第29話 いつぞやの決断

ヨハンは一人用の荷車、一輪車に上半身のみに

なったオーベルを取り合えず乗せると

扉が回転しない様にその辺から障害物になる物を

物色して積み上げていく。


この程度で封鎖出来るとは思えないが

時間稼ぎにはなるだろう。


「顔しか見えなかったがアレはどの位でかいんだ」


一通り障害物を積み終えたヨハンは

振り返ってオーベルに聞いた。


オーベルは知りうる限りの情報を提供した。


腐敗の魔王 ビルジバイツの術で

ハエ型の疑似魔法生命体。

顔の大きさから全長は10m程度

生殖能力は無く

充填された魔力が尽きるまで行動可能。

今現在、ビルジバイツの意識が消失している為

術を行使した段階の命令で動いている。


「つまりビルジバイツの命令しか聞かない。

その魔王はもう新しい命令を出せない状態。

どんな命令だったか聞く事も出来無ぇワケか」


術を行使したのは封印される直前の足掻きだとすれば

出された命令はロクなモノでは無いだろう。


「暴れろ全て破壊せよ・・・辺りかのお」


「オーベル。ビルジイバイツに引っ越ししろそれで命令を出せ」


さらっとスゴイ事を提案するゲカイ。

顔は真顔だった。

確かにそれで止められる。


「ふざけるな!主にそのような無礼が働けるものか」


当然怒るオーベルだがゲカイは冷静に諭した。


「どのみち、その状態では長く無い

お前がコントロールして体を維持すれば

魔力の回復の手立ての可能性も残る。

上手くすれば私の撤退に便乗出来るかも知れない。」


加えてゲカイは自分が降臨の引き戻しの波に

耐えて残っている状態である事も説明した。


「確かにそれならばゲートを通過出来うるやも知れん」


顎に手を当て考え込むオーベルだが

ゲカイは強めの口調で振り返り言った。


「ただ彼等の、人間達の裁きを躱せればの話だがな」


面食らうヨハンにゲカイは続けた。


「これが私の答え。魔王を魔界へ連れて帰る。

しかし、オーベルと魔王を滅するというなら

ここからは敵になる」


いつぞやの夜の決断、これがゲカイの答えだ。

ヨハンの戦闘力は知っている。自身の解除選択を

誤ればゲカイはヨハンに瞬殺される事も理解している。

その上で

その上での決断だ。

普段は感情が読めないゲカイだが

この時ばかりは戦慄が、恐怖に抗う気迫が

見て取れた。

振り絞る勇気、それでも足りず

ツインテールは小刻みに震えをヨハンに悟らせてしまっていた。


その震えがヨハンに初めて

ツインテールを可愛らしく思わせた。


ヨハンの脳裏にアモンの顔が過った。


「帰れる所があるんだろう」


ここで魔王と魔神二人を葬る事は出来る。


でもなぜだか分からない。


あの黒い感情が今では嘘の様に消えていた。

葬るより帰れるなら帰ってもらいたい。


視察に来ると決めた時の気持ち

その答えは今目の前だ。


もう戻れない辛さは消えない。


大勢の人が亡くなった怒りも消えない。


けど、それは目の前の魔界の住人を

滅しても変わらないだろう。



なぁ兄貴

これでいいか

いいよな

あんたでもきっとこうするよな。


「直ぐに帰ぇんな。虫はこっちでなんとかする」


「それならば、せめて討伐を手伝ってから」


協力を申し出ようとするゲカイの言葉を

遮る様に優しくヨハンは言った。


「ただでさえ遅れているんだ。それで

魔王救助が間に合わなくなったら元も子も無ぇ」


ヨハンはゲカイの肩に手を置いた。


「その替わり、その魔王とやらは

救ってやってくれ。その上で

向こうのアモンにどうするか聞いてくれ」


もう片方の手は自分の胸に当てる。


「こっちはこっちのアモンの言う通りにするぜ」


多分こう言うよな。


ヨハンは振り返りながらストレガに言った。


「なんて勝手に決めちまったが・・・・いいよな」


ストレガは素直に頷く

どこか嬉しそうにも見えた。


「お兄様がいいなら私は何も」


悪魔達は直ぐに行動に移った。

オーベルは屍人から胎児に移動し

胎児に粘膜経由で魔力を補充する。

見るに堪えない絵だったので

ヨハンは背を向けて終わるのを待った。


胎児は言葉を発する事は出来ないようだが

ゲカイと意思疎通は可能なようだ。

ゲカイはこの状態ならば

ゲート通過の際の負荷は問題無い事を伝えて来た。

ビルジバイツの意識は戻らないそうだが

存在の消失は回避出来たようだ。


「では、波への抵抗を中止する」


準備が終わったゲカイは胎児を抱きかかえて

そう言って来た。


姿は半透明になり

背後に渦巻く闇が浮かび上がる

あれがゲートと言われる物だろう。


「達者でな」


軽く手を振るヨハン。


「向こうのお兄様によろしくお伝えください」


丁寧にお辞儀をするストレガ。


「それと、理由はどうあれ結果的に

私を誕生させて頂いて感謝しています

オーベルさん。ありがとうございました」


お辞儀をしたままなので表情は見えなかった。

どんな顔をして言っているのだろうか

ヨハンは口には出さなかったが

少し気になった。


「あ・・ありが・・・」


ゲカイは非常に言いにくそうだ。

そして言い終わる前に吸い込まれて

消えていった。


まるで幻だったかのように

薄暗い地下通路にヨハンと

ストレガの二人きりになった。


しかし、幻で無かった事は

バリケードで塞いだ向こうから

響いて来る音で確認出来た。


「さて、城の外まで逃げるか」


「通路で、あのブレスじゃ

どうにも対処出来ませんもの」


勢いよく駆け出す二人。


「で、何か策はございますかお兄様」


「溶け切らない位でかい弾は撃てないのか」


「私の体の強度では、あれ以上の

大きさの弾丸は射出出来ません

腕の方が壊れてしまいます」


改造人間の全力疾走に浮遊と噴射で

追従するストレガ、早送りの映像の様に

物凄いスピードで二人は城の中庭まで出て来た。


外に出て周囲を確認する。

魔王の封印がもう機能していないのならば

人を寄せつけなかったあの毒霧は

もう発生していないハズだ。


ヨハンの予想どおり

終始堀から立ち上っていた霧は

嘘の様に消え景色を見る事が出来た。


「勇者と合流したいぜ」


そう言ってヨハンは懐から

ソフィから渡された信号弾を打ち上げた。


派手な音と光それと独特な匂いを放つ

色の着いた煙が弾の軌跡を教えていた。

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