双子はどこからやってきた?:Day1 morning



「……で、その……クラン」

「はいっ!」

「とラズ」

「はーいっ」

「が、どうして突然ここに?」


 問うと、クランとラズは胸の前で両のこぶしをぎゅっと握った。


「「お兄(さま/ちゃん)に会いたくて、お姉(さま/ちゃん)のところから来ました!」」


 またも綺麗にハモる。

 勢いのあまり、二人揃って眼鏡が少しずれるタイミングまでぴったりだ。


「姉さん……? きみたち、グズ子のところにいたの?」

「はい。今朝までお姉さまのラボに」

「お姉ちゃんから、連絡来てない?」

「なにぃ……!?」


 何も聞いていない。スマホは……枕元に置きっぱなしだ。今日起きてから、一回も触った覚えがなかった。

 隣の寝室に駆け込み、ベッドの上のスマホを手に取る。指紋認証でロックを外すと、未読のLINEが何件かたまっている。

 ――鞠花姉。未読⑧。


《おっはー》08:28

(ゆるキャラの挨拶スタンプ)08:28

《起きてる?》08:29

《クランとラズ覚えてる?》08:31

《これからあの子たちがそちらに向かうので》08:31

《しくよろ》08:31

(ゆるキャラの挨拶スタンプ)08:31

(クランとラズが並び、その後ろで鞠花がダブルピースしている写真)08:32


 確かに連絡は来ている。来てるけど結局アポ無しじゃねえか。あんま変わらない。

 即座に通話ボタン。そのまま応答を待っていると、しばらくのコール音ののち、気の抜けた姉の声がスマホから聞こえてきた。


「はろー」

「はろーじゃないじゃん。なんか……なんかうちにキッズ来てんだけど」

「お、無事着いてるね。ヨシヨシ」

「いや、じゃなくてさ。急に何、どういうこと?」

「LINE見た?」

「今見た。で、かけてる」

「あー、急ですまない。多分名乗ったと思うけど、クランとラズ。覚えてるかい?」

「そりゃあ、もちろん……」


 忘れるわけがない。

 いきなり姉に引き合わされて、仲良くなったと思ったらいきなりいなくなるという、たった一ヶ月で絶大なインパクトを僕に残した相手だ。


「そこにいるのはそのプレイヤー本人だよ。その子たちは、とりあえず……ウチのラボで預かってる子たちだと思っておいてくれ」


 僕より四つ上の姉である鞠花は、とある大学の附置研究所に所属している。それも僕が通うような中堅レベルではなく、名だたる一流のだ。

 僕はそういったテクノロジーに疎いほうで、詳しいことはよく知らないのだが、コンピュータやらインターネットやらに関連する技術を日夜研究しているのだという。

 有名企業と協力して最新のスマートデバイスにも載るようなシステムも作っているとか、医療分野にも応用可能な技術を実用に向けてどうとかこうとか……みたいな話も聞いたことがある。


 とにかく、先程の雑なLINEからは信じられないくらい、姉は頭がいい。こんなふわふわした説明しかできない僕とは、おそらく脳の構造からして違うのだ。


 だが、「ラボで預かってる子たち」とはどういうことだろう。

 言葉どおりに受け取るなら、なんらかの理由で鞠花らが身辺の面倒を見ている子供たちということになる。……職員の家で預かってるとかじゃなく、研究所で?


「……なんか変な実験の実験台とかにしてないよね?」

「変な実験とはなんだい変な実験とは。まあ色々わけあって……わけについてはいずれ話そうと思うが、今は私たちが彼女らの保護者のようなものなんだ。二人とも、普通の女の子だよ」


 歯切れが悪い姉だったが、ここでそれを深掘りをするのは憚られるように思えた。


「その普通の子に変なことしてなきゃいいんだけど」

「大丈夫だって。少々研究の協力はしてもらっていたけどね。一緒に『FXO』遊んだろう? あれもその一環だ」

「ネトゲで遊ぶのが?」

「ああ。二人にとっては楽しい遊び、われわれは研究データが集まる一石二鳥というわけだ。まあ研究の性質上、ちょっと軽々しく口外できないものだから、詳細についてはすまな――」

「ちょっと待って、それ僕たちが遊んだり話したりした内容、全部姉さんに筒抜けだったりしないよね」

「……うん、その、実はいろいろあって中はほとんど見れていないんだが、ログ自体はバッチリ取っているね」


 取っているねじゃないんだよ。

 特に見られて困るような言動はしていないはずだが、先に言って欲しい。この件についてはのちのち問い詰めねばなるまい。


「で、その二人が突然うちに来たのもその研究のなんか? 姉さんの差し金ってことかな」

「そうでもあるし、そうでもないともいえる」

「そういう煙に巻くみたいなのやめて」

「いや本当だよ。いずれにせよ、もう少ししたら二人には瑠生と会ってもらうつもりだったんだ。これが『そうでもある』方」

「はあ」

「だけどその子たち、瑠生に思いのほか懐いちゃってて、もう会いに行くって聞かなくて。こっちが『そうでもない』方の事情」


 一呼吸置いて、鞠花は言う。


「彼女たち自身の意思だよ」


 なるほど、それで住所を教えるか何かしたわけだ。

 来訪者の方をちらりと見やる。

 彼女らは二人並んでこちらの様子を見守っているが――僕が苛立った語気で通話してしまったせいだろう、その表情は少し不安げに見える。


 ――お兄(さま/ちゃん)に会いたくて。


 宝石のような目を輝かせてまっすぐこちらを見つめる、先程の姿が脳裏に浮かぶ。

 いきなりで驚きはしたけれど……こんな子たちにそんなこと言われて、怒れないよなあ。


「うん、まあ、わかんないけど、わかったよ。姉さんのそういう唐突なのは、いつものことだしね」

「ありがとう瑠生! 恩に着るよ」

「はいはい。今日暇してて良かったよ、ホント……。それで、帰りはどうする? 何時くらいにどこまで送ってけばいい?」

「帰り?」

「双子ちゃんの」

「ああ、クランとラズ……そのまま瑠生のとこで預かってくれない?」

「なんて?」

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