双子とゲームとお兄(さま/ちゃん):Day3 その①
1
「それじゃ、いってきます」
「「いってらっしゃい、お兄(さま/ちゃん)」」
「いってらっしゃいませ」
ありふれた挨拶なのに、誰かとそれを交わすのはすごく久しぶりのことだった。週明け月曜日、僕は双子と猫山さんに見送られて大学へと出発した。
目が覚めれば今日も傍らにクランとラズが眠っていて。
ともすれば「実は全部夢だったんじゃないか」と思うような非日常的な週末の出来事も、新たな日常の一部になった――二人の愛らしい寝顔は、そう物語っていた。なお、今日のシーツは無事であった。
自分のことをめちゃくちゃ慕ってくれる、世間知らずで幼い双子の美少女(12)との同居生活・激ウマご飯を用意してくれる美人のお手伝いさん付き。
夢だとしたら無意識下の願望がやばすぎる。ネトゲのフレンド相手になんて妄想だよ。
双子のいる生活は楽しく、危惧された衣食住の諸問題は、強力なバックアップによりほぼほぼ解消されたとみて良いだろう。
しかし、昨日感じた自己嫌悪は未だ胸中で毒を撒き続けており――果たして僕は彼女らの身を預かるのに相応しかったのだろうか、などというネガティブ案件に発展しつつあった。
自宅から大学までは電車一本、ドア・トゥ・ドアで四〇〜五〇分ほどかかる。
最寄り駅からキャンパスまでの道のりは結構な上り坂になっているのだが、バスは混むので、どうしてもだるいとき以外は歩いて登るようにしている。
今月始めに無事2年生に進級し、受ける講義も一新されたものの、学生生活に体感としてさほど大きな変化があるわけでもない。
この日の一限目と二限目もいつものように平和に終了し、毎週二限目を一緒に受けている友人とともに学食へ向かった。
2
学食の麻婆豆腐が、今日はいまいち味がしない気がする。
「瑠生、なんか難しい顔してんね」
テーブルの向かいでナポリタンにフォークを突っ込んでくるくる回しながら、大学における僕の数少ない――もとい、ほぼ唯一の友人こと
「そうかな」
「うん。悩んでますって顔に書いてある」
水琴がナポリタンを頬張る。
彼女とは高校時代からの友達付き合いだが、通っている学校が一緒だったわけではない、予備校仲間である。同じ授業を幾つか受けていた僕たちは、志望校が同じということでよく話すようになり、意気投合したのだった。
僕はもともと人付き合いが苦手で、大学に入ったはいいものの、友人はまったくできなかった。というか、ろくに作ろうともしなかった。サークルの勧誘を受けて見学がてら新歓コンパにも行ってみたものの、結局ノリについていけず入部は見送った。
そんな中で再会したのが水琴である。ロングの黒髪がベージュに染まっているのを見たときは、こいつもウェーイに染まってしまったのかと面食らったものだったが、彼女曰くこれこそ校則から解き放たれた真の水琴さんスタイルだといい、実際おしゃれな彼女によく似合っていた。
「……いやなんか言え」
「ああ、ごめん。ぼーっとしてた」
「重症じゃん……マジでどうした」
……うん。水琴になら、話を聞いてもらうくらいしてもいいかもしれない。
「週末、ちょっと親戚の……遠縁の子が遊びに来てさ。双子の女の子で」
「へえ、いいじゃん。幾つ?」
「十二だって。……その、実際に顔合わせるのは初めてだったんだよ」
僕はクランとラズがうちにやってきたことを説明した。
ただ、『鞠花の研究所が絡んでいることは秘密』というお達しもあるので、大部分はぼかしておく。具体的には、彼女らを預かることになって今も自宅にいるとか、そのために姉の研究所が即日隣部屋を押さえていろいろ送り込んできたこととか、熊谷さん猫山さん周りとかは伏せた。
というかそのあたりまでいくと、そもそも謎案件すぎてそっちに話を持っていかれる。
「……要するに、向こうはお姉さんの紹介で瑠生の素性をだいたい知ってたけど、瑠生は双子ちゃんのことをおとといまで知らなくて――そんなことある? まあいっかなんだっけ、金溶かすやつみたいな名前の」
「FXOね」
「それ。双子ちゃんがそのゲームやめんといけなくなったとき、瑠生はウザがられて切られたんだと思ったけど、実際そんなことなくて、会ってみたらめっちゃ好かれてた」
「まあ、そんな感じ」
「……ハッピーエンドじゃね?」
そこまでをそうまとめると、そうなるよなあ。
「いやさ……百パー嫌われたって思ってたわけじゃないよ? けどやっぱ、どうせそうなんだろって思っていじけてたのが……後ろめたい」
「真面目か」
「だって凄いいい子たちなんだよ」
「あー、子供のピュアさに焼かれた感じ……? 向こうのこと知らなかったんじゃしょうがないって。多分あたしでも同じこと思うよ、そのシチュ」
「なのにごまかすようなことまで言っちゃって。自分の口から咄嗟にそういうのが出てきたのもすごい嫌でさ」
「あ、うん。それはちょっとしんどいな」
「……そこん家の人も『二人のことよろしく』的なこと言うんだけど、一回そう思っちゃうと……僕みたいなのがよろしくされていいのかなって」
ここでいう『そこん家の人』は、猫山さんのことである。
「よしよし大丈夫大丈夫、瑠生が特別心狭いわけじゃないから」
「自信ないよ。本当に僕で良かったのかな」
「……えっ……なんか重くね? 双子ちゃんはあんたの嫁にでも来たの……?」
口を滑らせた、と思う余裕すらなく、僕は弱音を吐いていた。
水琴はそんな僕と天井を見比べながら「うーん」と唸っていたが、やがてぽつりと言った。
「瑠生さあ、ピュアな双子ちゃんの手前、ちゃんとした大人やろうって肩肘張ってたんじゃない?」
「……それは」
水琴には伝えていないが、僕は二人の保護者となるわけで。
そうあらねばならないという意識はもちろんある。
「ちょっと力抜いたら? その、なんとかってゲームやってたときは普通に友達同士だったわけでしょ。あたしがその子らだったら、友達には気楽に、自然体でいてくれたほうが嬉しいけどな」
自然体で……つまり、あるがままに。昨晩の猫山さんにかけられた言葉が思い出される。
クランとラズは幼くて、僕はそんな二人の身を任されて……だけど、そもそもの僕たちの関係は、水琴が言うように肩肘張らずに笑い合えるようなものでもあったはずだ。
「後ろめたくなっちゃうのもわかるけどさ。だったらそのぶん、これからいっぱい仲良くして、かわいがってあげたらいいじゃん」
前向きな言葉の数々に、少し心が軽くなった気がする。
水琴が言っていることは、僕が抱えたモヤモヤを晴らす大きなヒントに思えた。
「……そっか。……そうかもね。うん、そうしてみる。ありがとね、水琴」
「おし、戻ってきたね」
持ち前の明るい笑顔を見せる友人の姿が、過去イチ頼もしく見える。
「でも、瑠生がこんな弱ってるとこ見るの初めてだわ。ちょっと嬉しいかも」
「えぇなにそれ、水琴ってそんな感じだったっけ」
サディスト疑惑がスイと出た。やっぱり頼もしくないかもしれない。
「ドン引き顔やめてもらっていい? そうじゃなくてさ。……あんた、全然人のこと頼ろうとしないでしょ」
水琴の言う通り、僕は誰かを頼るとか、助けを求めるといったことが得意ではない。
「それは……そうかも」
他人に寄りかかりすぎないように、迷惑をかけないように……そして、信じすぎないように。かなり幼い頃から、そんな意識は常にあったと思う。
僕の人付き合いに対する苦手意識の根本はここなのだろう。
「だから、弱み見せてくれて嬉しいって言ってんの」
「そっか。水琴の甘え上手を見習うべきかもね」
思い返せばそもそも、彼女と絡むようになったきっかけは、居眠りを起こしたらついでにノートを映させてくれと頼み込まれたことだ。
「それはそう。真似していいよ」
不敵な笑み。彼女はなぜか得意げだ。
「……うん、少し見習うことにする」
――これから先、クランとラズを守っていくには、僕一人の力ではきっとどうしようもなくて。
現に今、猫山さんや鞠花の「ラボ」の力を大いに借りていて……そして友人に、苦悩に寄り添ってもらっている。
苦手だからといって誰にも寄りかからずやっていくのは、きっともっとしんどい。
「やけに素直じゃん」
「まあ、今日はちょっとね」
ちょっと安心したら急に空腹感が増した気がする。我ながら現金なものだ。
頬張った麻婆豆腐は、いつもの学食の味に戻っていた。
「そういや写真とかないの? 双子ちゃん」
「ああ、ちょっと待って……はい」
僕は昨日送ってもらった写真を画面に表示し、水琴にスマホを手渡した。
スマホケースを買ったときの記念撮影、彼女たちがはじめて撮った自撮りだ。
「……これなんも盛ってないよね? 顔の良さエグいな」
水琴は画面に顔を近づけ、写真をまじまじと眺めている。
気持ちはわかる。僕もそう思う。
「うおかっわ……こりゃ瑠生があんなんなってたのちょっとわかるわ。てかこの服メイド喫茶? 瑠生の趣味?」
「ちょ、勝手に前の写真見ないでって!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます