第26話 城内へ突入

視察の時と同じ道でヨハンは進んだ。

その時には無かった轍。

今しがた出来たばかりの轍だ。

間違いなくここを通っている。

慎重にに歩みを進めると掘りまで来た。


馬車はそこで停められていた。

ゾンビ化した馬は意外に大人しくしていた。

もしかしたら草食動物は安全なのかも知れない。


肉食動物は生きる為

本能で他の動物に襲い掛かる。

自我を失った屍は本能のみで行動しているなら

馬は恐らくただ走るのみになるのかも知れない。


デビルアイは解除とは別の能力なので

同時起動が可能だった。


「馬車の中には誰もいないわ」


馬の処理は後回しだ。

今はオーベルを追う方を優先する。


足跡がいくつも堀へと続いていた。

やはり屍には毒も溺れも無い

このまま徒歩で堀を渡ったと思われた。


「さて、どうやって渡ったものか」


「私に考えが有ります。少し時間を下さい」


ヨハンの言葉にストレガはそう答えて

ゆっくりと水面辺りまで下降していった。

杖の先端を水面につけると

何やら呪文を唱え始める。


「これは・・・氷の魔王の・・・」


呪文を聞いてゲカイが驚いていた。

どうやらアモンから継承した魔王図鑑とやらに

記載されていた術のようだ。


杖の先端からパキパキと音を立て

見る見る内に巨大な氷塊が出来上がっていった。


「乗って下さい。私が押します」


氷の表面はすぐ下辺りまで盛り上がっていた。

ヨハンはゲカイを抱きかかえると

そのまま飛び下りた。


「行きます」


浮遊したままストレガは

進行方向とは反対側に回り

氷塊を押すような恰好を取ると

踵部分から炎を噴き出す。

体内の火薬の備蓄は昨夜の内に

一人で行っていたのだ。

彼女は睡眠を必要としないので

夜中に色々行うクセがあった。


巨大な氷塊はゆっくりと加速していき

ヨハン達を乗せたまま城壁まで進む。


「OKだ。」


そう言うとヨハンはゲカイを抱きかかえたまま

氷塊から跳躍し城壁の上に着地

壁で見えなかったが庭があった。

見張りも罠も無いようなので

そのまま庭に着地した。

五感を研ぎ澄ませ周囲を窺うが気配は無い。


「とりあえず安全」


ゲカイもデビルアイで周囲を走査していた。

そこへストレガがゆっくりと地表に下りて来た。


「地面には張れませんが、気休めにはなります」


そう言うと杖を構え呪文を詠唱し始めた。

これはヨハンにも聞き覚えがあるフレーズ

防音の結界だ。

少しでも音を立てない配慮だ。


「毒の解除はもうしなくてOKだぜ」


ヨハンはそう言ってゲカイを降ろした。

ヨハンは肌や匂いで城の部分は

毒が無い事を確信していた。


視察の時も見たが今も毒は周りの

堀から発生し周囲に広がって行っている。

城は丁度、台風の目の様に

その被害を免れている状態だ。


寄せ付けないのは当然だが

逆に城から出さない為とも取れる仕組みだ。


見上げると派手に城のあちこちが破損している。

破片に苔などが無いことからも

つい最近に破壊されたと思われた。


これはオーベルでは無い

視察の時点でも確認していたのだ。


地面には濡れた足跡と

引きずった様な跡があった。

壁を乗り越え飛び降りる際に

足を破損した屍人は這いつくばって

移動したものと思われる。


跡はすぐ近くの扉に集まっていた。

あそこから場内に入ったのだ。


日は完全に落ち

空には星が見え始めた。


「灯りは必要ですか」


そう尋ねて来るストレガ。


「細かい作業をする訳じゃ無ぇ

俺は星明り程度でも転ばない程度には

見える。猫と良い勝負だ」


ストレガは元々暗視スキルがある。

ゲカイもデビルアイで問題無いので

明かりは目立つだけの逆効果になってしまう。


このまま進む事にした。

入り口から入るとすぐ近くで

這いつくばっている屍人が

襲い掛かるべく這いよって来たが

ヨハンの蹴りで突き当りまで飛んで

潰れた。


「魔力使用しなくてコレなのよね」


純粋な肉体の力だ。

魔神という超越的な存在であるが

受肉のため身体能力は

見た目通り少女程度しかないゲカイには

ヨハンの体術は魔法より

信じがたい出来事の様だ。


「兄貴比べりゃカワイイもんだ」


それはその通りだが

魔神と同列に語る自体が異例の存在だ。


「技術ではヨハンお兄様のほうが優れていますわ」


ストレガが気を使ってそう言って来た。

絶対アモン娘にしては珍しい。

ヨハンは礼を言って置いた。


ヨハンの耳が頭上からの足音を捕えた。


「上に行ったのか」


ストレガがすかさず杖を壁に刺し自分の耳を杖に当てる。

音の発生地点を探っているのだ。


「複数・・・すぐ上も・・・更に上にも」


一体一体、罠替わりに配置しているのだ。

それを潰して行けば最後はオーベルに辿り着く。

そう提案して階段を探そうとしたヨハンだが

ゲカイに止められた。


「それは囮、オーベルは恐らく地下」


そうだ。

足元から感じている悪寒。

封印は地下だ。


倒すつもりの罠なら

全戦力、つまり残り全員の屍人を

絶対に通る箇所に集中して配置すべきだ。

ここまで追って来た相手だ。

倒すつもりは無い、倒せる事を

そもそも屍人に期待していない。

時間稼ぎのフェイクに使ったのだ。


「へ、大分切羽詰まって来たのかね

オーベルとやらも」


引っかかりそうになったクセに

そう言いそうになるストレガだったが

喉元で食い止めた。

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