二章


 あれから一か月。

 川崎は宣言通り、学校での時間を俺と2人で過ごす事が多くなっていた。

 毎日、一緒に昼食を食べ、ゲームをし、クラスの様子などたわいも無い雑談をする。


 こういうと、俺も満更でもないのかと思われるかもしれないが誓ってそんな事はない。

 半ば強制。朝の挨拶は俺からした事は無いし、昼も俺に勝手についてきているだけだ。ゲームは…リベンジしたいという俺の意地もあるか。


 とにかく、無理矢理俺の学園生活に川崎美雨という存在が割り込んできている。

 毎朝声をかけてきて、あげくの果てには休み時間に俺の席まで遊びにくる始末。


 もう一度、確認のために言うが、川崎はクラスの人気者なのだ。

 そんな訳で教室では目立つ。凄く目立つのだ。

 誰にでも分け隔てなく接するし、その整った顔立ちは誰に聞いても可愛いと答えるだろう。

 今、誰にでも分け隔てなく接すると言ったが、例外もある。そう例えば俺とか。クラスの共通認識として、俺はその誰にでも、に含まれていない。そんな例外に向かっても平気で話しかけるなんて、本当にどうかしている。


 自分から壁を作るように動いているし例外である事自体は全然いいのだが、問題は川崎がその共通認識を無視して俺に構う事。


 話している事によって、あることないこと吹聴されるのは、俺にしてみれば心外という他ない。

 余計な反感を買う気は毛頭ないし平穏に暮らす、ただそれだけが望みだったのに。

 川崎の事を心配する訳じゃなく、俺と会話するなんて自分から地雷を踏みに行くようなものだ。はっきり言ってバカ。

 いっそ、俺の事を悪く思っていて嫌がらせのために絡んでいると言われた方が、俺の気持ちとしてはスッキリできていたのに。


 この一か月過ごした中で川崎はそういった下心は持ち合わせていないように思えた。

 俺に害を成そうとしている訳ではない。結果有害なだけであってそこに悪意は何もないのだ。


 相変わらず、川崎の話す内容は、更生だ超能力だと常軌を逸していると言っても過言じゃないが、悪人じゃない事ぐらい、ここまでの関係で流石に判別がつく。


 俺を1人にさせないように、なんて悲しい事を考えているのかもしれない。だとしたらなんて優しい人なんだ、と涙が出ないこともない感動ストーリーだが、それは完全に悪手というやつだ。


 何故ならばそう。こんな風に絡まれるのだから───。


「ねぇ、美雨とどんな関係なの?」


 俺はついにこの時が来たかと、内心、頭を抱えた。

 今俺の目の前で質問を口にした女子生徒は、肩までのショートカットの毛先を指でクルクルと弄りながら気怠げに俺の机へともたれかかっていた。


 彼女の名前は中村莉央。

 女子にしては高い身長とその気怠げな雰囲気。どこか掴みどころのないクール系という言葉がしっくり来る。

 本来俺なんかと関わりのない彼女は、紛れもない一軍女子である。無理矢理、俺の彼女との共通点を挙げるとすれば、俺も彼女も川崎と行動をともにしている事だろうか。

 そして今、その事について裁判にかけられている真っ最中であった。


 ───どんな関係なの?


 この質問が1番恐れていた事と言ってもいい。要約するに、お前如きがなんで川崎と絡んでんの?の意味だろ。

 遅かれ早かれいつかこんな日が来るんじゃないかとは思っていた。分かっていた事ではあるが、いざこの状況を目の前にするとうんざりする。


 そんな事言われたって、どんな関係かだなんてこっちが聞きたいぐらいだっていうのに。

 だる絡みされて困ってるなんて答えるわけにはいかない。調子乗ってると思われるのがオチだ。

 いかに穏便に済ませるか…。あぁ、めんどくさいことこの上ない。

 教室の中に川崎がいないのもこのタイミングを狙っての事なのだろう。


 どうにか波風立てずにやり過ごす方法を考えなければ。


「中村、だったよな。別に川崎とはなんの関係もないよ」


 なるべく刺激しないように慎重に言葉を選び、飾る事ない真実を伝える。


「何もない事はないでしょ?最近、葛谷くん葛谷くんって美雨そればっかりなんだから。聞いてもはぐらかされるし絶対何かあるでしょ」


 だがその回答は中村を満足させるものではなかったようで、見て分かる程にむっと顔を顰める。

 川崎は俺のことをそんな風に話していたのか?隠す気もないとか益々何を考えているのか分からない。


「そんな事言われたって知らんものは知らん」


「っ───!」


 中村は不機嫌そうな表情を浮かべる。だが、あいにく俺はそれ以上の答えは持ち合わせていないのだ。でもそれは中村にして見れば関係のない事だろう。

 あんたなんかがどうして美雨と…!とでも考えているのだろうな。

 その険しい表情には隠しきれない威圧感が滲み出ている。


 身の程を弁えろってか?そりゃそうだ、相手は人気者。住む世界が違う。

 でも俺からしたって自分から望んで川崎と関わっている訳じゃない。なんとも理不尽な話だ。


 …さて、この言い合いもあまり長引かせるとまずい。

 頭の中に嫌な思い出が蘇る。もうあんな思いはしたくないのに。

 段々と周囲がこの普段見ない組み合わせに気付き始め、ヒソヒソと噂をする声が聞こえ始めてきていた。


「お昼も2人でどこか行ってるよね?私ちゃんと知ってるんだから」


「そうだっけかな」


 はぐらかすが、俺の内心は心臓バックバクだ。


 バレてんじゃねーか!俺の秘密の場所だっていうのにどこから…。いや、そんなの川崎以外ありえない。ちゃんと隠しといてくれよ。


 今この空間には、限りなく嫌な雰囲気が流れている。この上なく気まずい。


 ───誰かどうにかしてくれ。


 そう願った時、あの凛とした声がこの不穏な空気をぶち破った。


「莉央!そんな脅すみたいな感じで行くと葛谷くん怖がっちゃうでしょ?」


 そこには、いつの間にか教室へと帰ってきていた川崎が立っていた。


 ───助かった。

 その時の俺には、川崎が救いの女神に見えた。


 だがまだ依然として張り詰めた空気の重さは健在で、俺に口出すことなんてできそうにない。


「美雨───」


 中村は、見つかったとでもいうように罰が悪そうな表情を浮かべる。

 川崎は教室に漂うこの緊迫した空気を理解しているのかしていないのか、いつもと同じように輝く笑顔を浮かべている。


 そうだ、川崎が来たからといって状況は未だ好転した訳ではない。

 と言う事は、俺はもうこの場を去るのが得策か。


「じゃあ俺はもう行くから」


 それだけ言い、もう話す事はないというように席を立つ。


「待って!まだ話は終わってない───」


 すると案の定慌てたように、中村が呼び止めようとしてくるが、それを聞く理由は俺にはない。舐められたら終わりなのだ。

 無視して離れようとするが、立ち去ろうとする俺の前に誰かが立ち塞がり退路を絶った。

 誰がそんな事を!と叫びそうになるが、それは先ほどまで救いの女神に見えていた川崎だった。


 ───どうして止めるんだ?助けに来てくれた訳じゃなかったのかよ?

 そんな俺の悲痛な内心をスルーし、川崎は口を開いた。


「まぁまぁ葛谷くん。莉央の話ぐらい聞いてってあげてよ。

 莉央もだよ?そんな威圧的に話すと、警戒されるに決まってるじゃん。言いたい事があったんでしょ?」


 川崎の言葉に中村が纏っていた敵意のような硬い雰囲気が一気に緩んだのを肌で感じた。


「え、嘘!私そんな威圧的に見えてた!?」


 何だ、何が起こった。


「……え?」


 ぼんやりしていると、ほらほら座って、と川崎によって席へと押し戻される。


「えっと、中村の言いたい事って、もう関わるなって事じゃないのか?」


 俺の質問に中村はきょとん、とした表情を浮かべる。


「なんで私がそんなこと言わなきゃいけないの?」


 あえ?てっきりその事だとばかり。違うとしたら一体言いたい事ってなんだ。

 威圧するつもりがなかったって事は、敵意がないって事で…それはつまり…?どういう事になるんだ。


 恥ずかしそうにごにょごにょと言い籠る中村に、川崎が何かを小さく耳打ちする。

 それを聞いた中村は、決心がついたように切り出した。


「葛谷くん、今度の放課後私達と一緒に遊ばない?」


 何を言われるのかと身構えていた俺に、その誘いは想像の斜め上をいくものだった。

 一瞬意味が分からず、思考が止まる。言う相手を間違えてるんじゃないか?


「なんで俺なの?誰かと勘違いしてる?」


 それぐらいしか俺には、理由が思いつかない。

 カースト上位の中村が俺なんかに絡むなんて何か裏があるとしか思えない。直接的じゃないだけで何かの隠喩だったり───。


「はいはい、くだらない事考えるのやめ!そんなに警戒しても何もないってば。ただ莉央は、葛谷くんに興味があっただけだから。ね、そうでしょ?」


 俺の思考をぶった斬った川崎に、中村がこくりと頷く。


「最近美雨が仲良さそうにしてたから葛谷くんがどんな人なのかちょっと気になってて。私もその輪の中に入れて欲しいなって。私達って言うのは、加賀達の事ね。みんな話してみたいって言ってたし」


 中村の話にでてきた加賀というのは、同じクラスのサッカー部の男子だ。加賀も確か、川崎と同じ一軍に所属していたはずだが…。

 ようやく言われている意味を理解できた。

 つまり、私達と遊ばない?とは一軍集団と、って事か。



「俺と一緒に遊ぶって…その大丈夫なのか?」


 周りからの目だとか…そもそも住む世界が違うだろうに。


「…?やっぱり慣れてない人ばっかりだと嫌?」


 中村のその疑問は、とても見当違いなものだった。

 俺がしている心配はそういう事じゃなくて…と説明したいが、伝わる気がしない。

 なんだか、俺ばかり気にしているのが馬鹿らしくなってくるじゃないか。本当に悪意があるわけじゃなかったんだな。

 川崎といい中村といい、俺のリズムを悉く乱してくる。


 ───きっと善人なんだろう。

 今の一連の会話だけでそれが伝わってきた。


「いや、何でもない。そっちさえ良ければ行かせてもらおうかな」


 そう言うと、中村と。何故か川崎まで、ぱっと顔を明るくし嬉しそうに笑った。


「やった!どんな風に話しかけようかずっと迷ってたんだよね、葛谷くん近寄るものは斬る!って雰囲気だったから。最近は少しマシになってきてたけど」


「そんな、侍じゃないんだから…」


 思わず苦笑いがこぼれる。

 だが、俺が近寄りづらかったって言うのは本当なのだろう。

 クラスメイトと関わろうなんて気持ち、全くなかったのだから。

 でも、その架け橋として川崎という存在が機能したのだ。


 最近の俺はどこかおかしいのかもしれない。今まで信じて生きてきたものが崩されるというか、誰も俺に対して悪意なんて持っていないんじゃないかと思い知らされる。

 それがどこか心地いいと感じてしまっていて、挙句には遊びに行く約束までしてしまった。


 ───俺の中で何かが変わってきているという事だろうか。


「それより美雨!この際はっきり聞くけど、葛谷くんとどういう関係なの?葛谷くんに聞いても何もないって教えてくれないし!今日こそ白状しなさい!」


 思索に耽る俺を横目に、中村が川崎と腕を組み捕まえている。


 そう言えば、最初に俺にも同じ質問をしていたな。

 あの時は、もう関わるなという牽制だと思ったが、そんな深い意味はなくただ単純に関係が気になったというだけだったのか。


 言い方からして、なにか誤解しているような気もするが…俺も関係は気になっていた。

 恋人なんてキラキラしたものではないし、友達と呼ぶには一方的すぎる気もする。川崎は俺達の関係をどう思っているのだろう。


 その答えが気になり、目を向けると、唸りながら顎に手を当てた川崎がいた。


「私と葛谷くんの関係か。強いて言うならそうだな。

 ───先生と患者?かな!」


「もう!美雨はまたそうやってまたはぐらかすんだから!」


 だって本当だもん、と川崎はおどけて笑う。

 その答えは、俺からしてもなんだそれと言うような回答だった。

 何かを期待していた訳では無かったが、的を得ない回答に肩透かしを喰らったような気分だ。


「じゃあまたね葛谷くん!」


 戯れ合うように2人は次の授業に向け、自分の席へと帰っていった。

 それを見送り、俺は体に入っていた力を息と一緒に、外へと吐き出す。

 と、同時に想像以上の疲労感で、自分が緊張していたのだという事にようやく気づく。


 丸く収まって良かった。結果から言えば緊張するような事は何も無かったわけだが。

 授業中も結局、遊びに誘われたという事実が頭の中を駆け回り全く集中できなかった。




 その後日の昼休み、いつものように川崎と2人で過ごしている時間。

 俺は、ずっと気になっていた疑問を確かめる事にした。


「なぁ、川崎って人の心が読めるとか言ってたけどあれってマジで言ってるのか?」


 人の心が読めるなんて有り得ないと思ってるし、オカルトに興味はない。

 だが事実として、川崎は内心を見透かすような発言が多いのだ。


 極め付けは今日の出来事。

 あの威圧的で険悪な様子の中村が、実はただ遊びに誘おうとしていただなんて、普通の人に分かるもんか。今までの言葉と合わせて確かめてみたくもなる。


「だからそう言ってるじゃん。私は超能力者なんだよ?」


 否定するでも誤魔化すでもなく、頬張ったサンドイッチを飲み込み、あっけらかんと川崎が答える。

 相変わらずその顔は、ふざけて言っているようには見えなくて───。


「超能力者って…。んな訳ないだろ普通に考えて。」


「───だから、確かめようとしてるの?」


 その言葉に思わずぐっと息を詰まらせる。

 川崎の言っている事は図星だった。俺は、今日こそはっきりさせようと確かめる気でいたのだ。


 こう何度も考えていることを言い当てられては、もはや誤魔化す事は出来ないのかもしれない。…バレているのなら、話は早い。


 俺は、右手を川崎の目の前に突き出した。


「20回勝負。今からじゃんけんをして俺に20連勝出来るような事があれば、俺は川崎の言っていることを信じる。」


 その提案に、川崎はその大きな目を見開き、じーっと俺の顔を覗き込む。そのどこまでも透き通り、落ちていきそうな程の黒の瞳からは何を考えているのかは分からない。

 でも、まるでこちらの全てを見透かされているかのような…胸を掻きむしりたくなるようなむず痒い気持ちになる。


 10秒ほど経っただろうか。川崎は同じように右手を前に突き出してきた。


「いいよ。それで葛谷くんが満足出来るって言うのなら」


 乗ってきた!

 20回という回数設定は、運が上振れたというだけじゃ説明がつかないようにと丁度いい回数を考えた結果だ。

 普通にじゃんけんして20連勝なんてありえないし何かイカサマがあるに決まっている。それこそ、心が読めると言うのならじゃんけんなんて余裕だろう。


「じゃあいくぞ。最初はグー、じゃんけんぽん!」


 緊張の第一回。

 俺の手は無防備に開かれたパー。一方の川崎はと言うと。

 チョキ、2本のハサミが表されていた。

 思わず息を飲み戦慄する。負けた───。


 まだだ、まだ一回目。たまたま勝つことぐらいあるさ。続けていればいつか俺が勝つ時が来る!はずだ───!



 だが、その時は来なかった。

 その数分後、20連敗という未だかつて経験したことのない連敗を喫した俺は、無様に地面へと這いつくばっていた。


 いやいや!?有り得ないだろ!?20連敗は20連敗で意味が分からない記録なのだが、現実はそれを上回るもっと有り得ない事が起きていた。

 それはただの一回も例外なく、全て一手目で決着している事だった。

 あいこすら存在せず、ストレートで20連敗。完封負けと言ってもいい。じゃんけんに完封なんて概念存在したのか!?


 心から震えた。まさか本当に…?

 認めたくなくて、もう勝負はついたというのに自分を納得させるため勝負を挑み続ける。


「も、もう一回!じゃんけんぽん、ぽん、ぽん、ぽん───!」


 その後何度負けたかは俺にも分からない。ただ唯一はっきりしている事は、俺が勝った回は一度たりとも存在しなかったという事だけだ。


 はぁ、はぁ、はぁ───。

 全力でやりすぎた結果、たかがじゃんけんだと言うのに息が切れる始末だ。

 どうしてこれだけやって勝てない!?ありえないだろ!


「これで信じてくれる気になった?流石に私もじゃんけんは飽きてきちゃった」


 そう言って川崎は退屈そうにあくびする。

 信じたく無かった。信じたく無かったのだが、これはもう認めざるを得ないのではないか。

 まさか本当に人の心が読める人間が存在するなんて…そんなの超能力者じゃないか。


「こんだけ見せつけられたんだ。人の心が読めるってやつ…信じるよ」


 そう答えると川崎は目を輝かせた。


「ホント!?ようやく私の言うことをまともに聞いてくれるようになったか〜。最初から言ってたのに全然信じてくれないんだから!」


 そう言って楽しそうにキャッキャと笑う。

 その様子に、可愛らしいという感想が浮かぶが、心が透けているのなら筒抜けなんじゃ?と思い当たり、すぐに消し去る。


「とにかく!!この事を知ってる人は他に誰かいるのか?」


 誤魔化すように早口でそう尋ねる。そんな俺の内心を分かってか分からずか判断はつかないが、どうやらスルーしてもらえたようだ。


「いや、葛谷くんだけだよ。誰にも言っちゃダメだからね?」


 やはりこういう事は誰にでも言える事じゃないのか。悪用しようと思えば、色々出来るもんな。事情があるのだろう。


「分かった。───でも、どうして俺には最初から教えてくれたんだ?誰にも言っちゃダメなんだろ。」


 すると、関わってきた今までで、初めて川崎が返事に困るように言い淀む。


「それは───、その……秘密!」


「なんだよそれ」


 今の答えるまでの間といい、秘密ってなんだ?教えてくれないって事は何かしら理由があるんだろうけど、あいにく俺は高校に入学して今日まで友達を作ってこなかったんだ。

 普通の人以上に心の読めない一般人で、川崎の考えている事なんて皆目、見当もつかない。


「そんな事はもういいでしょ!そんな事よりさ、今日の放課後2人で遊びに行かない?」


 誤魔化すように手をぶんぶんと振る川崎。


「放課後?いつも用事があるからって放課後は言ってなかったか?」


 川崎はいつも放課後は別の用事があるからと言って早々に帰ってしまうのだ。

 てっきり放課後は俺以外の時間、というように割り切っているものだと思っていたからこの誘いは正直意外だった。


「俺は全然いいけど随分急だな。別の日の方がいいんじゃないの?」


 そう言うと、川崎はふるふると首を横に振った。


「今日じゃないとダメなの。ね、いいでしょ?」


 いつになく譲らない姿勢。理由は分からないが今日で無ければならないと言われれば無理に断る理由はない。

 俺が家に帰ってする事と言えば、ゲームにネットぐらいの物だし予定と呼べるものはないしな。

 今日じゃないとダメと言う理由が、少し引っかかったが、些細な問題であった。


「分かった、いいよ」


 二つ返事でOKを出す。

 すると川崎は嬉しそうに頬を綻ばせ飛び跳ねている。


「やった!」


 一緒に遊びに行くってだけでそんな顔をしてくれるのか。何だか照れ臭い気持ちになる。

 放課後、誰かと遊びに行くなんていつ以来だろうか?俺も不覚にも楽しみだと思ってしまう。


「それで、どこに行くんだ?」


 そう聞くと、考えてなかったというように川崎は頭を捻った。


「あ、それじゃあ───」





 放課後、俺たちは学校の近所のゲームセンターへと足を運んでいた。


「ほらほら、そんなんじゃ私は倒せないよ!?」


「くっそ!なんでこれが避けれるんだよ!」


 楽しげな川崎の横で、俺は必死にコントローラーを操作する。

 ガチャガチャと可能な限り素早く入力するのだが、そんなヤケクソすらも完全に受け流される。

 並んで座った対戦型の格闘ゲームで、案の定俺の操作しているキャラはボコボコにされているのであった。


「はい!これで私の3連勝ね!負ける気がしないな〜」


 ゲームセンターの前に2時間みっちりカラオケで歌った後だというのに、川崎はいつもの様に元気にはしゃいでいる。疲れとかいうものはないのか。


「いやいや、だってズルだろ!心が読めるのにそんなの勝ちようないって!」


「あー見苦しい!言い訳ですか?実力だよ実力!」


 俺の悲痛な訴えも川崎には、まるで届かない。

 よく言うよ。あんだけピンポイントで俺の技を見切っておいて白々しいにも程がある。


 元々、俺はゲームで負ける事は、負けず嫌いなのも相まってプライドを傷つけられたようで凄く嫌だった。

 はずだったのだが、今は何故か凄く心が穏やかだ。むしろ楽しんですらいる。川崎になら負けても仕方ないと思えるのだ。

 勿論、心が読めているのだから、という事もあるが、そんな事より、楽しそうにゲームしているその姿を見ると、勝敗なんて気にしている俺が小さく思えてくるのだ。きっと川崎は負けたとしても同じように楽しそうに笑うのだろうから。


 ───勿論、だからと言ってただで負けてやる気はない。


「言ったな?今度はあのゲームでスコア競おうぜ」


 俺は、迫り来るゾンビ達を銃で薙ぎ倒していくシューティングゲームを指差す。


「ははん、心を読まれても関係ないゲームで勝負する気ね。甘い!甘いよ、それぐらいで私に勝てるとでも?」


「言ってろ!」




 そうして俺達は様々なゲームを遊び倒した。シューティングゲームにメダルゲーム、クレーンゲームなど目につくものを片っ端からやり尽くた。完全にゲームセンターを満喫したと言ってもいいだろう。

 気がついた頃には、相当な時間が経過していた。


 まさか来る前はここまではしゃぐ事になるとは思ってなかったな。

 放課後に誰かと遊ぶなんて、新鮮な体験で、気付けば俺はずっと笑っていた。川崎も、同じように感じてくれていたらいいなと思うが、あの笑顔で楽しんでいないわけがない。何の心配もないな。


「流石にこれだけ遊ぶとちょっと疲れたね。」


 俺達は、ゲームセンター内の休憩スペースに置かれたソファーに肩を並べて座っていた。

 川崎は、体をだらんと脱力させソファーの形に沿わせている。

 くつろぎすぎだろ。俺はそんな無防備な様子を見ていいものかと葛藤するが、どうにか堪えた。


「そりゃずっとあのテンションでいればな。」


 川崎は本当にずっとハイテンションだった。楽しくて仕方ないと言ったその様子は、こっちまで無条件にいい気分にさせられる。

 ずっとあの調子なら、流石の川崎でも疲れて当たり前だ。


 ───だが、本当に楽しかった。どうせ取り繕っても相手は心が読めるのだ。隠したってしょうがない。

 こんな青春も良かったな、と思ってしまう程度には、心躍る体験だったと言えるだろう。

 ずっとこの時間が続けばいいのに。柄にもなくそんな事を思う。


「それでこの後どうする?私は疲れたからカフェでも行きたいかも。気になってる店あるんだよね!」


「いいんじゃないの?時間もまだ大丈夫だし、全然付いてくよ」


 時刻は夕方7時。そろそろ日が沈み始める時間だが、終電にさえ間に合えば家には帰れる。親も、流石にこの歳の息子となれば心配するような事はないだろう。


「やった!じゃあ行こっか。」


 そうして、川崎に連れられ人通りの多い道を歩く事10分。見るからにお洒落で洋風な建物のカフェへと到着していた。

 ここかよ、と一瞬躊躇するが、躊躇う事なく入っていく川崎の後ろを、おっかなびっくりながらついていく。


 今までの人生でこんなキラキラしたカフェに遊びに来たことなんてない。

 店内を見渡せば、女子高生や大学生。基本女性ばかりでたまにいる男性はといえばカップル。どう考えても場違いとしか思えないが俺は果たしてここにいていいんだろうか。


 側から見れば、俺たちもカップルに見えているのかもしれないが、それにしては釣り合いが取れてなさすぎるってもんだ。

 なんの特徴もなくパッとしない男と、クラスの人気者。川崎は、贔屓目抜きで見ても可愛い方に所属している。冷静に考えて、今どうしてこんな事になっているんだろう。


 だが、川崎はそんな俺の様子を意にも留めず、熱心にメニュー表を眺めていた。


「どれにしよっかな。ここのシュークリームは外せないでしょ?後は何を頼もう。」


 気になってるカフェだって言ってたしな。ある程度目処はつけていたのだろう。


「シュークリーム好きなの?」


 その質問に、川崎はよくぞ聞いてくれたとでも言うように目を輝かせる。


「1番好きな食べ物と言っても過言じゃないね!特にここのは最高で───葛谷くんはどうなの?」


「あいにく甘いものはあんま好きじゃないんだ。俺はコーヒーでも頼もうかな。」


 川崎は、明らかに残念そうな顔を浮かべる。


「あーあ、勿体無い。人生の3割は損してるね、それ。まぁ葛谷くんらしいと言えばらしいけど。」


 俺らしいってなんだろう。そんなに甘いものが嫌いそうな顔をしているだろうか?

 だとすると俺の顔は渋い顔?いや、自分で言うのもなんだが、年相応だと思うんだけどな。


 そんなくだらない思考は次の瞬間、跡形もなく消し飛んだ。




「あれ、もしかして葛谷じゃね?」


 思わぬ方向から突然自分の名前を呼ばれ、一瞬世界が停止する。

 だがそんな事は一瞬。すぐに意識は戻り、声の主を確認する。

 そこに立っていたのはカフェの制服を身に纏った若い店員。恐らくまだ高校生だろうか?

 どこかで会った事があっただろうかと、記憶を掘り下げ、検索にかける。



 ───そして、それが誰かを認識した瞬間、俺の体から生気が吹き飛んでいた。




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