第11話 ユーやっちゃいなよ
絶え間なく騒音と振動を続ける蒸気船。
詳しい機構は分からないが、例え遅くとも
乗るなら帆船の方が好きだと
ユークリッド・サーは自身にあてがわれた
船室で考えに耽っていた。
航海が順調なら一両日中に
エラシア大陸の北端の港街
ヒタイングに到着するはずだ。
ヒタイング
本来ならバリエアの港に行きたいが
それはもう無理な話だ。
なので北のヒタイングで下船し
そこからは馬車で数日を要して
今現在首都を代行している
ベレンへと向かう手筈になっていた。
間には魔物の多い地域を
通過しなければならないが
パウルの話では冒険者協会に
ベレン近郊の村・バロードまで
護衛の増援を依頼してあるとの事だった。
ベレンまで来させないのは教会の見栄だ。
入城の際に脇を固めているのは
綺麗に着飾った聖騎士であるべきだと言うのであろう。
のんびり出来るのも後僅かだろう。
ユークリッドはそう思った。
流石に船の中では
オウベルも行動を起こさないと思っていた。
動くのはヒタイングからバロードまでの間だ。
魔物を理由にいくらでも誰でも殺害は可能だ。
それでなくても忙しい事が確定しているのだ。
新皇帝の戴冠式。
空きの出てしまった9大司教の補充。
特に最高指導者であったフィエソロが
亡くなってしまった事は大きい。
早急に最高指導者を捻出する必要があった。
残りの9大司教、5人の中
「武」のハンスは就任したばかりだ
押し付けるのは無理だ。
パウルが適任だとも考えたが
彼は今一つ教会の勢力拡大を快く思っていない。
他の大司教は違うと言うが
ユークリッドはそう判断していた。
「芸」のアトレイは政治関係には全く疎く、
「武」の前任のヨハンに右へならえの人物だ。
女性という性別も教会内では問題になるだろう
現に「芸」の職に就く際も裏では揉めた
ヨハンの力が大きすぎたせいで裏で揉めたのだ。
その時の巻き込まれっぷりを思い出し
ユークリッドはうんざりした。
それに「芸」は美術・芸能の担当であり
前出のとおり政治能力には不安が残る。
鉱石と共に取引されるドワーフの
金細工の美術品の管理が主な仕事で
その為にネルドに滞在していた。
それが幸いして被害から免れる事になったのだ。
「アトレイは無いですねぇ」
これから迎えにも出て来る「建」のトーマス。
彼も整地・建築の担当で政治的手腕は未知数だ。
一番の年長であるが、逆に余命的な意味で
これからの立て直しを押し付けるのは酷と言うものだ。
これから寄港する港の建設に携わっていた為
ヒタイングに滞在し、同じく被害から免れたのだ。
「やはりパウル君にやってもらいましょう」
そう結論づけるユークリッドだったが
一番の問題は残りの4人が口を揃えて
自分を推して来る事だ。
なんとしても回避せねば。
ユークリッドが新大陸に来た一番の理由はオウベルだが
自由でいたいと言うのも実は大きい。
実際、今回の遠征はかなり自由だった。
問題をさっさと片づけて新大陸に戻りたい。
ユークリッドは本気でそう考えていた。
その為にも最高指導者など
なるわけにはいかないのだ。
ヨハン
彼が生き残ってくれていれば
考えても仕方が無いと分かっていても
何度もそう思ってしまうユークリッドだった。
教会内で厚い信頼と実績があり
年齢的にも政治家としてこれからだった。
大雑把であったが判断は早く的確だった。
信仰よりも侵攻の男。
ユークリッドは内心そう思っていた。
事実、彼が「武」を担当している間
バルバリスは戦で負け知らずだった。
そんな考えを中断された。
扉がノックされたのだ。
「どうぞ」
こんな夜更けに何だ。
思い当たる事が無い。
ユークリッドは警戒した。
「済まんな。私だユークリッド」
「これは陛下どうなされました」
エロルの声がして扉が開く。
部屋に入って来たエロル
表情は普通だ。
まだ陛下では無いと言ってくるのを待ったが
エロルは乗って来ない。
「入港前にオウベルが話があるそうだ」
抑揚の無い声でエロルはそう言って来た。
「私にですか」
「部屋にいるそうだ。私は自分の部屋に戻るぞ伝えたからな」
そう言ってエロルはユークリッドの部屋から出て行った。
これは・・・やる気かも知れない。
ユークリッドはそう考えて
手早く寝間着から司祭の服に着替える。
特別性の鋼糸が編み込んである服だ。
他にも秘術用のクリスタルも仕込むのを忘れない。
準備を整えるとユークリッドは
オウベルの船室へ向かう。
扉は少し開いていた。
隙間から部屋の灯りが漏れていた。
ユークリッドは
壁側に体を配置し腕だけ伸ばしてノックをした。
「私です。お呼びだそうで」
そう言って様子を伺うが
返事は無い。
「入りますよ」
ユークリッドは慎重に扉を開くと部屋の中を伺う。
部屋の中央の椅子にオウベルが
背をこちらに向ける恰好で座っているのが確認出来た。
ユークリッドは足元、頭上に異常が無い事を
確認しながら部屋へと入った。
扉は閉めない。
「航海もいよいよ終わりですねぇ
いやぁ長かったです」
そう話しかけながらゆっくりと
座るオウベルの背後に近づく、
オウベルの利き腕とは反対側の腕の
方から回り込み正面に立つユークリッド。
そしてオウベルを目の当たりにし
異常に気が付いた。
オウベルは胸部にナイフを突き立てられ
既に絶命していた。
ユークリッドは椅子の手すりに
乗せられたままのオウベルの手を取り
脈を確認した。
体温はまだあるが
脈は無かった。
殺害されたばかりだ。
「何という事をしてくれたのだ」
不意に部屋の入口で大声がした。
オウベルに気を取られていたユークリッドは
接近者に気が付かなかった。
入ってきたのはエロルと
護衛役の聖騎士二人だ。
聖騎士は簡易的ではあったが武装していた。
「捕えよ」
二人の聖騎士はユークリッドの両脇に
すばやく立つ。
抵抗する事はしない。
「エロル、違います。私が来た時には」
「ダマレ。トラエヨ」
エロルはユークリッドの話を聞くつもりは無い様子だ。
命令のままに聖騎士は二人掛かりでユークリッドを
羽交い締めにすると強引に床に倒して後ろ手に縛り始めた。
「残念だったよ。ユークリッド」
なぜさっき気が付かなかった。
公の場以外では
エロルはユークリッドとは呼ばない。
子供の頃から愛称のユーと呼んでいた。
縛り終えた聖騎士は今度は力任せに
ユークリッドを立たせた。
「はて、なにが残念なんでしょうかね」
痛みを表情に出さずユークリッドは
エロルの姿の者にそう言った。
「船倉にでも放り込んで置け。着いたら処刑だ」
強引に連れていかれるユークリッド。
「まだ、これからですよ」
ユークリッドは誰にでも無く
そう言った。
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