第31話 妖精伝説

降臨後の天界は騒々しい事になっていた。

事情聴取を終え解放されたウルは

最下層のゲートまで下りた。


降臨が終了しゲートは戻りの一方通行だ。

床の魔法陣は薄っすらと輝きながら回転している。


ウルはぼんやりとその輪を見つめていた。


「ここにいましたか」


同じ四大天使であるラハが

今しがたウルの下りた階段を下りて来た。

追ってきたのだろうか。


「戻って来てないのか」


ウルは振り向かずにそう聞いた。


「ええ、あなたの盾と槌は戻ってきていませんよ」


分かっていてわざと間違えているのか

ウルはラハの返事に少し腹を立てた。


「槌は完全に破壊された。戻らん

盾は知らんが・・・・

俺が聞いたのは武器の事じゃあない。」


「ミカですか?戻ってませんよ」


手すりに肘を掛け光輪を覗き込む様に立つウルとは

反対向きになる様に背を手すりに預けると

ラハはそう返事をした。


「どう思う?」


ラハはウルの話し方が好きでは無い。

主語が抜けている事が多く

こちらが色々と察して答えなければならない

自発的に気付いてもらう為

たまにわざとカン違いの答えを言ってみるのだが

まるで「バカか」と言わんばかりの顔になる。


「戻らない理由ですか」


「他に何がある」


出た。

この顔だ。

見たくないので反対側を向いたラハだったが

なぜか見てしまう。


これから言う推論はウルも想定している事であろう

なのに自分からは話さずラハに聞く、

他人から情報だけを欲している。

自分の推論に穴が無いか確認したいのだ。


「そうですね。地上に封印されたか

最悪は悪魔側に捕縛された」


降臨終了の引き戻しの力は大きな力を

保有する者程、強く作用する。

下級天使ならば残れるかも知れないが

大天使クラスが帰還の力に単独で抗える方法は無い。


「あいつは・・・それ程の奴なのか」


あいつ

それはウルとラハ自身を屠った魔神の事であろう。


「魔神だったのでしょうか」


変な表情になるウルを見て

ラハは、これは想定外の答えだったと知った。

先程、終えた事情聴取と同じ話を

ラハはウルにも語った


「あなたを大気の外側を連れ出した敵を

私は大気の中で待ち構えた。

圧倒的に有利な態勢だったのに時間停止で敗れましたよ」


「・・・バカな」


ウルはその後のセリフを飲み込んだ。

言えば現実になりそうな気がして嫌悪したのだ。

しかし、ラハはあっさりと言ってのけた。


「魔王だったのでは」


こちらでも時間停止を行えるのは一部の神だけだ。

悪魔側で可能なのは魔王クラスだけだ。

それならば格の違いから

大天使に封印、あるいは呪いを掛ける事も

十分に可能になる。


「いや・・・あいつは・・・」


その後のウルのセリフにラハは

ウルが正気を失ったのだと判断した。


「森の妖精だ」



女神ユノは椅子の手すりに両手を置き

その上に額を乗せ突っ伏していた。


「此度こたびの作戦、自分としては

間違っていたとは思いません」


ユノの傍らに控える戦略神ミネバは

そう言った。


「しかしながら、私の時ならばともかく

豊穣神を派遣する時に行うのは反対です」


「当たり前です」


顔を起こす事なくユノはミネバに言った。

豊かな実り。それが神格の豊穣神に

大虐殺など、なんと残酷な仕打ち

存在の定義を失い消滅してしまっても

おかしく無いのだ。


この事実を知った時

ユノは夫であり最高神でもあるエグザスを

滅多打ちにした。

当分、再起不能だ。


「見苦しいわ。最後までワシじゃないなどと」


エグサスの指示だった事は大天使の報告で

ハッキリしていたのだ。

降臨と同時に身を潜めチャージ攻撃で魔神どもを葬る。

何が巻き添えになっても構わない。


その何がに女神すらも入っていたのだ。


「可哀想なヴィータ。どれほどの苦しみを味わった事か」


そう嘆き、再び涙するユノ。


「心中お察しいたします」


ミネバも他に言葉が無い。

これ以上ない悪手である事は明白だ。


そんな時に扉が開き

侍女の天使が入って来た。

かなり慌てている様子だ。


「ユノ様。ヴィータ様がお目覚めに」


顔を上げるユノ。


「容態は、どうなのです」


侍女の天使は返事の変わりに跪いて畏まる。


「・・・ユノ様。ご挨拶が遅れまして

申し訳ございませんでしたわ。」


青い髪をなびかせながら部屋に入って来るヴィータ。

ユノは慌てて椅子を立つとヴィータまで小走りで駆け寄った。


「体の具合は?大丈夫なのあなた」


壊れ物を扱う様にそっと、丁寧に

ヴィータの肩や肘に手を添えるユノ。


「はい。ご心配をお掛けいたしました」


ヴィータに続いてもう一人

部屋に入ってくる神がいた。

医学の神「イクスファス」だ。


降臨終了で帰還したヴィータは消滅こそしなかったものの

意識不明の状態だった。

彼に預ける以外の手段は無かった。


「イクスどうなのですか」


入って来たイクスファスに気が付くなり

ユノは大声でせっつく。

彼の説明は驚くべき内容だった。


ヴィータはノーダメージだ。

しかし一切の記憶が欠如していた。


降臨そのものの記憶を排除する事で

神格の崩壊を回避したのだと

イクスファスは説明をした。


「あぁ良かったわ」




「申し訳ございませんユノ様

聞けば何でも私は審判を途中放棄したとか

折角の勝利を無駄に・・・何とお詫びすれば・・・」


「いいのよ。いいの

あなたが無事である事に比べれば

そんな事は些末な事よ

私の名において不問にさせるわ。

とにかく今は休んでちょうだい。

ああ、可哀想な娘

酷い仕打ちでしたわね

エグザスは叱っておきましたからね」


「ありがとうございますなのだわ。」


どこか呆けている様子のヴィータ。

一切の記憶が無いから実感が湧かないのは

当然としても様子が変だった。


「本当に大丈夫なのあなた。

様子がおかしいわ心配だわ」


「ユノ様・・・。」


「なあに」


「何も思い出せませんが、ここが

胸の奥が焼け着くような・・・・」


頬を赤らめてそう言ったヴィータ。


「あら・・・あらあらまあまあ」


大袈裟に驚いて見せるユノ。


「何なのでしょうか・・・これは」


「ヴィータ、それはね

あなた地上で恋を経験してきたのよ

ああーん覚えていないなんて残念だわ

お話が聞きたかったのにー」


騒ぐ女神二人を尻目にイクスファスは

ミネバを手招きした。


ミネバはユノに気取られない様に

イクスファスについて別室まで移動した。


二人きりになるとイクスファスは

真剣な面持ちで話し始めた。


「ヴィータ様の記憶ですが・・・」


「うむ」


「正確に言いますと覚えていないのでは

ありません。最初から入っておりません」


「どういう事だ?降臨はしていたのだろう」


「はい。詳しい調査が必要ですが

私が思うに恐らく・・・」


そこからの報告は信じがたい内容だった。

神・悪魔・人間の三界以外からの介入によって。

ヴィータは別の何かに完全に乗っ取られて

地上で行動していたというのだ。

当然、行動方針も起きた出来事の記憶も

乗っ取った何者かが所有しているとの事だ。


「覚醒状態であれば記憶も共有出来たやもしれませんが

地上に居る間はずっと休眠状態のようでした」


「神がその存在を乗っ取られるだと」


バカバカしい

話にもならないと一笑に付したかったが

イクスファスは冗談を言う男ではない。

戦略神としても想定外があってはならない。

ここは詳しく聞くべきだが

本能が恐怖していた。


これが本当なら

自分だって乗っ取られる可能性があるのだ。


「はい、信じがたい話ですが

結果・事実から導き出される

最も可能性の高い推論でございます。」


「神・悪魔・人・・・いずれでも無い存在だと」


ここでミネバは嫌な報告を思い出した。

今回は無様な活躍だった

四大天使のとち狂った言い訳がましい報告だ。


「森の妖精・・・・。」

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