第24話 誰の手の平の上で

翌日は早朝から出発になった。

先回りすべく街道では無い脇道で

渓谷方面に斜めに移動するというのだ。


道は任せろとの事だったので

ソフィに御者を任せたのだが

脇道とは名ばかりで

ただの荒野を馬車は突き進んだ。


最新型で車輪に懸架装置が設けられ

地面からの衝撃をある程度は吸収してくれる

乗り心地の良い車のハズだが

その程度ではどうにもならない程

荒れた地面だった。


「いやっほおぉー」


ずっとチャッキーは盛り上がりっぱなしで

馬車が激しくバウンドする度に

喜んで雄たけびを上げていた。


ヨハンはその余裕の握力で片手は

椅子の手すりに強力に、もう片手は

気を使いながら膝に乗せたゲカイを

落っこちない様に支えていた。


「大丈夫ですかお兄様」


重力操作で車内に浮き

一人難を逃れているストレガは

心配そうに聞いて来た。

ズルい。


「あぁ俺はな・・・馬車の方は知ら無ぇけどよ」


とても無事とは思えなかった。

走り始めよりも明らかに

軋み音が酷くなってきていた。


「また買えばイイじゃないですか」


ヨハン個人にもあれだけの財産を

アモンは残して行った。

今のセリフからストレガには

もっと残していっているのであろう。

ズルい。


いや、これは当然か

残された時間が違うのだ。

ストレガの方がより費用が掛かるのは自明の理だ。


「それにしてもすげぇ運転だ。」


そう言って前方のソフィを見るヨハン。

セドリックも凄かった。

もしかしてベレンは走り屋の聖地なのか。


ソフィの後ろ姿からは

とても、この女性が暗殺者とは

思えない感じであったが

これは当然だ。

見るからに暗殺者が近づいてきたら

身に覚えが無くとも警戒してしまう。

プロ程、それらしく無いモノなのかも知れない。


暗殺者のソフィが仕事で来た。


恐らく一番最初にエロルを発見出来うるのが

ヨハン達だとの予想の上の指示であろう。

パウルはもうそこまで覚悟を決めている

と、言う事だ。


当然、無事に奪還出来れば

それに越した事は無いのだが

上に立つ者として最悪の事態をも

想定して準備しなければならない。


ユークリッド程では無いが

ヨハンもエロルとは親しい

そこまで考慮して

プロに依頼したのかも知れなかった。


優しく冷酷で

どこまでも現実と対峙してきた男

それがパウルだ。


「・・・変。」


膝の上のゲカイがそう言った。

乗り物酔いかと聞いたが

違うと言う。

気が付くと馬車は減速をしていて

遂には走行を止めた。


何事かと思い

御者の席まで移動する面々。


ソフィは何やら独り言を言っていた。

覗き込むと手の平に

交信の秘術のクリスタルを乗せていた。


彼女は

パウルの情報源の一人でもあったのだ。

クリスタルに関しては

皆、知っているでソフィの話が終わるまで待った。


話を終えると後ろまで来るソフィ。


「えっと・・・・」


どう説明したらいいのか迷っている様子だ。

それを察したヨハンはこちらから言った。


「パウルから連絡か?」


「え・・・ええ」


「内容は」


連絡の内容をソフィは語った。


エロル一行は例の分岐点にあたる集落から

出発したのだが渓谷方面でも

ベレン方面でもなく

そのまま南に向かったとの事だ。


「なんてこったい。先回りするつもりが

離されちまった恰好だ。」


渓谷方面だと予想して斜めに移動したのだ。

それが曲がらず真っすぐ南に行かれた。


「街道に戻った方がイイのか」


ヨハンがそう言うと

ゲカイが返事をした。


「それなら私はここで降りる」


オーベルは間違いなく渓谷に

行くとゲカイは確信していた。


「降りなくていいわ

私たちはこのままセントボージを

目指してくれって・・・」


「集落で乗り換えたのか」


オーベルも材木問屋の馬車に

乗り換えた事をこちらが察知していると

分かっているハズだ。

どちらにしても

追う方としては分散しなければならなくなる。


「その材木問屋の方はベレンから

追ってが向かう手筈になったわ。

と言うか私たちが、もうセントボージ方面に

舵を切っちゃっているからね」


向こうの情報とこちらの現状

その上で今決定したのであろう


ヨハンは改めてこの交信の秘術の

有益さを感じた。

これが無ければ完全に撒かれていた。


「セントボージ方面に出た馬車の特徴は

大体聞いたわ。

追い抜きながら一つ一つ

確認していくしかないわね」


変装を見抜くのも得意だとソフィは

自慢していたが変装では無い可能性もあった。


乗り換えたのは馬車だけでなく

宿主も一緒だった場合だ。


逆にこれはエロルが助かる可能性が

高くなるので歓迎していい事態でもあった。

乗り捨てる際に殺されていなければだが


「変装ねぇ・・・」


そう言ってヨハンは腕を組んで考え込んだ。


「変装を見抜くのは彼女に任せた」


ゲカイはそう言った後

ヨハンの耳元で囁く。


「乗り換えは私が見抜く」


ヨハンの懸念を察したのであろう。

ストレガもそれを耳にして

目を瞑り、

何かを噛み締める様な表情に

なって呟く。


「お兄様・・・全てが準備されている。」


ゲカイだけはオーベルを判別できるのだ。

唯一のデビルアイの使用者だ。

その彼女がここに居る。


「私達、兄妹は言うに及ばず

ハンスさん、パウルさん、チャッキー君

勇者、セドリック、クロードさん、ソフィさん

そしてゲカイちゃん・・・。

全てお兄様が繋いでくれていた。

この中の誰か一人でも欠けてしまっていたなら・・。」


考え抜いた末

まるで何も考えていない様に行動しながら

全ての手筈を整える。


ストレガの呟きを耳にしたヨハンは

悪魔退治時代のバリエアに戻った様な錯覚を覚えた。


「俺達が乗っているのはどっちの手の平なんだろうな」


オーベルか


アモンか


「さぁ飛ばすわよ」


ソフィは張り切って御者の席に戻っていく。


一両日中にセントボージに到着するだろう。

降臨騒ぎの残り火が


延焼するか


鎮火するか


見えない二人の決着が

もうすぐ残された者達によって着く。

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