第16話 様々な戦い

それを見下ろしてハンスは言った。


「これが例の物・・・ですか。」


棺だ。

ヨハンの別命回収され客車の後ろに

落ちない様に縄で固定されている。

ハンスの呟きにヨハンが答えた。


「あぁ、開けたら全然違う人とかいう

オチじゃないといいんだけどな。」


ストレガはオウベルの顔を知らない。

老人の大臣と言うキーワードだけだ。


「棺はこれしかありませんでした。」


ストレガはそう言ってみたものの

いちいち開けて中身を確認はしていないので自信が無い。


「ま、見てみりゃいい訳だ」


ヨハンはそう言って縄を解き

棺のフタを開けた。


中には老人が安置されている。


鼻の穴に綿が詰目られている。

応急的ではあるが処理が施されている様だ。


「間違いありませんねぇオウベルです」


見下ろすユークリッドはそう言った。

ヨハンは祈りを捧げてから

遺体を調べ始めた。


「喉の奥」


そう言ったゲカイ。

薄っすらと瞳が輝いている。

デビルアイで走査してくれていたのだ。


「---------!」


ストレガが目を閉じ

何事か呟くと、手にした錫

その先端にはめられた巨大なクリスタルが

眩しい輝きを点した。

そして錫をオウベルの口内が

見やすくなるようにヨハンの後ろから翳す。


「おぉ、助かるぜ」


ヨハンはそう言って検死を続行する。

ヨハンよりも光る杖に注目するユークリッド。


「話には聞いていましたが、本当に魔法使いなのですね」


爆音と共に空から現れ、目くらましの閃光、

そして今も炎の明かりとは異なる

白い発光を放つ杖。


魔術師、魔法使い

そう名乗る者はこれまで100%詐欺ばかりだった。

物理的な仕掛けが有り

普通の人間でも再現可能なモノばかりで

誰も本物の存在を信じていなかった。


パウルから今回の護衛に居る

魔法使いは本物だと聞いていたが

あのパウルに言われても

ユークリッドは半信半疑だった。


しかし今は逆で

これらが魔法でなく何らかの仕掛けなら

大変な事になってしまう。

最悪、各国の軍事バランスが急変する

本物の魔法であってくれと

誰でも使える様になっては困る。

ユ-クリッドは祈っている自分を自覚した。


杖を翳したままストレガは

もう片方の手をローブの中で

ゴソゴソを動かして

ある物をユークリッドに差し出した。


「後、こちらもお渡しします」


直径10cmの球状クリスタルを

金属の台座にはめてある物体だ。


秘術の交信に必要な触媒で

船の私室に置きっぱなしになっていたのだ。

驚いた感じで、直ぐに受け取らないユークッリッド。

それに気が付きストレガは続けて言った。


「あ・・・違いましたか」


「いえいえ、私の物ですね。」


すぐに受け取らなかった為

自分が間違えたと思ったストレガに

礼を言ってクリスタルを受け取るユークリッド。


「船に残した私物は沢山ありますが、あなたは

その中でどうしてこれを取って来てくれたのですか」


「兄に頼まれていた品です。

それで合っていて良かったです」


「そうですか。いやあ助かりました

ありがとうございます」


そう言って再び頭を下げるユークリッド。


ハンスも検死に加わっていた。

横に首振る様子から

蘇生は無理だと分かった。


オウベルの口内

喉の奥に3cm程度の穴が見られた。

首の後ろに外傷は無い。

オーベル虫はここから出入りしたものと考えられた。


「こんな爺さんじゃなく美女にお願いしたいぜ」


エロルに乗り移る際の状況を想像してヨハンはそう毒づいた。

遺体に危険が残っていない事を確認すると

棺のフタを戻し、一行は客室に戻る。


「本来なら非公開ですが・・・」


助けてもらった恩と緊急時ということで

ユークリッドは交信の秘術を始めた。


ヨハンが行った戦闘用の秘術とは違い

消費される寿命はごく僅かだが

減るには減るので

大事な要件のみに使用される。


ストレガが回収してきた

クリスタルが輝きを放ち始める。

それを凝視する一行の中で

ゲカイだけが何か笑いを堪える様な感じだった。

魔神からみれば幼稚な技なのであろうか。


『・・・無事な・・すか』


「ハンス君のお陰で命拾いです。そちらの状況は」


音声は若干、不明瞭ではあったが会話が出来ていた。

一度、指定地点でパウルと合流する手筈になった。

目標地点を御者をしているクロードに

伝えると一行は直ぐに向かった。


場所は森の中でも有名な場所で

湧き水が出ている場所だった。


現場には先に到着したが

程なくして教会の馬車も到着する。


大司教だけで先に話をしたいとの事で

教会の馬車にハンスとユークリッドのみが

入っていく、他の面々は自由行動になった。


剣を研ぐ者、喉を潤す者、様々だった。

ヨハンは馬車を見つめていた。

耳を澄ますと薄っすらと会話が聞き取れるが

内容までは分からなかった。


聴力も上昇しているんだな。

馬車に耳を当てれば確実に聞こえるだろうが

周囲の目もある。

ハンスに聞けば正直に教えてくれるであろう

なので、それはしなかった。


ふとストレガを見ると

錫の先端を地面に刺し

手に持つ辺りに耳を付けて

岩に腰かけていた。


これは盗聴しているな。


ヨハンはそう直感した。

任せる事にした。

更に周囲を見回すと

盗聴よりももっとすごい事に気が付いた。


ゲカイがいない。

恐らくこれは、自身の存在の認識を解除して

教会の馬車に乗り込んで隣で堂々と聞いているのだろう。

これも任せることにした。


教会の馬車の中

三人の司教が椅子に腰かけて居た。


「まずは、おかえりなさいユークリッド」


パウルが改めてユーに挨拶をしハンスもそれに習った。


「ありがとうございます。お陰で命拾いしましたよ」


そう答えるユーにパウルは即本題に入っていった。


「情報を共有しましょう」


ユーは昨夜起こった出来事を話した。

ハンスはここに来る間に行った検死を報告した。

それぞれの情報を合わせてまとめると


魔神オーベルは

降臨よりも以前に虫でこの世界に訪れ

老人に取り付き、操り

有能な人物として取り上げられ

降臨時には国外退去し被害を免れ

戻る際に

同じく被害から遠ざけた皇太子を乗っ取った。


老人オウベルの死因はオーベル虫の

喪失によるものでは無く

その後に行われた胸部へのナイフが原因だった。


ユークリッドの殺害は

オウベルでなく皇太子の強権で行おうとした。


「逆に良かったのですが、何故船の中で

ユークリッド様の命を奪わなかったのでしょうね」


ハンスの疑問に片眉を上げてユークリッドは答えた。


「以前にも言いましたが私に様はつけないで

いいですよ。今は同じ9大司教でもあるのですから」


「すいません。どうしても言ってしまいます」


ニッコリと笑って了承の意を表明するユーは

疑問の方に答えた。


「オウベルとして活動していた際に

考えたのでしょう。はっきりいって

バルバリス帝国は教会のモノです。

その権力を表向きだけでなく王家側に

持っていきたいのでしょうね。」


「司教を乗っ取ろうとは思わなかったのでしょうか

権力バランスを変えるより手っ取り早いですが」


ユーの回答に自身の疑問を挟んで来るパウル。


「9大司教全員を乗っ取れるなら

その方が速いでしょう。しかし

一度に操れるのは取り付いた一人だけの

ようですねぇ。遠征前の根回しを

見ていましたが、大変そうでしたよ

複数乗っ取れるならあんな苦労はしないでしょう。

仮に最高指導者のフィエソロを乗っ取った所で

独裁は不可能です。残りの8人が同意しません

なので独裁が可能な王家を狙い

今度は復権・・・或いは教会の失墜が

奴の目的になるでしょうね。」


そこでユーは顎に手を当て少し考え言い直した。


「結果論ですが・・・降臨で教会も

壊滅の予定だったのでしょうね。

思えば私の同行を嫌がっていました。

降臨後も残った9大司教が平時と

変わらず機能していた事が

誤算だったようですねぇ

あの強引っぷりから察するに」


そこでハンスが他人のセリフを

思い出して繰り返す様に言った。


「バリエアはもうダメだ。

ベレンに集中させたい。」


その後はいつものにこやかな表情に

戻り言葉を続けるハンス。


「そう言って準備を進めた人が

いましてね。そのお陰です」


パウルも目を閉じ深く頷いた。

ユークリッドの瞳の奥が輝いた。


「その人の話を聞きたいのですが」


ハンスはパウルを見た。

目を開けハンスに頷いてみせるパウル。


ハンスは降臨の時

自分が味わった大冒険を語り出した。

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