第30話 ForBeautifulHumanLife
不規則な振動が続いていた。
そしてそれは次第に大きくなっていく
ハエは確実にヨハン達を追って来ていた。
来る時に利用した氷塊は
まだ十分な大きさで残っていた。
二人は乗り込み堀の外へ急ぐ
屍馬はまだ大人しく佇んでいた。
そこまで到達した時
城の広場からハエが空に飛び立つのが見えた。
マズい
速い。
掘の水面でまだ光っている
信号弾の玉に攻撃を仕掛けていた。
本当に動く物には何でも攻撃を
仕掛ける命令のようだ。
「なんすかぁああキモいいいいいっすよ」
信号弾を見て駆けつけて来たチャッキーは
開口一番そう絶叫した。
ハエはその声に反応し顔をこちらに向けた。
聴力もあるようだ。
「口から酸のブレスを出すぞ」
「私でも溶けちゃいます」
二人はチャッキーの横を素早く通り過ぎる。
「え?え?」
ブブブブブブブブブブブブ
身の毛もよだつ羽音を立てて
凄いスピードで10mのハエが襲い掛かる。
「きゃああああああああああ」
悲鳴を上げチャッキーは二人に追いついて来た。
そういえばエルフの里の食事でも
悲鳴を上げていた。
チャッキーも虫が苦手なのだ。
「マジだめマジ勘弁してください」
チャッキーは泣き叫んだ。
固まっているとマズい
ヨハンがそう思った瞬間ストレガに突き飛ばされた。
見れば反対側の手でチャッキーも突き飛ばされて飛んでいる。
突き飛ばし終わったストレガは踵から炎を噴射し素直上昇した。
間一髪、丁度誰も居なくなった場所に
酸のブレスが見舞われた。
異臭と煙が立ち込める。
目に染みる。
直撃でなくてもコレだ。
屋内でなくて本当に良かった。
空中で一回転すると
ハエの背後を取るストレガ
左手を翳して弾丸を連続で射出した。
いくつか命中した。
弾が貫通した事で羽の機能が低下したのか
ハエは斜め下に回転しながら落下した。
ほっとしたのもつかの間
ハエは物凄いスピードで地面を走ってきた。
飛行していないのに羽音をさせている
そのお陰で位置はよく分かった。
チャッキーに向かっている事もよく分かった。
「そっちいったぞ」
「なんで俺なんすか」
「ハエに聞け」
迫りくるハエの後方
上空からストレガが雷撃や射出など援護をしていたが
どれも決定打にならない
自然界の虫と体を生成している物質そものもが異なるようだ
異常な防御力を誇っていた。
抜群の運動神経をフル活用したチャッキーの体術だが
相手はデカい上に速い
距離を稼げず
見る見る追い込まれていく
「やべぇ!!」
とうとう背後に岩壁を背負ってしまった。
追い込まれた。
ハエの口の辺りがブレス前の独特な動きを始めた。
「地より聖なる裁きを・・・」
出来るとか出来ないでは無かった。
他に無かったのだ。
「英知は風に・・・」
残りの寿命で成就するハズは無かった。
「泉より慈愛を・・・」
そもそも神の加護を無くしてから
もう結構な時間も経過していた。
「天の炎よ邪なる者を祓いたまえ」
だが
それが何だって言うんだ。
出し惜しみ無しだ
全部もっていきやがれ
「くらいやがれクソ虫が!!」
激しく銀色の輝きに包まれるヨハン。
「四聖道(しせいどう)・獲凛空知(エリクシル)!」
アモンを屠ったあの秘術が発動した。
まるで昼間の様に辺りは色を取り戻す。
中心部は眩しい白一色。
その光の玉は真っすぐにヨハンからハエ目掛けて
瞬間的に飛んで移動する。
命中した箇所から
お湯をかけられた角砂糖のように
崩れていくハエ。
「ギギッギイギギギッギ」
どこで音をだしているのだろう
断末魔の悲鳴を上げながら
ハエの全身は連続的に崩れ去り
あっという間に砂になった。
線香花火の最後の様に
ゆっくりと光は退場していき
辺りはさっきまでの夜と同じ空間に戻った。
火薬が尽きたストレガは重力操作のみになり
地表付近まで下りて来る。
表情は今目の前で起こった事に
度肝を抜かれ呆けた顔だ。
被弾面積を最小にするために
縮こまっていたチャッキーは
恐る恐る腕のガードを解いた。
目の前にはハエの化け物の
変わりに砂の山が出来ていた。
ヨハンはゆっくりと倒れた。
「嫌ぁあお兄様ーーー!!」
転がるようにヨハンの元まで進むストレガ。
「嫌です。また・・・失うなんて」
うつ伏せのヨハンを仰向けにして
ストレガは揺さぶった。
チャッキーは立ち上がり
脅威が去った事を確認すると二人の元まで歩み寄った。
「秘術・・・ってやつを使っちまったのか」
エルフの里で聞いていた話を思い出す。
二つ使用しただけで中年から老人になった。
寿命を代価にする危険な術。
そのせいで門外不出、教会内でも極一部しかその詳細は知らない
正に秘術だ。
「ふざけんなよ!恰好つけすぎだろ」
吐き捨てる様にそう言ったチャッキー。
セリフの最後の方は涙声になっていた。
「いや最後くらいカッコよくてもイイだろ」
ストレガに膝枕されたまま
目を開けてヨハンはそう言った。
「ん?声が若いな・・・。」
ヨハンは自分の発した声が老人のそれで無い事に
違和感を覚えたが、今の自分は改造人間だ
普通の人間と同じような老人の状態に
体が変化するとは限らない事を思い出した。
前回とは違うのだ。
ストレガとチャッキーが抱き着いて来た。
二人ともわんわん泣いている。
毒の霧はもう無い。
セントボージの子孫達もこれで帰る事が出来るだろう。
100年の責め苦の果て家臣に救い出された魔王も
今頃は魔界に着いたのだろうか。
羨ましいと思っていた。
自分には帰る所が無くなってしまった。
だから帰れるなら帰った方が良いと
しかし、今のヨハンに嫉妬や羨望は無かった。
帰るトコロとは
必ずしも形ある
座標の存在する地点だけでは無いのだ。
「今頃になって分かるとはな
人生ってやつは本当に・・・」
ソフィが勇者を誘導して現れた。
ハンスはやっぱりおぶさっている状態だ。
「状況は?!」
身動きが取れないヨハンは軽く答えた。
「もう終わった。説明は後でもいいか」
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おまけ
「サブタイ・・・カネボウじゃぞ」
「何ぃ?!」
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