Chapter3-6

 「小さくて悪いが」と見せてくれた小舟は想像していたより充分立派だった。人が4人は乗れる位の大きさに屋根が付いている。

 ドルダが「貸す」と言ってくれた次の日から、レティシアは旅立つつもりだった。

 明日の朝に出発する事を伝えた時、焦る自分レティシアを分かっていたのかドルダは頷いてくれた。


 早朝ドルダに見送られてから出発して、どれくらい時間が経ったのか、小舟の上でレティシアはある一点から目が離せなかった。

 天気は快晴で雲一つ無い、昼になると暑くなるのではないだろうか。

 海は青と緑が合わさった少し暗めの色が太陽に反射して光っている。


 《ティアの目の色は、海に似た綺麗な色をしているわね》

 海を一瞬視界に入れれば、翠色の目を細めて自分レティシアに微笑む姉の姿を思い出した。


 レティシアが見ていたのは、雲一つ無い空でも、蒼色の海でも無い。見ていたのは……


「おい、方向ずれてる。太陽に向かってもう少し東だ」

「………………」


 太陽に似つかわしく無い、夜を思い出させる様な艶めいた黒色の毛が風に吹かれている。

 その髪の揺れる姿をレティシアは気にしない様にとは思いつつも、視界に入れていた。


「……エリアス水の精霊お願い」


 意識を集中し精霊に願えば、舟は流れる海水に逆らう事なく東に向きをゆっくりと変える。

 レティシアは、自分の前に座っている人物を見ていた。

 出発してから現在、小舟に乗っているのはレティシアだけではなかった、ノアと2人でリザレスを目指している。


 ――早朝。


「ありがとうございました!」


 太陽が出始めたまだほのかに薄暗い外では、頭を下げる少女と下げられている歳を召した人物の光景が見られた。

本当に何度"ありがとう"を伝えても伝えきれない。


「服も靴も用意して頂いて……必ず、必ず借りた舟は返しに来ます!」


 ベージュ色のシンプルなワンピースを着用し、薄緑の靴を履いた銀髪の少女に対して白いひげを生やしたドルダは左右に首を振る。

 

「もう、ありがとうの言葉は沢山頂きましたぞ。それとこれを」


 レティシアが「これ」と言われ、ドルダから差し出された物を受け取ろうと思わず両手を差し出せば、掌に乗ったのは布で出来た袋。

 ずしっとした重みを感じて袋を開ければ、入っていたのは銅貨や銀貨だった。


「頂けません!!」


 思わずガバッと直ぐ様顔を上げて、ドルダに突き返すが受け取ってはくれない、暫くやり取りを続けて最終的に折れたのはレティシアだった。

「ありがとう」と言おうとすれば「お嬢さん」とドルダに遮られる、レティシアは感謝の言葉を飲み込んだ。


「あの、ノアさんはどこに?」


 そして、もう1人レティシアには感謝しなければならない人がいる。

 レティシアがドルダと共に海岸に赴いて、用意されている舟へと近づけば、レティシアの探していた人物は既に自分より先に舟に乗り込んでいた。


「遅い」


 自分レティシアの顔を見るなり、ノアが文句の言葉を発する。

 どこに居るのか?と聞いた時「ノアなら、先に舟に乗って待ってるぞ」と返ってきた返答に、態々わざわざ見送ってくれるのかと思っていたレティシアだったが、直ぐに違うと理解した。


「……ノアさんも、一緒に来るんですか?」


 それは、ノアの持つ鞄や鞘に収められた剣、服装から旅立つ事が伺える。


「お前、地図読めるのかよ」

「………………」


――これが今朝の一連の出来事である。


 (気まずい……)


 1人で旅立つつもりだったレティシアにとって、ノアの存在は予想外だった。それと、考えが足らない自分が恥ずかしい。

 エリアスに完全に頼るつもりでいたレティシアだったが、向かう場所が分からないと辿り着ける筈もない、今この舟の主導権は完全にノアが握っていた。


 レティシアは、自分自身を社交的だと思っている。

 冷静で落ち着いている兄や姉と違って、明るく元気が取り柄で、人と直ぐ打ち解けるという事には少し自信があった。

 しかし何故だろうか、出会った時から感じていたがノアには何故か気軽に話し掛ける事の出来ない空気があるのだ。

 レティシアには分からない、如何どうしてノアが付いてきてくれたのかを、親切心からなのか、興味本位からなのか、何か目的があるのか。

 そしてそれを聞ける程、踏み込む勇気もレティシアにはまだ無かった。どんな理由だったとしても今はただノアに頼るしか無い。

 レティシアは逸る気持ちを誤魔化す様に、まだ見えない海の先へと目を見やった。この先に待っているのが希望である事を祈るしかない。

 舟は真っ直ぐに進む、リザレス王国に向けて。そして舟が目的地に着いたのは、1日と少しが過ぎてからだった。



 




 



 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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