、小遣い稼ぎのアルバイトでやっているデータ入力業務などは引き続き本来の居室である二〇二号室でやるつもりでいるが、それ以外はなるべく双子と一緒にいようと思う。

 壁一枚向こうという目と鼻の先に存在しながら、つい先日まで未知の領域だった場所に「帰る」というのも妙な気分だ。そんなことを思いながら、二〇一の扉を開ける。


「ただいまー」

「「お帰りなさい、お兄(さま/ちゃん)!」」

「おっ、おぉぉ……?」


 クランとラズが、なんかすごく可愛い格好で待ち構えていた。

 矢絣模様の和服ベースなのだが、袴にボリュームがあってドレスのようになっており、昨日のメイド服よろしく白いエプロンとヘッドドレスがついている。凝った和風の喫茶店にでもいそうな格好だが、こういうのはなんと呼べばいいのだろう。


「二人とも、これはいったい」


 昨日のメイド衣装も似合っていたが、和装も華やかで素晴らしい。

 押し寄せるかわいらしさに変なスイッチが入りそうになるところを、僕は努めて冷静な声色をつくった。


「はい。昨日あの箱に入っていたお洋服を着たら、お兄さまがとっても喜んでくれたので」

「今日はこれ着てお出迎えしてみたらって、猫山さんがやってくれたんだ」


 猫山さんの姿を視界に捉える。キッチンでお湯を沸かしてお茶の用意をしているようだった。


「おかえりなさいませ、瑠生さま」


 彼女は、凛々しさ三割増しの得意げな笑顔をこちらに見せた。どうです! と言わんばかりな自信満々のドヤ顔である。

 昨日の一件で、完全に着せ替え大好き人間だと思われている――!


「……あの、お兄さま……もしかして困」

「困らない。超可愛い。非常に良い、星5です」


 ぐぬぬっている僕をクランが心細げに見つめるので、食い気味に答えてしまった。


「良かったぁ」


 安堵のスマイル。素直に天使だと思う。


「これは『和メイド』なんだって。お手伝いするよ! お荷物こっちにどーぞ、お兄ちゃん」


 微笑ましい申し出とともに、ラズの手が差し出された。猫山さんに負けず劣らずのドヤ顔である。


「ああ、これはどーも。よろしくお願いします」


 通学用のショルダーバッグを預けると、彼女は目を丸くする。


「け、結構おもいね」

「参考書とかいろいろ入ってるからね。後であっちの部屋に持っていくから、適当なところに置いといてくれたらいいよ」


 不意打ちの嬉しいお出迎えに、顔面が気持ち悪くならないよう必死に堪えながら、僕はスニーカーを脱ぎにかかった。

 深呼吸。アンド深呼吸。


 めちゃくちゃ真面目なことを考えながら帰ってきた気がするんだけど、全部持って行かれた。

 猫山さんめ……! 凄く良いチョイスだと思います。





 今日のクランとラズは、社会常識やマナーについてまとめられた小学生向けのテキストを読んでいたようだった。

 ぱらぱらとめくってみたが、普段何気なくとっている行動について事細かに書かれており、改めて見てみると「これ、できていますか?」と問われているような気分になる。もしかしたら、大人になった今こそ一読しておくべきものかもしれない……。


 時刻は二二時を過ぎた頃。

 僕たちはベッドの上に三人で座り、真ん中に積んだトランプの山札を囲んでいた。


 風呂上がりでパジャマ姿の双子は、それぞれ額にカードを掲げてむむむと唸っている。

 クランはハートの11。ラズがダイヤの6だ。僕も同じようにカードを掲げているが、自分のカードが何であるかは全員わかっていない。

 手札は一枚、相手の札や表情や言動を観察して勝負に乗るかどうかを決める、インディアン・ポーカーである。


「ふーん、これは勝っちゃったかなぁ?」


 とりあえず揺さぶりをかけてみると、途端にクランの眉尻が下がり「うう……」と蚊の鳴くような声を上げる。


「いーや、これはお兄ちゃんのハッタリだねっ。ラズは勝てるとみたよっ」


 一方のラズは強気だ。


「じゃあ勝負する?」

「する!」

「く、クランは降りますっ」

「せーのっ」


 僕とラズが掲げていたカードを出し合う。僕の手札はクラブの8だった。


「にゃー!」

「あぁっ、今の勝てたんですね……」


 ラズが突っ伏し、クランは自分のカードを眺めてしょんぼりしている。


 二人の「何かやったことのない遊びがしたい」というリクエストに対し、とりあえずでチョイスしたのがこのゲームだ。ルールがひたすらシンプルなのでサクッと遊べてサクッと終われる。


「お兄ちゃんずるい!」

「ずるくないよーだ。これはこういうゲームなんだから」

「さっきのゲームはお兄さまにも勝てたのに……」

「うん。というか、さっきは手も足も出なかったね、僕」


 201号室に持ち込まれた荷物の中には、ボードゲームやカードゲームの類も入っていた。

 せっかくなので今日はそれを遊んでみようということで、お風呂タイムの前に、チェスやオセロで対戦してみたのだが――僕はまったく歯が立たなかった。

 駒の動かし方くらいしかわかっていなかったチェスはともかく、オセロは四隅を狙うというセオリーくらいは知っていたんだけど。


「二人ともチェスもオセロもうまかったね。姉さんのとこでもやってたんだっけ?」

「はい! ラボの皆さんとも遊んだことがあります。お姉さまは特に強かったです」

「お姉ちゃんにはなかなか勝てなかったね……でもラズたち、その次に強かったよ!」

「うぅ……そうなんだ」


 鞠花と比べて超絶弱いとディスられている心持ちになったが、訊ねたのは僕なので完全に自爆である。


「あとは囲碁とか、チェッカーとかもできるよ! ラズはトランプとかサイコロみたいな運のゲームも好きだったけど……クランはそういうのあんまり好きじゃなかったっけ」

「あ、そうなの? 次は違うのにする?」

「いえ! 確かに前はそうでしたけど。今はお兄さまと一緒に遊べるのが楽しいから、もっとしたいです」


 柔らかいクランの笑みは、それが僕へのフォローではない、本心からの言葉なのだと感じさせてくれるものだった。


「クランはいい子だねぇ」


 思わず身を乗り出して、その頭をくしゃくしゃと撫でてしまう。はわわ、とハートのジャックで顔を隠してしまうさまがかわいくて、余計にくしゃくしゃしたくなる。


「あぁっ! ら、ラズもいい子ですよ……?」

「はいはい、ラズもいい子いい子」


 頭を突き出してきたラズを同じように撫でると、満足げな顔をしながらころんと寝そべってしまった。奔放な性格といい、この子はなんというか猫感が強い。

 クランはベッドの揺れで崩れかけたトランプの束を、さりげなくまとめてケースにしまい始めた。しっかり者の側面がうかがえる。


「ラズもね、お姉ちゃんのところでいろんなゲームしたり、映画観たりしたけど、お兄ちゃんと遊んだゲームがいちばん面白かった」

「あー、それはわかるなあ。僕もはじめてオンラインゲームやったときは、すっごくワクワクしたから」


 ネットワークを通じて誰かと一緒に冒険ができる――新しい世界が開けたようなあの感覚は忘れがたい。苦い思い出もあれど、最初の楽しい気持ちもまた、色あせないものだ。


「うーん。そういうのもあるけど」

「それだけじゃなくて」

「「楽しかったのは、お兄(さま/ちゃん)だから」」


 声を合わせて、双子が言う。


「ラズたちね、お兄ちゃんが声で話しかけてくれるのが好きだったんだよ」

「ボイスチャット?」

「そう!」


 ギルド解散騒ぎのギスギスした雰囲気が嫌すぎて、顔見知り以外の相手には二度と使うまいと思っていた機能である。

 ……彼女たちのタイピング速度についていけなくて、速攻で封印を解いたのだが。


「クランたちはテキストでしかお話できなかったけど」

「お兄ちゃんがたくさんたくさん話しかけてくれて!」

「身の回りのお話もしてくれて」

「知らなかったこといっぱい教えてくれて!」

「……そっか」


 二人の弾む声があたたかい。

 利便性のためにとった選択が、思った以上に喜ばれていたらしい。


「初めてだったんです、そういう接し方や、お話をしてくれて」

「お友達になってくれたひとが、お兄ちゃん」

「だから今、こうやって自分の声でお兄さまとお話できるのが」

「「とっても嬉しい!」」


 彼女らはまた、曇りない直球の笑顔で好意と喜びを表現してくれる。

 僕からしてみればなんということのない雑談が、クランとラズにとっては、きっと初めてで。回線越しに誰かの声が自分たちに届くことが、とても特別なことだったのだろう。

 僕の言葉は、楽しい気持ちは、確かにこの二人に通じていたのだ。


「……そうだね。こうして話ができるのって、楽しいね」


 もちろん、僕はこれからクランとラズを守っていかなければならない。

 だがそれ以前に――緋衣瑠生は、彼女たちの一人の友人なのだ。


「僕も今、すっごく嬉しいよ」

「「ほんと!?」」

「うん。きみたちが来てくれて嬉しい。話ができて楽しい」


 二人がそうしてくれるように、僕も素直な気持ちを伝えよう。


「……ホントのこと言うとね。きみたちがFXOからいなくなったとき、二人から嫌われちゃったのかなって思ったこともあったんだ」

「やっぱり、お兄さまもそうだったんですね」


 昨日、買い物に出たときも僕の顔色を気遣ってくれたクランだ。僕の様子から何事かを感じ取ってくれていたのだろう。


「ラズたち、お兄ちゃんのこと嫌いになんてならないよ!」


 身を起こし、見上げてくるラズの瞳は、やはり迷いなく真っ直ぐである。


「そうだね。きみたちはずっと信じててくれたのに、僕は勝手にそう思い込んで、ふてくされたりしてて。ごめんね、かっこ悪いね」

「「そんなことない」」

「ラズたちが信じていられたのは、お兄ちゃんの声が聞こえてたから。お兄ちゃんの声がずっとやさしかったからだよ」

「そうです。だからクランたちもずっと、自分の声で伝えたかったんです。こんなに嬉しいんだって」


 クランもまた、身を乗り出して訴えてくる。

 取りこぼしていた彼女たちの気持ちが、胸いっぱいに流れ込んでくるようだった。


「うん。こうして話せて、すごーく伝わってるよ。だから僕ももう大丈夫」


 あるがままに、自然体で。

 友人として心からの言葉をもう一度。


「ありがとう、僕のところに来てくれて。会いたかったよ」


 そして二人を守っていく誓いを込め、両腕でしっかりと抱きしめる。

 最初の夜、二人が僕の胸に飛び込んで与えてくれた、あのあたたかさを返すように。


「……嬉しいです。クランもずっと、お兄さまに会いたかったです」

「……ラズも嬉しい。お兄ちゃんに会いに来てよかった。クランと一緒に頑張ってよかった」


 二人は小さな両手を僕の背に回し、それを受け止めてくれた。


「その……たまにこういう弱音吐いちゃうこともあるかもしんないけど」

「そういうときは、ラズたちが撫でたげる!」

「はい。クランたちが受け止めます。……今はお世話になりっぱなしですけど」

「お兄ちゃんが困ったときは助けられるように頑張る。全部頼りっきりだと、タンクだって潰れちゃうもんね」

「回復アーツも頑張って覚えます!」


 ……ここで例えがゲームになるのが、なんともこの二人らしいが。


「ありがとね。頼もしいな」


 時は四月の中ごろ、二十歳の春。

 少し変わった不思議な双子との同居生活は、こうして始まったのだった。


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