双子は懐いている:Day1 noon-afternoon その①



 ――いずれにせよ、もう少ししたら二人には瑠生と会ってもらうつもりだったんだ。

 研究熱心な姉が言うには、その上でわが家に双子を預けようというのが当初のシナリオだったらしい。いずれにせよ託児所はうちという筋書きだ。


 機密事項が関わるとかで詳細はぼかされてしまったが、主な理由としては、これから研究室はいつも以上の多忙となり、クランとラズを置いておけない状態になるからだという。

 その預け先として緋衣瑠生が指名された理由も先に語られたとおり、FXOを一緒に遊んだことで、すっかり僕に懐いていたから……というものだそうだ。

 預かり期間は可能であれば長期、もちろん人的・金銭的なサポートはする、とのこと。


 だからって急すぎないか。

 僕も一応、暇を持て余しまくってるわけではないのだけど……。

 姉にはとりあえず、「検討するけどちょっと考えさせて」という返事をしておいた。


 ただ、正直に言うと嬉しくもあった。

 クランとラズは、鞠花が適当に引き合わせた相手が嫌になり、それらしい理由をつけて切ったんじゃないか……という気持ちが、どうしても拭いきれていなかったからだ。

 再会を思わせる、彼女らの最後のチャットを忘れたわけじゃない。

 しかし、今までたった二十年しか生きていないとはいえ、まあまあ見てきた人の醜さだったり、建前の裏側だったり、直近経験したギルドのアレだったりに形作られた、緋衣瑠生の心の暗部が「人間そんなもんだよ」などと囁く瞬間は、確かに存在した。

 ……後ろめたい。人を信じる心を失くした現代人の姿だ。


 またその一方で、戸惑いもある。

 装備の整備、パラメータの説明、攻略アドバイス等々、そこそこ手厚く世話は焼いたと思うし、仲良くなった自覚もあった。

 が、なんというか……たった一ヶ月のゲーム仲間に、そんなに入れ込む? 自宅突撃までいっちゃう?

 世の中には他人にやばい執着心を持つやばいやつもいて、やばいことをやらかすやばいケースも存在するという。

 とはいえ、クランとラズに関してはその手のやばさを警戒する必要はなさそうに思う。

 姉とその同僚たちが保護していた子たちだというし……何より、想像していたイメージよりだいぶ幼い。


「別に怒ってるわけじゃないよ、びっくりしただけ。きみたちがいなくなって寂しかったのは本当だし、また会えて嬉しいよ」


 姉との通話を終え、そう伝えてからの双子は、すっかりご機嫌だった。

 クランは左から、ラズは右から、僕を挟んでソファに座っている。

 二人掛けソファに三人掛けの状態だが、双子が小柄なので意外と狭くはない。彼女らは何をするでもなく、楽しげに脚をぱたぱたさせている。

 ぱっと見は十歳そこらくらいに見えるが、もっと小さな子供か、あるいは人懐こい小動物のようだ。


 ……なんだろうこの状況。

 まさかパーティを組んでいたのがこんなにかわいらしい女の子、それも双子で……繰り返しになるが、ゲーム中に受けた印象よりかなり幼い。

 FXOの最も厚いユーザ層は二十代後半から三十代中ごろと、何かのサイトの集計で見たことがある。僕でも若いほうなので、彼女らは最年少に近いのではないだろうか。


「えーっと、そういえば二人とも、お名前は?」

「クランです!」

「ラズだよ!」


 二人は瞬間的に顔を上げ、眩しく笑う。


「……じゃなくて、リアルの名前。本名」

「クランはクランです」

「ラズもラズだよ」

「そうなの……? 幾つ? 学校とかは?」

「ええと……十二歳、です……」

「学校には行ったことなくて、お姉ちゃんのラボだけ」

「そっか……」


 ――急にわけあり感が増した。

 だが彼女たちのバックボーンについては、鞠花もあまり深く語ろうとはしなかった。わけについてはいずれ話すと言っていた以上、それを待つべきだろう。

 好意的な相手とはいえ……たとえば僕だったら、幼少期の家庭事情なんかを初対面の人間に詮索されるのは、気分のいいものではない。


 ひとまず、そのあたりの話は置いておこう。

 いかんせん唐突ではあったが、自分を慕って訪ねてきた子たちだ。邪険にはしたくないし、せっかくなら楽しく過ごして欲しい。


「まあ、そろそろお昼だし、とりあえず何か食べに行こっか」

「わあ……ラズ、お兄さまとお食事だって!」

「やったね、クラン!」


 双子がはしゃぐ。彼女らの笑顔は無邪気そのもので、心が洗われるようだ。

 せっかくだから何かいいものでも食べて、代金は姉に請求してやろう。


「きみたち、なんか食べたいものとかある? 好きなものとか、嫌いなものは?」

「好きなもの……」

「嫌いなもの……」


 僕の問いに、クランとラズは二人揃って首を傾げてしまった。


「まだわからないね」

「まだ足りないね」

「「お兄(さま/ちゃん)が好きなものが食べたい!」」

「お、おう……」


 なんだか小声で不思議なことを言っていた気がするが、とりあえずリクエストに応えることにした。





 例えば、駅前の中華料理屋が出す激辛麻婆豆腐。

 あるいは、もう少しはずれの方にあるスープカレー屋で食べられる十辛ブラック。

 僕が好物の最上位として真っ先に挙げるとそのあたりのメニューになるのだが、昼食の決定権を託されて初手にこれをお出しするのは憚られる。しかも相手は子供だぞ。

 というわけで、今回は無難に別の洋食屋をチョイスした。僕の好きなメニューだって、別にすべてが激辛というわけではない。


 そうして諸々の準備を整え、住まいであるマンションの二〇二号室を出た僕と双子は、さまざまなお店で賑わう霜北沢シモキタザワの駅前エリアに向けて出発した。

 クランとラズは引き続きご機嫌だった。最初は僕の後ろをついてくるように歩かせていたのだが……思った以上に歩みが遅いうえ、ちょっとした段差でこけそうになるし、歩きながら周囲をきょろきょろ観察していて危なっかしい。

 なので二人には手を繋いでもらい、僕はその背後につくポジションをとった。


「タンクが後方につくのですか?」


 クランが首を傾げる。


「そりゃあゲームと違って、路上の危険はどこから来るかわからないし、都合良く僕にヘイト集めることもできないからね。曲がり道とかはナビするから」

「なるほど、臨機応変ですね!」


 ありがとうございます、と色白栗毛の少女はにこにこ笑う。

 ですます調で喋り、真面目なイメージのある少女だが、ゲーム仲間ならではの冗談が通じ合うのは心地よい。やはり彼女は僕の知るクランだ。


「ん……クラン」


 一方、ラズは何やらもじもじしていた。

 褐色白髪の彼女は、クランとは逆にくだけた口調でフランクなイメージがあるのだが。


「これ、なんだか落ち着かない」


 そう言って、クランの右手と繋がれた左手を持ち上げる。


「ああ、ごめんごめん、そんなに子供じゃないよね」


 十二歳にもなって、おてて繋いで仲良くご安全に、はさすがに恥ずかしいだろう。

 少なくとも、僕がその年頃だったら、もう姉さんと手を繋いで歩くのには抵抗があったと思う。

 二人は小柄で、無邪気で、無防備で、どうにももっと小さな子供……というか、幼児みたいな扱いをしてしまいそうになる。

 が、ラズは首を横に振った。


「ううん、ヤじゃない。ヤじゃないけど……わからない。むずむずする」

「でも、お兄さまの言う通りにこうしていれば、離ればなれになる心配はないよ、ラズ」

「ん……わかってる。多分……嬉しい、だと思う。これ好き」

「クランもだよ。これ、なんだかいいね」

「ん」


 微笑むクランに、目を伏せながらもぎゅっと握り返すラズであった。

 ……思わず深く息を吸い込んでしまう。なんだろうこの感情は。

 まるで生まれてはじめて人と手を繋いだみたいな、初々しいリアクションじゃないか。得難いものを得たような気持ちを噛み締めて、僕は空を仰いだ。

 ――いや、しかし。一緒に育ったきょうだいなら、普通は幼少期に手を繋いで歩いた経験くらいあるのではないだろうか? 年が近いどころか、双子であるならなおさらだ。このあたりもわけありだろうか。……いや、邪推はよそう。


 屋外の自然光に照らされる二人は、改めてかわいらしい。

 顔立ちの良さもさることながら、コロコロとよく笑う。

 大きくまっすぐな瞳は、純真という言葉の具現化がごとく、無垢なきらめきに満ちていて……見つめられると、ひねくれた心が焼き焦がされるような感覚すら覚える。


「あっ、お兄さま! 人がたくさん」


 微笑ましい二人の後ろで尊さやら違和感やらに脳をかき回されているうちに、住宅地から駅周辺の栄えているエリアに近付いてきたらしい。


 ……クランの上げた声に反応して、通行人がちらりとこちらを見たような気がする。


「うっ」

「お兄ちゃん、どうかした?」

「……他の人がパーティにいるときとか、オープンチャット使うときのお約束は覚えてる?」


 双子がはっとした顔をする。覚えていてくれたようだ。

 FXOでは基本、自分のことは呼びたいように呼べば良いというスタンスだったのだが……身内感で野良で組んだ人が居づらくならないように、またあらぬ風評被害を防止するために、三人だけのローカルルールが存在した。


「あれを発動します。……『お兄さま』とか『お兄ちゃん』は、一旦お外ではやめようか」


 リアルでもあらぬ誤解を生みそうだ。

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