第二章 全ての始まり

Chapter2-1

 ・・・時間は進む2年後に向けてゆっくりと。

 ある者は自分の欲望の為に、ある者は何も知らずに、ある者は復讐を誓って……其々の運命が交錯こうさくする。


          *


       ~始まりの日〜

 その日は雨も降らず天気の良い1日から始まった、まだ肌寒さが残るものの長かった冬が漸く終わりを迎え、寒かった気温が徐々に暖かさを増していた。

 冬の冷たい透き通った匂いから、植物や花の匂いに移り変わりあちらこちらで、緑が芽吹き始めている。


 朝の仕度を終わらせてから朝食、勉強といつも通り始まり、家族と昼食を済ませたレティシアは、泉の近くで佇んでいた。ここ何年か都合が合えば泉で過ごす事がレティシアの日課になっている。

 森や木に囲まれているこの場所は、昔からずっと変わりなくそこに存在し、樹々の隙間から入ってくる日の光が反射してキラキラと輝いている。

 リザレス王国には水辺が多くあるが、その中でもここの泉は他の場所よりも多く精霊が存在し、神秘的な空間が異彩を放っている。精霊を愛する国民達は、ここの泉を大切にしてきた。


「冷たっ」


 泉に手を触れれば想像よりも温度が低かった為、直ぐ様手を引っ込める。

 暖かくなってきてもまだ春になったばかりの季節は、やはり夏にならないと水に触れるのは厳しそうだ。

 そんなレティシアを笑うかの様に、水の精霊達が自分の周りをクルクルと動いていた。

 

「^∬∝♯」

「何を言っているのか、分かんないよ?」


 未だに自分の精霊と出逢えていないレティシアは、チチチと鳴いてるようにしか聞こえない水の精霊を見つめていた。


「はぁぁぁぁ。父様なんて契約精霊2匹もいるし、兄様と姉様だって精霊師な上に魔術の使い手だし、私だけ役立たずだわ……」


 自分の出した情け無い声は誰にも聞かれる事なく宙に消えて行く。

 レティシアは自分よりも立派な兄姉を思い浮かべて、自己嫌悪に陥った。

 精霊師の国として精霊2匹と契約している父は流石としか言えないし、精霊と契約している事に加え魔術も使いこなし父や母を支えている兄と姉を羨ましく思う。

 精霊師としていつか精霊と契約できるから、焦らず自分の精霊と出逢える日を待っていろと、周りから言われ続けもう8年程経ち、私は一生精霊師になれないのでは? と思ってしまう自分に嫌気がさしてくる。

 

 精霊がダメなら魔術だと、魔術の勉強もしてみたが下級魔術しか使えず、自分には魔術の才能が無いという事を思い知っただけだった。

 魔術師は精霊を操る事はできないという事は、世界共通の認識だが、実は逆は可能だったりする。精霊師は精霊を使役でき、魔術も扱う事が出来るのだ。

 ただ、精霊師達は精霊を使役できる事で充分だと感じている人が多いので、魔術も学ぼうとする人は案外少ない。


「私の精霊は何処にいるの……?」


 草木が生えている地面に寝転がりながら、小さな声で呟いた。

 ここの泉に通うのも今日こそ精霊と契約できるかもしれないと期待しているが為に足を向けてしまうのだ。

 お昼を済ませお腹が程良く満たされ、地面に寝転がると暖かな陽射しが自分を照らし眠気が襲ってくる。


 (あぁ、今日も自分の精霊と逢えなかったわ‥)


 そう思いながらレティシアは、やってくる眠気に逆らわずゆっくりと微睡まどろんでいった。

 辺りは再び静寂が漂いはじめる。木々の木漏れ日が周りを包み込み、水面は輝いている。その空間から聞こえてくるのは少女の小さな寝息だけだった。

 

 ーーレティシアが目を覚ましたのは肌寒さを感じたからで、既に結構な時間が経っていると気付いたのは太陽が沈んで、空が赤く染まった夕焼けが目に入ったからだ。

 

「え!? そんなに寝てた?」


 バッ! と身体を起こし周りを見渡せば、どんどんと日が落ちて暗くなり始めている。

 

「ま、まずいわ!!」


 流石に今の状況が駄目だということをレティシアは理解していた。

 いつも城を抜け出す常習犯になっている自分は、暗くなる前には必ず帰るという約束を家族としていた。

 いつだったか、約束を破って城に帰ってしまった時は、父と母から危ないからと凄く怒られたのだ。それから1ヶ月程謹慎させられた事を思い出せば、レティシアは慌てて泉を後にした。

 

 (あれ?)


 急がないと! と戻る事に必死だったレティシアが、向かう途中に違和感を感じたのはまず鼻だった。何だかいつもと違う匂いがしてくるのだ。


 (焦げてる匂い?)


 城に近付けば近付くほど、その違和感は無視できなくなりそれ原因は城が自身の目に入って確信へと変わる。

 

「も、燃えてる!?」


 城から出ているのは真っ赤な炎と黒い煙だ。ゴゥゴゥと鳴る音は炎の音だろうか、城は門で囲まれているので中の惨状を見る事ができないが、城との距離が狭まるほど酷い臭いと熱さが襲って来る。

 

「……っはぁっ、はぁっ」


 走って門まで近付けば、いつも立っている見張りの姿が無い。

 泉から全速力で走ってきたレティシアは、息を切らせながら足を休ませることなく門を潜って塀の中に入った。

 そこで見た惨状に、走ってきて心臓が苦しいことも、脚が痛いことも全てが頭から飛んで、レティシアの時が一瞬止まった。


「な、にこれ…………」


 そこで見た光景をレティシアは生涯忘れる事は無いだろう。


 

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