第25話 罠を掻い潜って

再び荒野を進む

左手には例の渓谷が近くに見えて来る

辺りまで来た時、馬車が減速した。


「・・・・一台いるわ」


馬車を停止させると

腰に装着したバッグの中から

望遠鏡を取り出し覗き始めるソフィ。


ゲカイも前に出るが

直ぐに引っ込んでしまった。


肉眼で人物が特定出来る距離で無いと

判別不可だそうだ。


望遠鏡を覗くのを止めるとソフィは言った。


「報告にあった一台と特徴が合致するわ。

ただ、妙・・・よね」


その馬車は周囲に何も無い場所で停車していた。


何より奇妙だったのは馬車を引く為の

馬が居なくなっている。

水を飲ませる為に一時的に外す事はあるが近くに川も無い。


「まぁ調べるしか無ぇワケだが・・・。」


ヨハンはそう言ってソフィに慎重に

その馬車に接近させていく様に指示した。

中の面々は臨戦態勢を取った。


「何か変な感覚です・・・仲間?」


ストレガがそう言った。

彼女が言う仲間とは


「体温を持つ者は居ない!」


20m付近まで接近した時ゲカイが叫ぶ。

デビルアイを起動させている状態だった。


ストレガの仲間。

体温を持たない者。


ゲカイの叫び声が合図だったかのように

馬車から人影が数人転がり落ちて来た。

落ちて来る誰もが受け身を取らずに

地面に叩きつけられるも

痛がる様子も無く

ゆっくりと起き上がった。


「やりやがったな・・屍人、ゾンビだ」


「腐って無く無く無いっすか」


「出来立てほやほやなんだろ」


男子二人のやりとりに構わず

ストレガは窓から飛び出した。


「念の為に聞きます。助ける方法は」


着地と同時にそう叫ぶストレガ。


「無いわ!!馬車に戻って

奴らの足は遅い。振り切るのは簡単よ」


ソフィはそう答えて

手綱を操作し馬車の向きを変えた。


「放置出来ません。始末します」


そう言って

こちらにヨタヨタと向かってくる屍人に

向かって走り出すストレガ。

2~3mの距離まで接近すると

左手を構える。


「----!!」


小さめの鉛を複数装填すると射出した。

偽装の為の呪文も叫ぶ。

派手な炸裂音が響き屍人は下半身を残し

挽肉になって吹き飛んだ。


御者の席から立ちあがったソフィは

太ももに括りつけたホルダーから

短い棒状の物を取り出すと片手で素早く広げる。


扇だ。


アモンが好んで使用していた文字が書かれている。


「火傷するわよ」


ソフィはそう言って扇を横に払った。

中空構造になっている扇の支柱から

針が飛び出し、まだ距離の離れた屍人に刺さる。


ヨハンは興味深く彼女を見た。

屍人は痛みも恐怖も感じない。

あの程度の攻撃では威嚇にもならない。

元冒険者で今は政府の依頼で動く彼女が

そんな事を知らないハズは無いので

一体何が起きるのか興味深々だ。


案の定、針の命中した屍人は

反動に体を揺らめかせただけで

歩みを止めなかった。

しかし、直後に

命中した箇所から炎が噴き出し

衣服に引火すると

屍人は見る見る内に炎に包まれ倒れた。


「俺ら出番無くないっすか」


「近接格闘の出番は・・・まぁ

近づかれてからでイイんじゃ無ぇか」


チャッキーのぼやきにそう答えた

ヨハンだが武装を解き始めた。


これは出番が無い。


現に数人居た屍人は女子二人に

あっという間に片づけられてしまった。


「本当に威力の低い呪文は苦手だったのね」


木端微塵に吹き飛ばされた屍人の残骸を

眺めソフィはそう言った。


試合の時は当然、殺したらいけないので

我が身に使われる事は無かったが

何かの時、もしストレガが敵に回るとなれば

あの電撃の替わりに今回の術が見舞われるのだ。

ソフィは、ぞっとした。


「いえ・・・それ程でも」


今の射出は悪魔ボディの機構を使用したモノで

魔法では無かった。

今の所、ストレガが出来る魔法は

防音などの戦闘には向かないモノばかりだ。

それなので、あまり感心されると良心が痛むのだ。

見舞われる方にはどっちでも同じなのだが。


「マジ俺ら要らなくないっすか」


「そう言うな。きっと活躍する場面が来るさ」


と、言いつつ

来ないような気がしていたヨハンであった。


罠が仕掛けてあった。

屍人を作り出す能力。


これはつまりオーベルがこの先に居る証明だ。

南の方がフェイクという事になる。


ヨハン達の向かう方角で正解だったのだ。


念の為に残された馬車を調べるが何も

変わった所は無かった。

居なくなった馬はそのまま逃走用に使われたと思われる。


追跡を再開すると同じ様な馬無し放置馬車が

いくつかあり、いずれも旅人が屍人化されていた。

同じ様に処理していく。


「これで残り一台よ」


パウルとの交信で渓谷方面に向かった

該当する馬車の事だ。

いずれも罠に使用され

とうとう本命の一台が残った。


「良かったぜ。屍人はうんざりだ」


死後間もないせいもあり

見た目は普通の人間に見える。

それを焼いたり吹き飛ばしていくのは精神的に来る。

かと言って、放置も出来ない。

後から来る事情を知らない旅人が被害に遭ってしまう。

心を強く持ち

全て処分するしかなかった。


最新の馬車。

優秀な馬を持ってもしても追いつけなかった。

倒す為と言うよりは見過ごす事が出来ない事を

見越しての時間稼ぎの罠を残しっていったのだ。


渓谷方面に入る分岐点で

不意にソフィは馬車を止めた。

何事かと御者席を見ればソフィは

輪留め用の石ころを道に投げる。


予想外の金属音が響く

野生動物捕獲用の罠が

当たった石ころで作動したのだ。


地面の微妙な違和感を見破ったのだ。

その先でも張り巡らされた鋼糸の罠や

馬の脚を狙った落とし穴など

次々と解除しながら進んでいく。


「頼もしいぜ」


暗殺をメインに政府に雇われる前は

盗賊、シーフとしてG級冒険者をしていたソフィ

その本領発揮である。


「武」を担当していた経験のあるヨハン。

戦略は専門だが、ここまで細かい対人用の罠になると難しい。

ヨハン達だけなら全ての罠を回避出来たとは思えない

手痛いダメージを被ってしまう事も十分有り得た。

パウルはここまで読んで

ソフィを派遣してくれたのかと思うと

ヨハンは脱帽だ。


日が暮れ始めた。

馬車での移動の限界は迫り焦りが

生じ始めるが、遂に追いついた。


馬が先に進むのを嫌がり始めた。

人にはまだ感知出来ない異臭を嗅ぎ取ったのだ。


慌てるソフィにその事を教える。

馬車での移動の限界点だ。


「じゃあ、目当ての馬車はどこへ」


その疑問にもヨハンは予想を答えた。


「馬もゾンビ化したんだろ」


視察に来た時に見つけて置いたポイント

前回もここで馬を待機させた場所だ。

汚染されていない小さな小川があり

馬を休ませる事が出来るのだ。

ソフィに場所を指示してそこまで移動する。


馬達は物凄い勢いで水を飲み始めた。

無理も無い、走らせっぱなしだった。

エサも食いたいだけ食わせる。


その間にソフィはパウルからの

呼び出しに答えていた。

交信が終わると内容を話してくれた。


「皇太子は無事、保護されたわ」


南に向かった囮は貴族側の聖騎士と

乗り捨てられたエロルだったのだ。


オーベルは分岐点の集落で

聖騎士達に偽の目的地を告げ

その後に何者かに乗り換えたのだ。


ベレンから向かった勇者とハンスを

含む追跡班が捉え、戦闘になる事無く

話し合いで済んだとの事だ。


「治療の魔法が使える司教が

エロルの傷を治して無事も確認したそうよ。

その後、勇者と二人でこっちに向かってるって」


またガバガバにおんぶしてもらっているのだろうか。

確かに馬より速いが

良く怖く無いものだとヨハンは感心した。


「到着待っている余裕は無ぇな」


解毒の魔法が使えるハンスが来てくれるのは

心強いがここは毒の効かないヨハンとストレガ

毒の効果を解除出来るゲカイの三人で

先行し、ソフィとチャッキーは

勇者とハンスをここで待つ事になった。


「どうしようも無くなったら、これを空に向けて打って」


ソフィはそう言ってヨハンに

小さな棒状のアイテムを渡した。

信号弾と呼ばれる花火の様なモノだそうだ。


「まぁ使わずに済ませないがな」


有難く受け取っておくヨハンは、そう言った。


「んじゃついてきてくれ、道は任せろ」


視察しておいて良かった。

ヨハンは自信たっぷりに

そう言うとゲカイとストレガを伴い

古城までの道を進み出した。

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