第四章 始まりの物語

Chapter4-1

【精霊】

世界に現存する精なる存在。種類は火・水・木・地・風の5種類で、其々異なる姿形を成す。

 

【精霊師】

精霊を使役する者の名。主に、リザレス王国の民を総称する。

 

【精霊王】

精霊達の王と呼ばれるモノ。架空の存在。世界にある5つの国の象徴とされている。

 

        ――世界サンク辞典より一部抜粋


          *

 

 舟の上で1日と少し。

 予想に反して早く着いたのは、エリアスに無理をさせたのとのお陰が大きい。


「魔術師だったんですね」


 ノアが風を操ってくれた事によって、追い風が吹き舟は順調に前に進んだのだ。

 

「………………」


 レティシアは、何も反応をしないノアと会話する事を半分諦めていた、話し掛けても何も言わないのだから仕方が無い。話し掛けられた当の本人は、舟の船頭でレティシアを見る事なく、海を見ている。

 向こうノアはきっと自分レティシアと話すつもりは無いのだ、そう思う事にした。


 そんなノアの態度に複雑な思いを抱いていたレティシアだったが、直ぐに頭から彼の存在など忘れてしまう、視界にはリザレスの領地が見えた。

 舟から身体をグッと前に出して身を乗り出す。レティシアの重みで少し傾いた舟にノアは眉をしかめた。


 岸に着いて舟から降り、トンっと足を砂に付ける。

 海と砂浜があるだけで、敵の船は見当たらない。


 足をゆっくりと進め、砂のザッザッという音は直ぐに聞こえなくなって、整備された歩きやすい道へと変わった。

 歩きから早歩きへ、心臓が嫌に高鳴るに連れそれを誤魔化すようにレティシアは走り街に入る。

 破壊された家、あちこちに散らばる血の跡、転がっている


「っ誰か居ませんかー!!!? 誰か居ませんか!!!??」


 シンッと静まり返る街に響く声は、1人の少女の声だけで、崩れた家の隙間を探しても誰も居ない。

 崩壊した家を一軒ずつ確認し、手で瓦礫がれきを退けていく行為は意味の無い行動だった。


「おい、止めろ。生きている気配は周りに無い」


 夢中になっているレティシアにノアが声を掛けるが止める気配は無い。


「止めろって! 手が血だらけだ」


 何度か話し掛けても無視する少女に等々しびれを切らしたノアが腕を掴み、強制的に止めさせた。

 レティシアは何故止めるのかと、キッとノアを睨みつけるが、段々と感じる痛みに自分の手を見やる。素手で瓦礫がれきを触った事によっててのひらにも手の甲にもあちこち傷が付いている事を確認した。


「城はこっちで合ってんだろうな」

「………………」


 無言を貫くレティシアに、ノアはチッと舌打ちをした。掴まれた腕をダランとさせながら、引っ張られるままにノアに付いて行く。


 城内に入っても、予想していた通りだった。

 所々崩れかけた城、あちこちに散らばる血痕、そして。ノアが街を見ていた時から気になっていた事、城内の惨状を見て違和感に気付く。


 ノアはレティシアを連れ、城のエントランスへと続く崩れていない階段の端に座らせる。鞄の中から目当ての包帯を取り出せば、レティシアの手を取った。


「水よ、彼の者の傷を洗い流せ」

 

 血が付いている手を水で洗い流せば、手に付着している赤い血が、透明な水と交わって床へとしたたり落ちていく。


「ごめんなさい」


 レティシアは手に巻かれていく包帯を見て、ノアに謝罪した。


「謝るくらいなら、現実を受け止めろ。俺はお前の御守りをする為にここに来たんじゃない」


          *

 

 カツカツと靴の音が反響する、耳に入るのは自分レティシアから出る靴の音だけ。

 あれから包帯を巻き終えたノアは早々に何処かへと消え、1人残されたレティシアは城の中を歩いていた。

 自分が逃げる前に燃え広がっていた火は、数日が経って鎮火しているが焦げた臭いや煙の臭いが、あの日の情景を鮮明に思い出させる。


 《現実を受け止めろ》


 ノアに言われた言葉が痛かった、自分がしたかったのは現実を見て嘆く事では無い、如何して自国が襲われたのか真実を知りたかった。

 

 パンっ!!

 レティシアは自分の両手で自分の頬を強く叩き、自分自身を叱咤する。城を進んで行く中で辿り着いたのは、兄と姉の自室。

 無意識に足を向けた場所だったが、幸いと言っていいのか何なのか、姉の部屋は荒らされた形跡が無く、     

 兄の部屋はあの日戦闘をした状態のまま残っていた。なので、部屋に入って目に着いたのは2体の敵の死体だ。

 レティシアは直ぐにでもこの部屋から出て行きたかったが、何か手掛かりがあるかもしれないと、兄の部屋を調べるが戦った形跡があるだけで、何も見つけられない。


「リザレスを襲ったのは、ただ戦争を起こしたかっただけなの? 自分達の強さを見せ付ける為に蹂躙したって事?」


 もし、もしそうだったらひどすぎる。勝手に襲って国民を殺して、私達がヴィエトルリア帝国に何をしたというのだろう。

 レティシアは酷い憤りを抱えて、兄の部屋を後にするが、進む中で何かがおかしい事に気付く。兄の部屋にはのだ。でも廊下には

 自分の見間違いかもしれないと、レティシアは城内を駆け巡る。


 (ある。ここにもある。でも!! どういう事!?)


 気付いてしまったこの恐ろしい事実に気が動転したレティシアは、ノアを見つける為に城の至る所を探した。

 そうして最終的に見つけたのは図書館にいる所で、先ほど痛い言葉を突き付けられた気不味きまずさなどを無視して、レティシアはノアを見つけるなり動揺を隠さずに叫んだ。

 

「ノア!!!」


 興奮するレティシアとは対称的にノアは冷静に少女を見ると、分かっていたかのように口を開いた。


「気付いたか? 無いんだろう。リザレスの国民のが」

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