第3話 大司教達で朝食
ヨハンは顔を洗って私室のある二階から
リビングのある一階に降りる。
「「おはようございます。」」
二人の男の声にぎょっとするヨハン。
この家はヨハンとストレガの二人暮らしなのだ。
男性、それも複数の朝の挨拶など聞こえるハズがないのだ。
朝っぱらから来客だ。
しかも、もう席に着いて二人は朝食を始めていた。
一人はハンス・ガルド30歳 男
ヨハンの後任で現在9大司教の「武」を
受け持っている男だ。
ヨハンよりちょっと背が高く
ミトラを被れば2mを超える長身だ。
目はいわゆる糸目と言われ
似顔絵の際は棒一本描画されるだけだ。
ヨハンと同様に兄貴から治癒魔法の
手ほどきを受けており、ヨハンの信仰が
揺らいでしまい魔法が使えなくなった今
ただ一人の治癒魔法の使い手と言えた。
もう一人も9大司教だ。
諜報活動を行う「流」担当のパウル・ヒルテン
35歳 男だ。
ハンスとヨハンが長身なせいで低く見えるが
成人男子の平均的身長だ。
おでこが広めで細い眉毛に鋭い目つき
如何にも頭脳派な外見で
事実、中身もそれを裏切らない。
先の神と魔王の降臨戦争で9大司教は
最高指導者を含む4名が死亡しており
残り5名の内の二人が今目の前で
ストレガの作った朝食を食っていた。
ヨハンは言葉に詰まった。
ハンスはヨハンの事情を知っているが
パウルはどうなのだ。
初対面としてとぼけるべきなのか
ハンスが話したと見ていいのであろうか。
それと心配なのはストレガだ。
アンデッドモンスターなので
僧侶のデイスペルで消滅してしまう。
「ふむ、子供の頃あこがれた雄姿を
またこの目で見られる日が来るとはな
本当に凄いお方だ。あのお方は」
パウルとヨハンは15歳離れている。
二十歳の頃の武闘会で優勝した経験があるが
その時パウルは5歳ということだ。
その時の事言っているのだとヨハンは解釈した。
「お兄様、お二人はゼータお兄様を
知る数少ない友人です。」
ヨハンの分の朝食を運び込みながら
ストレガはヨハンの迷いに答えを提供した。
兄貴も言っていたが、本当に
気が利く娘だ。
「よく、ここが分かったな」
いつもの自分の席にに着きながらヨハンは言った。
「良くも何も、この家は私が
あのお方に紹介した物件なのだよ」
「そうだったのか。知らなかったぜ」
「すいませんお先に頂いております」
今更なハンスだ。
彼はどこかネジが緩んでいるのだ。
「それにしてもあのお方って言い方は」
ヨハンの言葉にパウルの目が光った。
「名前を出すワケにはいかない
我々の間ではそう表現するほうが良い
うっかり口にだすヘマを防止する意味でもな」
アモン
ヨハンが兄貴と呼び慕った悪魔だ。
先の大戦の惨劇。
東の地を灰の砂漠に変えた大火
首都でもあり教会本部もあった聖地でもある
バリエアを地震と津波で葬った。
一般では自然災害となっているが
誰もがアモンの仕業だと思っている現状だ。
現に冒険者協会では手配書が張り出されていた。
しかし、ヨハンは知っている
どちらもアモンの仕業では無い。
濡れ衣だ。
「で、メシだけ食いに来たワケじゃあないんだよな」
ヨハンも遅れて朝食にありつきながら話した。
対面に座った二人を見て
どちらも酷くやつれているのが窺えた。
「報告がいくつか・・・随分良い茶を飲んでいるのだな」
食べ終わり茶をすするパウルは始めて表情を変えた。
酒もそうだが茶も一級品をそろえているのか
それにしても味が分からないハズなのに
ストレガは料理全般がシェフレベルだ。
「あのお方の手配は取り消す。すでに死亡したと発表する」
ハンスの表情に影が走る。
ヨハンもそうなのだろう。
例えそうだとしても認めたく無いのだ。
反対する理由は無い
むしろその方が有難いのだが
感情的には面白くないのだ。
「私にはとても死んだとは思えんのだがね」
意外だった。
正確な情報ばかり口にする
パウルが自身の気持ちを言葉にしたのだ。
「こうしている今も、どこかでニヤニヤして覗いていそうだ。」
辺りをキョロキョロ窺うパウル。
「いかにもやりそうです」
「違ぇ無ぇや」
その後の報告は避難民の問題になった
差別と暴力、少ないにしろ
事件は起こっているようだが
今居るベレンの防犯体制が強固な
お陰で目立った問題にはなっていないようだ。
「後、遠征中のユークリッドと
連絡がつきました。一か月後に
こちらに到着予定だそうです。」
ユークリッド
皇太子と共に新大陸遠征に随行した
9大司教の一人だ。「厚」の担当で
具体的な仕事内容は布教活動だ。
「おぉそれは心強い」
喜びを表すハンス。
ユークリッドは不愛想だが信頼に厚い。
いわゆる出来る男だ。
「航海可能なのは蒸気船一隻だけとの事で
全員の引き上げは無理、皇太子は当然・・・」
パウルはメモを見る事無く
帰還するメンバーの名前を連ね始めた。
何て記憶力だ。
そして、大臣・オウベルの名前を聞いた時
ヨハンはスプーンを落とした。
「・・・・どうかしましたか」
パウルは名前を連ねるのを止め
ヨハンにそう聞いて来た。
何で気が付かなかった。
ヨハンは自分を責めようとしたが
無理も無い、降臨騒ぎで遠征組の事など
頭からすっかり忘れていた。
「そのオーベルなんだが・・・・」
ヨハンのセリフに、にやりとするパウル。
「ユークリッドが24時間体制で
監視中です。やはり彼の勘は良い
布教より内務が向いているのに
荒事は苦手だなどと嘘吹く。」
ヨハンはオウベルを哀れに思った。
「アレに24時間にらまれるのかぁ」
「たまりませんよね」
ヨハンと違いハンスは何故か嬉しそうだ。
「ヨハン。どんな些細な事でも良いです
あなたの知っている事を教えて頂けませんか」
パウルは改まってそう言って来た。
情報、ことコレに関してはパウルは真摯に向き合うのだ。
ヨハンも食事を終え
茶に手を出し一息ついた。
「成程、これは問題だぜ、
9大司教二人が出張るだけの事はある」
ヨハンはアモンから教わった。
魔王側の最高戦力集団
魔神13将について
知っている限り二人に話した。
オーベルはその序列5位で「計」と
呼ばれ、作戦参謀を担っていた魔神だ。
「ハンスから聞いていた内容より
詳しいですねぇ・・・。」
「俺は実際にバリエアで下級悪魔退治を
兄貴から任されていたからなぁ
より詳しく教えてくれたんだろ
魔神にも何人か会ってる」
ハンスも頷く。
「ふむ心強い」
そう言うパウルには申し訳ないが
言わないわけにはいかない。
ヨハンはパウルに言った。
「いや、悪ぃが魔神クラスは人間じゃ歯が立たないぜ」
ハンスもガックリと頷く。
しかし、パウルは気落ちしていない。
「でしょうね。あのお方を少しでも
知っていれば想像に難しくない」
兄貴はその13将の序列一位の魔神だ。
気落ちしていないパウルは冷静に解説を始める。
「知っていれば、どうにかなる事も
結構多いのですよ。この職に就いている
せいで、それは肌で実感している
事実・・・・。」
そこでパウルは語気を強めた。
「情報を最大限に武器に変え
あのお方は天敵とも呼べる者達を
たった一人で葬ったのですから」
「そう・・・だったのか」
力押しだとヨハンは思っていた。
「この家を購入したものその一環ですよ
なんでも準備が必要だったとか
何を準備していたのかは知りませんが
決戦直前に人が居ると危ない場所を
注意してきました。まぁ
罠を使ったと思われますが
どんな仕組みの罠なのかはさっぱりです」
聞いて見ればやっぱり兄貴は兄貴だ。
考え抜いて考え無しみたいな行動を取る男だ。
「オウベルが魔神オーベルなのかは疑問が残ります。」
ハンスは口を開いた。
彼は自身の推論を語った。
オウベルが頭角を表したのは降臨よりもかなり前だ。
降臨が終了し主だった天使・悪魔はそれぞれ
元の世界に帰還している。
「登場と退場が魔神13将に当てはまらないて事か」
ヨハンが最後にそう聞くと、ハンスは頷く。
パウルも同意だ。
「まぁ魔神で無い方が有難いですがね」
パウルがそう付け加えた。
その通りだ。
ただの怪しい人間であれば恐れる事は無いだろう。
「残念だけど・・・その可能性は低い」
目の前に突然、少女が出現してそう言った。
パウル、ハンスは椅子ごとひっくり返った。
ストレガは大口を開けて硬直していた。
ヨハンは挨拶をした。
「おぅ、おはようゲカイ」
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