Chapter1-5

 いつもならもう少し人がいる筈の図書館には、リリアンしかいなかった。秋の収穫祭で皆は今頃盛り上がっているのだろう。

 もしかしたらティアはまた城を抜け出して街の中にいるのかもしれない。侍女テイラが困って探している様子を想像すればフフッと笑い声がでた。

 リリアンは図書館が好きだ。静かな空間や古い本の独特な匂いが好きで、字を読んでいると何だか落ち着いてくるのだ。


 貸切り状態の図書館で、本棚から無意識に選び取ったのは世界の地理の本だった。ペラペラとページをめくっていけば、この世界の地図が出てきた。

 

 この世界はサンクと言われ、未だ未開の土地が幾つか存在している。

 大きい大陸は北のノルディア大陸・西のヴェース大陸・南と東のエストルド大陸の主に3つ。

 そして6つの国が存在し、其々がどの国とも同盟を結ばず独立している。

 リザレス王国は、世界地図で言うと北東に位置する最も小さな小国だ。そして自国の直ぐ下に位置するエストルド大陸にあるヴィエトルリア帝国は、今1番力をつけている軍事力の高い国だ。


「風の国……ヴィエトルリア……」


 地図をぼーーっと見ながら無意識に口から言葉が出る。

 意識が宙に浮いている状態で一点を見つめ続けるリリアンの肩の上で1体の精霊が心配そうな声を出した。

 

「∈∌∴=±?」

「大丈夫よ、ちょっとぼーっとしてただけだから」


 心配して話しかけてくれたのは薄い翠色をした兎、自分の契約精霊ドリューだ。

 他の精霊の言葉は理解できないが、契約している精霊が何を言っているのか精霊師は感じ取ることができる。


 秋の収穫祭の催しで確認する事があったリリアンが父を訪ねに執務室に入り、誰もいない部屋の中で何気なく目に付いた机の上には、婚約者候補の写真付きの資料が置かれていて、思わず手に取って閲覧している所を父に見られたのが今朝方の事だった。


 国のこと、これからのこと、王族として考えなければいけない色々な事が頭の中を巡っていく。


「ふーーっ……」


 溜め息を吐いてから、リリアンは思考を途切れさせる為にパタンッと本を閉じた。


 少し時間が経ってからガチャッと開いたのは、図書館のドア。コツコツと鳴る足音が近づいて鳴り止んだのは自分リリアンの直ぐ後ろだった。本棚の前で立っている私に、足音を鳴らした主が話しかける。


「リリア」

「なぁに?」


 振り向かなくても誰か分かったのは、自分の半身だからかもしれない。

 

「帝国には行かせないからな」


 振り向いて目が合ったのは、自分と同じ翠色の目をした双子の兄だった。

 

「あら、誰かに聞いたの?」

「お前の様子がおかしいのは見れば分かる。何かあるとさぐったんだ」


 流石双子ねと茶化す様に言えば、笑い事じゃないと怒られる。


「父上は了承済みだ。あちらには断りの連絡を入れる」

「勝手ね、私の意思は関係ないの?」

「馬鹿な事を言うのはやめろ、怒るぞ」


 もう怒ってるじゃないかとリリアンは内心で思うが、口に出すとさらに機嫌が悪くなるのを理解しているので口をつぐむ。


「でも、国同士の同盟を結ぶのには婚姻が1番だわ」

「この国は精霊師の国。精霊を尊ぶ為にこの国には手を出さないのが各国で暗黙の了解とされている。」

「……レオン。それがもう意味を成さなくなってきている事を知っているでしょう?」


 何を言っても、今の兄は自分レオンの意見を突き通そうとするだろう、リリアンの発言を全て流すつもりだ。

 レオネルトが必死で阻止しようとする理由が、自分リリアを想っての事だと分かるのでリリアンは粗雑そざつにあしらう事ができない。


「何を言っても無駄だ、断るのはもう決定事項なんだから」


 お前は何も気にしなくていいと抱きしめられれば、リリアンは何も言わずにレオネルトの背に腕を回した。


          *

 

 真っ暗な部屋で、蝋燭ろうそくの灯りが1つの部屋を照らしている。空気に触れてゆらゆらと揺れる火は部屋の中にいる人物達の影を作り出していた。

 2つある影のうちの1つが、1人の人物の前で片膝を付いている。

 

「例のモノは進んでいるのか?」

「はい、滞りなく」


 椅子に座る人物が見下ろし問いただせば、目の前の男が顔を上げて答える。

 

「まだ試作段階ですが、こちらが例のモノで御座います」


 男がてのひら程の箱を取り出し蓋を開ければ、鮮やかな赤い色の石が箱の中で鎮座している。


「おぉ、それが!」

「はい、精霊石で御座います」


 献上された石を箱の中から出して、手に取れば満足そうに頷いた。


「量産するには数が要るな、2年を目安に準備をするとしよう」

「仰せの通りに……御子息様は如何いたしましょう?」

「くくっ、彼奴あやつなら既に手を打っておいた。コソコソと調べ回られて邪魔だったからな、今頃何処かで死んでおる」

「宜しかったのですか?貴方様の息子で在らせられるのに」

「息子などと……。勝手に産まれた、ただの実験体だ。それと…………」


  「2年後、リザレス王国に侵攻する」


 少し間を開けてそう言い放った男は、手の上で赤い石を転がしながら淡々と言葉を発し、目の奥をギラつかせながら妖しく笑みを浮かべた。

 

 

 

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