第4話
「で、目の前の占い師と一緒に俺が座ってた椅子も急に消えるもんだから、尻を地面にゴツーンってついちゃったんだよ、マジで痛かったなぁ」
「いやそんなことはどうでもいいわ! 超が億兆付くくらい!」
優は肩を落として、呆れ半分、安心半分のため息をついた。
「いやいや! ファンタジーっぽいのは認めるけど、消えるんなら言ってほしいし、それか椅子に座らせるようなことしないでほしいんだよね、立ち食いそばみたいな高さが欲しかった」
もはや願いを叶えるとかそういった本質的クレームではなく、全く的外れなクレームを愚痴る不猿。優は繰り返し、外れた的の位置をチューニングする。今度は真剣10割で。
「だからそこじゃねーって、お前、本当に
「ん? そうって?」
「『同じ災天高校に入って、その好きな人に好きになってもらいたい』ってところだよ」
「ああ、それか。ちゃんと言ったよ、自分に嘘はつきたくないからな!」
不猿には嘘は無くとも思い違いや記憶違いは多分にあるため、それを危惧していた優だったのだが、今確認しようにも証明する余地がないので、この問題については正しいものなのだと考えることにした。唯一の証明材料は不猿の言葉。他人さんならともかく、姉としては信じるしかなかった。
「そうか、まぁそうなら、大丈夫、か」
顎に手を当てて、優は目を逸らして考える。そんな様子が珍しかったので、不猿は安心させるように、姉に倣って胸を張った。
「別に悪徳商法に引っかかったわけじゃねーんだし心配しすぎだって、そういう詐欺って俺一瞬でわかるんだからな!」
悪徳商法に引っかかり易くなるテンプレートを僅か3キロバイトの記憶媒体にインストールしやがったんじゃないかと優は考えたが、人が嘘をついているかとか、人が迷惑がっているかという機微を無意識に察知することが不猿には結構得意なため(空気を読まない言動はたまに傷)、優は覚悟を決めた。
「わかった、幸いまだ受験まで半年以上あるんだ、その甘ったれた蛮勇毎叩き直してやるよ」
「っしゃ! サンキュー姉貴! 今日は俺が洗い物するぜ!」
ガッツポーズしつつ申し訳程度なご機嫌取りをする不猿だったが、それを優は立ち上がって手で制した。完食したカレー皿を携えて。
「いいって別に、お姉ちゃんとして当然のことをするまでなんだからよ」
「いやいやそうじゃなくて、カレーならお湯使った方が早いだろ、その手じゃ痛いと思って」
一瞬の間を開けて、優は顔を下げてクツクツと笑い出した。一旦流し台にカレー皿を置くと、まだ食事中の不猿に近づいて右手の手袋をちょこんと摘まむ。その笑顔はいたずらをする目をしていた。
「そうかそうか気遣いできる弟だ、でも最近は結構治ってきてるんだぜ? ほら!」
と、不猿に向かって、ただれた手の甲を見せる。濃い赤色が黒々とグロテスクな様相を呈しているので、不猿は顔をしかめて明後日の方へ向けた。
「ちょ! 食事中にそれ止めてって! カレーがまずくなる!」
「あ、ちなみにトマトで酸味とコクを追加しているお姉ちゃん特製カレーだぜ?」
「知ってるわ何回も食べてるんだから! それ言われて余計に食欲無くなるから! 手袋付けて!」
「ごめんごめん、んじゃお言葉に甘えて任せるわ」
笑いながら手袋を丁寧にはめて、優は部屋に戻っていった。が、寸前食事室に顔を出し、不猿に忠告した。
「明日から覚悟しとけよ、みっちりしごいてやるからよぉ」
「ふんごふんご!」
カレーライスを頬張っている弟に失笑しつつ、今度こそ部屋を後にするのだった。
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