Chapter3-5

「…………賢明な判断では無いな」


 ドルダが渋い表情を見せたのは、自分レティシアの発言が原因だった。


「それでも、行きます」


 口から出た言葉には強い意思が込められている、自分自身で決めたのだ。誰に何を言われようと考えを改めるつもりは無かった。

 

 海岸を後にして、再びドルダ達に会う為に家に向かい、座らせられたのはさっきと同じ椅子。

 しかし先程と違ってノアは居らずドルダだけが椅子に座っている。レティシアは、椅子に座って姿勢を正すなり真正面にいるドルダを見て発言した。


「私、リザレス王国に戻ります」


 ドルダが賢明では無いと言ったのは、レティシアのこの言葉にだった。


「今、リザレス王国に行くのは危険過ぎるぞ」

「分かってます」


 自分の選択が正しくないであろう事は、分かっていた。それでも手掛かりがあると思ったのだ、リザレス王国に戻れば何かが掴めるかもしれないと。


 シーンとした家の中では、何も音がしない状態が続いた、お互いに何も発さず動く気配もない。暫く続いた沈黙を中断したのは、レティシアだった。


「ドルダさん……私、何もしてないんです」


 ポツリと喋った声は小さかったが、静かな部屋で響いた声をドルダは問題なく聞き取る事ができた。

 

「何も、とは?」

「父様や母様は、国を護ってました。兄様や姉様は精霊師として国を支えてました。騎士達だってそう、国民だって食物を育てたり、皆んなが皆んな自分に出来る事をして国は成り立ってました」

「…………」


 レティシアの膝の上にある両手が着ているワンピースをギュッと握りしめれば、服にグシャッと皺が広がった。

 

「けれど私、、私だけ何もしてない! 魔術だってろくに使えなくて、精霊だって使役出来なくて…………。国が襲われた時だって! 何も出来なかった! 兄様に護られて逃がされて…………。私があの時した事は皆んなを見捨ててただただ、逃げおおせただけなんです!」

「…………」

「私が逃げた先で、普通に暮らす事を皆んなが許してくれても、私が私を許せない!」


 話し出せば止まらない言葉は、レティシアの切実な想いだった。

 話している中で頭の中も身体の中も熱くなって血が身体中を巡る。

 最期の方に至っては、ほぼほぼ叫んでいる状態でいつの間にか自分が立ち上がっていた事に、レティシアは気付かない。

 ハァハァとレティシアの肩が上下する様子にドルダは何も言えなかった。


「行けばいい」


 レティシアの息が切れる音を遮る様に聞こえた声は、ドルダの低いかすれた声ではない。レティシアが、バッと後ろを振り向けば自分レティシアが知らないうちに、扉にもたれ掛かっているノアが居た。


「行けばいいだろ、好きにしろ」

「ノア!!!」


 再び同じ事を喋るノアに対してドルダが強くたしなめたが、ノアはドルダに見向きもしなかった。もたれ掛かったノアが視線を向けているのは1人の銀髪の少女。


「後悔しても知らねぇからな」

「行かずに後悔するなら、行って後悔する方がましだわ!」


 レティシアの決心は揺るがない。

 ノアは、フンと鼻を鳴らすと続けて言葉を言い放つ。

 

「覚悟はあるんだろうな」


 覚悟、受け止める覚悟、真実を知る覚悟、立ち向かう覚悟、死ぬ覚悟……。

 

      《ティア、愛してるよ》


 目を瞑れば、兄の言葉が頭の中でこだました。

そして、レティシアは閉じた目を開く。


     「生きる覚悟があるわ!!」


 レティシアは合わせた目を逸らさず、食い入る様に真っ直ぐ視線をぶつける。自分の蒼色の目と相手の紫色の目が合わさった。


「聞いただろ?もう何を言っても無駄だ」


 ノアが先にレティシアから視線を外し、そこでようやくノアはドルダと顔を見合わせた。

 冷静に話すノアを見てからハアァァッッと、ドルダが深い溜め息を吐く。

 そして、溜め息を吐き切ってから数秒後ドルダは低い声を出した。


「わしの舟がある。材木は木の精霊ドリューが好む精霊樹せいれいじゅじゃ、ちょっとやそっとじゃ壊れんだろう」

「え……?」

「リザレスまで、どうやって行くつもりじゃ。乗っていけ」


 ドルダの突然の発言に、レティシアは何を言っているのか直ぐに分からなかったが、"乗っていけ"という言葉を聞いて、舟を使えという意味だと理解する。


「いいん、ですか?」


 レティシアは、ポカンとした表情で驚きながら立ったままドルダに問いかけた。


「貸すんだ、だからまた返しに来てくれ」


 レティシアの正面には、渋い顔ではなく会った時から変わらない優しさの笑顔を見せるドルダが座ってこちらを見上げていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る