Chapter2-2

 先ず目に入ってきたのは、煙でも炎でもなく人間だった。

 人が倒れているのだ、至る所に何十人も……。

 如何すればいいのか、何が起こっているのか頭が働かずレティシアは最初、少しの間動く事が出来なかった。


 数秒経ってからハッとして、門から1番近くにいた男に駆け寄る。

 倒れている男の服装は我が国の兵だ、うつ伏せに倒れている背中を揺すれば、ピクリとも動かない。よく見れば、倒れている男からは赤い液体が流れ出ている。


 (血だ……)


 しゃがんで地面に膝をつき、背中を揺すっていた為に着用していたワンピースの裾に血が付いたことにレティシアは気付かなかった。


「っぁ……」


 自分の手が震えている、声も出せない。レティシアは初めて見る死体に身体をこわばらせた、倒れている男は死んでいたのだ。


「うっ……っ、おぇっ」


 初めて直面する事態に思わず吐きそうになる、まだ14歳のレティシアには衝撃が強過ぎた。

 目の前の男が死んでいるのならば、動かず倒れている人達も恐らく死んでいる。そう考えてから脳裏に過ぎったのは家族の姿だった。


 (お父様達は!?)


 その瞬間に身体は勝手に動いていて、震えそうになる脚を必死で動かして城の中を目指す。城門から城へと続く緑で整えられた生垣を通り過ぎる中、炎の音に混じって何か騒いでいる音が自分の耳に入ってきた。


「うぉぉぉ! あぁぁぁ!」

「……1人残らず殺せぇ!」

「……っ我らの、国王達を御守りするのだ!!」


 城の玄関の扉付近で戦っている者達がいる。あちらこちらで人が剣を使って、精霊を呼び出して、魔術を使って戦っていた。


「姫様っ!!!」


ガキィィン!

 突然背後から叫ばれた言葉に後ろを振り向けば、自分に向かって振り下ろされようとした剣を騎士団長が間に入って受け止めていた。

 

「くっ!! エリアス!!」

「▲□ЖЙ!」


 騎士団長が両手で剣の柄を持ち、相手から振り下ろされている剣を受け止めている間に、隣にいた水の精霊が水の刃で敵を攻撃する。

 無数の刃に襲われて相手の剣が弛んだ隙を見逃さなかった騎士団長は、剣を押し返して相手の胸に剣を思い切り突き刺した。

 刺した相手が動かないことを確認すれば、此方を向いてレティシアの安否を確認する。


「姫様!! ご無事ですか!?」

「わ、私は無事です!! オルガ貴方の腕が!!」


 レティシアが騎士団長オルガの姿を見れば、左腕の袖が裂けて血が流れ出ていた。

 いや、左の腕だけでなく服もボロボロで足や顔など所々怪我をしている。未だかつてオルガがこんな姿になる所など、レティシアは見た事がなかった。


「私の怪我のことなど、お気になさらず…。姫様は今この状況をご存知でしょうか?」

「い、いえ。城に戻ったらこの有様で、何が起きているの!?」

「姫様……帝国です。奴らが今この国を蹂躙じゅうりんしているのです!!」

「て、帝国が……」

「私は、王に頼まれて姫様を探していました。城に居なかったのが幸いでした。このままここから逃げましょう!」


 そう言ってオルガがレティシアの右手を掴む。


「待って! お父様達は無事なの?」


 走り出そうとしたオルガに待ったをかけて聞いてみれば、オルガは一瞬言葉に詰まって城を横目で見てから「ご無事ですよ」と答えるが、その一瞬をレティシアは見逃さなかった。


「嘘ね!! お父様達はまだ城の中に居るのでしょう!?」

「!? いけません!! 姫様!!!」


 そう言うなり騎士団長の手を振り解き、燃え盛る炎の中に飛び込んで行った。

 城の中に入れば状況は更に悪い。

 

 本来なら扉を開けた先にはエントランスホールが、2階へと続く立派な階段と共にお客様を出迎える筈だが、そこにいる筈の無いであるモノと、破壊されているそこらじゅうの物がレティシアを出迎えた。

 衝動的に城の中へと入ったレティシアだったが、目指したい場所は決まっていて、目の前の階段から2階へと上がる為に駆けていく。

 何て走りにくいんだろう! と自分のドレスの裾をたくし上げて2階にある兄達の部屋へと向かうが、今日ほどドレスがわずらわしいと感じた事は無かった。

 戦っている者達を横目に入れつつ身を縮こませながら奥へと進む。


「うっ‥ごほっ……」


 敵の目を掻い潜り2階にある廊下へ進んだレティシアは段々と強くなる炎の勢いに、立ち止まりそうになる。

 煙も酷くなっているこの階にはもう人は居ないのかもしれない。それでも自分の目で確かめなければと少しでも煙を吸い込まない様、自分の右腕を口に当てて前に進む。

 進んで遠くから見えたのは人影だった。廊下に誰か倒れている。レティシアの心臓がどくりと鳴った。

 あの服装は侍女の着る制服だ。近付けば近付くほどふくよかな身体の輪郭が見えてくる。

 

「テイラ!!!!」


は、普段自分の世話をしてくれている侍女のテイラだった。

 走ってテイラの側によればお腹の辺りから血が出ている。動かない彼女もやはり既に息をしていなかった。

 

「嘘よっ! 嘘だわ!!!」


 自分の身近な人物の死をレティシアは受け入れる事ができない。

 それでも燃える炎と煙がここに立ち止まる訳にはいかないと身体が訴える。

 泣き喚いている時間も、座り込む時間も自分には無い。


 (脚をっ動かさなきゃ……!)


 目から涙が出てくるのを無視し侍女テイラの死体を後にして、レティシアは廊下を走った。自分の兄姉達の部屋を目指して切実に祈る。


 (お兄様! お姉様! お願い無事で居て!!)


 

 

 



 

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