第12話 虫の居所
豪華な装飾を施された揃いの甲冑に
身を包み、聖騎士達は整列して待機している。
彼等の新しい主となる人物が乗った船が
これから港に入って来るのだ。
「あなたがベレンを離れるなんて
珍しい事もあるのですな」
聖騎士の列から少し離れた場所に
装いの異なる集団も整列していた。
式典用の司祭服を纏った教会関係者だ。
その列の中でも明らかに凝った刺繍をした
身分が一段高そうな司教が二人。
そのうちの一人9大司教「建」のトーマスは
そう言って隣に並ぶ、同じく9大司教の
「流」を担当するパウルを見た。
「出来れば離れたく無いのですが
流石に今日はそうはいきません」
バルバリス帝国の首都ベレンを襲った
惨劇から二か月が経過していた。
その間、帝国は王不在、教会も
最高指導者不在の中、混乱する国内を
治め、尚且つ近隣諸国に
このドタバタで足元をすくわれない様に
しなくてはならなかった。
ベレンという都市自体が持つ
流通の便の良さと教会の情報ネットワークが
最悪の事態を回避してここまで来た。
パウルはそう言うがトーマスの考えは違った。
彼はパウルの手腕のお陰だと思っている。
パウルは休みもロクに無いまま忙殺された。
それももう少しだ。
船は皇太子を乗せている。
さっさと戴冠式を済ませ
皇太子に同行していた9大司教の
「厚」を担当するユークリッドを
最高指導者の座に括り着ければ
幾らかはマシになるハズだ。
「これで少しは楽になりますかな」
そんなパウルの考えを見透かすように
トーマスは言った。
「一つだけ懸念があります
場合によっては更なる混乱も」
「その時は私は打合せ通り、引っ込んでいますぞ」
呑気な感じで、そう言うトーマス。
パウルから聞いた話はあまりにも
突拍子が無く、彼の心労を心配するに値する
ヨタ話だったが、彼の役職「流」と
彼の真剣な様子に否定も出来なかったのだ。
「ええ、私・・・達に何かあった場合も
打合せ通りにお願いします」
パウルにそう言われ、最後尾に並ぶ二人の
女の子の様子を窺うトーマス。
彼女らは本来着てはならない服を着て
列にならんでいた。
教会の関係者では無いのだ。
「神の御加護があらんことを」
トーマスはそう呟いた。
後方に控える楽団が準備を始める音がした。
来た。
港から船が見えたのだ。
指揮者は極度に緊張している様子だ
曲の盛り上がる箇所で皇太子が登場すれば
完璧なのだが、そんなタイミングを
どうやって計ってるのだろう。
曲がスタートする。
蒸気船はゆっくりと桟橋に沿って移動する。
艦首のデッキからロープが投げられると
港の作業員達は馴れた手際で
所定の位置に船が来るように
ロープをけん引していった。
昇降口に移動式の階段が設置されると
曲は丁度、盛り上がりの部分に入った。
「見事だ」
パウルがそう呟くと、扉が開き
中から聖騎士が二人、開いた扉が
バタつかぬよう体で押さえながら跪くと
その間から、その人物は姿を現した。
バルバリス帝国、次期皇帝エロル・バルバリスだ。
エロルが姿を現すと、楽団より後ろの
一般人の観衆が歓声を上げた。
それに答える様にゆっくりと左右に
回転させるように体の向きを変えながら
笑顔で手を振るエロル。
その挨拶を終えると
聖騎士を従えタラップを降りて来た。
司教の列、その最後尾から
ひと際、背の低い司教がパウルの元まで
走って来る。
合うサイズが無かったのか
良く見ればブカブカであった。
そしてパウルに何やら耳打ちをすると
その小さい司教は列を離れて行ってしまう。
トーマスには何を話したのか聞き取れなかったが
恐らくトーマスには想像もつかない様な
内容であったのだろう。
パウルは顔面蒼白になってしまっていた。
列を離れた司教にもう一人の方も
ついて行ってしまった。
二人は観衆の席の場所を通り過ぎると
横手に回り、貨物運搬を受け持つ部署まで走る。
一度、周囲を見回し人が居ない事を
確認すると、とある倉庫に入って行った。
「ゲカイ、ストレガ。どうだ?」
倉庫の中には数名の冒険者が潜んでいた。
ゲカイは鬱陶しそうにミトラを脱ぎながら
話しかけてきた大男のマチョメンに
デビルアイで走査した結果を
パウルに耳打ちしたのと同じセリフを
一字一句変えず言った。
「オーベルは虫の体でこっちに来ている。
今はエロルの脳に取り付いている」
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