第2話 遠征してたら祖国滅びそうになってた

エロル・バルバリスは悪夢にうなされ目を覚ます。


目覚めたばかりの、その耳に飛び込んで来た報告は

首都が壊滅したというものだった。


「・・・悪夢の方がマシだぞ」


夢の内容がどんなモノだったのか覚えていないエロル

だったが間違い無いだろう。


「夢より現実の方が厳しい。普通そんなモンです」


皇太子であるエロルにぞんざいな口の聞き方をしている司教。


ユークリッド・サー

彼は特別な存在だ。

王家よりも権力を有している教会。

その9人居る幹部【9大司教】の一人だ。

更にエロルより5つ年上の40歳で

エロルが幼い頃から兄のように

接して来た成育歴があるのだ。


「繰り返しで済まないが本当なのかユー」


「はい、間違いありません」


現在エロルは新大陸に遠征中だ。

次期帝王になる為、ハクを付ける意味で

この新大陸遠征に半ば無理やり駆り出された。


ユーは同じ説明を繰り返した。


神と魔王の降臨があり。

魔神の攻撃で首都バリエアは壊滅

エロルの父でもある現皇帝は崩御された。


教会の秘術によるネットワーク

同じ9大司教のパウルからの情報で

事実に間違いないともユーは付け加えた。


あの強固な王城が?


あの頑固な親父が?


報告を再度聞いても

エロルは取り乱す事は無かった。


そう言われても

遥か海の向こうの祖国の出来事

肌で感じる事は出来ない。

実感は何も湧かないのだ。


「なんてこった!」


遠征してたら祖国が滅んだ。


「遠征などしている場合では」


項垂れるエロルの言葉を遮る様にユーは言った。


「そのお陰で生きているんですよ

バリエアに居れば皇帝と一緒に

死んでますよ。あなたも私も

・・あ、ご子息は二人とも無事です」


顔を上げるエロル。


「何?!」


「魔神の攻撃を想定して首都外に

避難していた模様です。現在は

二人ともベレンにいます」


ベレン

大陸西端にある首都バリエアと

大陸中央のある山脈の丁度中間地点に位置する都市。

川を使った流通が盛んで、

魔物の多く生息する森と荒野を北側に

鉱山を有するドワーフの国との国境を南側に

各それぞれの流通経路を兼ねているので

帝国でもっとも賑わっている都市と言っていい。


「おぉ・・・そうか。そうか」


不幸中の幸いだ。

娘のグロリアと息子のセドリックの無事は何よりだ。


「これは、オウベルに感謝せねばな」


エロルの言葉にユーは眉をひそめた。


オウベル

突如、頭角を現した出身不明の天才。

この世界のボードゲーム(将棋やチェスなどの

盤上に駒を配置して行う戦略ゲーム)

で去年の優勝者。

それをキッカケに

才覚を買われ大臣にまで

登り詰めた。

今回の遠征を強く推進したのは彼だ。


遠征の為の船が完成していない状態にも

関わらず、残りの作業は航海中にと

強引に出発させた。

そしてエロルを遠征に組み込むのも

オウベルが主導で決めたのだ。


あまりの怪しさに

ユーは同行する気になった。

目を離すのは危険だ。


オウベルは何もかも怪しい


まずボードゲームの天才

それ自体は10年に一人くらいは

出てくるが、いずれも接してすぐ

子供が頭角を表す場合がほとんどだ。

老人になってからというのはおかしい。


出世もおかしい

大臣などの役職は世襲で固められていて

新規が採用される事などあり得ないのだ。

どんな話術を使っているのか

一度オウベルに会うと

誰もが彼に協力的になる。


話術では無いのかも知れない。

ユーはそう思っていた。

現に教会関係者には贔屓がいない。

ユーも幾度となく会話をしている。

その都度注意深く観察しているのだが

今の所尻尾を掴むまでに至っていないのだ。


「まるで災害が起こると知っていたかのようですね」


そうとしか思えないタイミングである。

ユーはそう言ってみたが

皇太子の返事は期待外れだった。


「予言か・・・かの御仁なら出来そうだな」


この皇太子も取り込まれている。


「そういう訳で大至急、祖国へ帰らねばなりません」


「しかし、季節が・・・」


今の風向きだと祖国のあるエラシア大陸には

逆風になる。帆船は出せない。


「ですね。なのでインターセプター1隻だけでの航海になります」


インンターセプタ

ドワーフのゲアが主導で完成させた

帝国でもたった一隻しかない蒸気船だ。


「人選は私の方で」


「うむ。任せる・・・あぁ言うまでもないが

オウベルと彼の希望する人材は乗船させろよ」


「はい、わかりました」


一礼して部屋を退出するユー。

エロルは船から持ち出したベッドから降り窓の外を眺める。


「しかし、まだ着いてひと月程度だぞ」


誰に言う訳でもない独り言だ。

新大陸発見は偉業だが

来て一か月、先住民族には会えていない。

荒野と魔物ばかりで港の建築

その材料すら満足に無い。


リトル・バリエアと勝手に名乗ったが

船から持ち出した資材で

難民キャンプ程度の有様だった。


収穫らしい収穫は無い。

エロル・バルバリスは

気合を入れる為に頬を叩き

着替えをする為に従者を呼んだ。

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