とある小説書きの苦悩

ランド

とある小説書きの苦悩

 ──好きこそものの上手なれ。


 そんな言葉、嘘っぱちだ。


 楽しいのに。

 好きなのに。

 面白いのに。


 いつまで経っても、上手くなんてならない。


「ここをもうちょっと変えて……。……これは、こっちの方が……」


 熱に浮かされたかのようにぶつぶつと呟きながら、不規則なリズムでパソコンのキーボードを叩き続ける。

 表情のない視線の先に映るのは、シンプルな見た目のテキストエディタ。

 その中には、何千もの文字がつらつらと並べてある。


 小説なんて、読むためのものだ。

 読んで、楽しむためのものだ。

 絶対に、書くようなものではない。


 いくら楽しくても、好きでも、面白くても。

 書けば書くだけ、つらくなるだけだ。


 苦しい。

 つらい。

 やめたい。


 自分の力のなさに、反吐が出そうになる。

 どれだけ頑張って書いても、どれだけ考えて書いても、やっぱりどこかがおかしいのだ。


 アイデア。

 想像力。

 表現力。


 そのどれもが、劣っている。


 だから、どんな内容を書いてもつまらない。

 だから、誰も読んでくれない。


 努力が足りないのだろうか。

 経験が足りないのだろうか。

 勉強が足りないのだろうか。


 きっと、そのすべてが足りないのだろう。


 頑張れど、頑張れど、生まれてくるのはすべて駄作。

 面白い話を思いついたと思っても、いざ書いてみれば、凡作にも劣るような稚拙なものが完成する。


 それでも、僕は書き続けている。

 誰も引き留めてやしないのに。


 誰かが読んでくれるかもしれない。

 誰かが楽しんでくれるかもしれない。

 いつか評価されるかもしれない。


 そんな希望ばかりを持って、今日もキーボードを叩き続ける。

 そんな未来、ありはしないのに。


 そんなこと、とっくに分かっている。

 でも、捨てきれないのだ。

 この希望だけは、絶対に離せない。

 でないと、自分そのものを否定してしまうことになるから。


 だから僕は、今日も小説を書く。

 誰が読むかも分からない小説を、ひたすらに書き続ける。


 苦しいし、つらいし、やめたい。

 でも、楽しいし、好きだし、面白い。


 そんな思いを抱えて、僕は今日も机に向かう。

 部屋に響くのは、不規則なキーボードの音。

 液晶には、頭の中の光景が、次々に文字となって現れていく。

 そして──


 ──タンッ。


 軽快な音が一つ鳴り、パソコンに投稿完了の画面が映った。


 今日は誰かが読んでくれるだろうか。

 もしその誰かがいるなら──


 ──少しでも、楽しんでくれますように。


 そんなことを心から願って、僕は静かにパソコンを閉じた。

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